第1話 勇者のカードが止まった日、会計係は定時で帰る

[聖暦1024/09/30 19:00] システム警告ログSYSTEM_WARNING_LOG
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【重要】装備機能停止のお知らせ
対象装備:聖剣『エターナル・ブレイブ(型番EB-05)』
エラーコード: 402 Payment Required

内容: 月額利用料(サブスクリプション)の未払いが確認されました。
措置: 直ちに【なまくらモード】へ移行します。

▼ 攻撃力(ATK)推移
[Before] ▓▓▓▓▓▓▓▓▓▓
(9999)
 ↓
[After ] ▓
(1)

※再稼働には、未払い分を含む36ヶ月分の利用料を一括でお支払いください。
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 ダンジョンの最深部。
 伝説のドラゴンと対峙していた勇者アルヴィンは、間の抜けた音を聞いた。

 ――キュイーン、プスン。

 黄金に輝いていた聖剣の光が消え、みるみるうちに赤茶けたさびに覆われていく。

「は? なんだこれ」

 アルヴィンは剣を振るが、ドラゴンの鱗に当たった瞬間、ボキリと音を立てて折れた。

 ただの鉄屑だ。

「おいクリフ! 聖剣の調子が悪いぞ! 予備の剣を出せ!」

 勇者は背後に向かって叫んだ。
 いつもなら、荷物持ち兼・会計係の男が、すぐに手入れされた予備の武器を差し出すはずだ。

 だが、そこには誰もいなかった。
 ただ、冷たい風が吹いているだけだ。

「……あ? そういえば」

 アルヴィンは、ドラゴンのブレスを顔面に受けながら思い出した。

「あいつ、昼間にクビにしたんだったわ」

 ◇

 同時刻。
 王都から遠く離れた「魔王城」。
 その最上階にある社員食堂で、私は感動に打ち震えていた。

「う、うまい……っ!」

 私の目の前には、湯気を立てるビーフシチュー、焼きたてのパン、そして新鮮なサラダが並んでいる。

「これが……『温かい食事』……!」

 Sランクパーティ『ソウル・ブレイブ』にいた頃の食事は、ひどいものだった。

 移動中は「時間の無駄だ」と言われて干し肉を齧り、宿屋では「俺は勇者だからスイートだが、お前は馬小屋でいいだろ」と冷遇された。

 それがどうだ。
 ここ魔王軍の食堂は、福利厚生の一環で【全メニュー無料】だという。

「気に入ってくれたみたいで何よりだ、クリフ」

 向かいの席で、ニシシと笑う少女がいる。

 銀髪に、ぴょこんと生えた猫耳。パーカーを着崩した彼女こそ、魔王軍の技術トップにして、私の採用を決めた直属の上司、アリスだ。

「でも驚いたよ。勇者パーティをクビになった瞬間、ウチの採用面接に来るなんて」

「ええ。実は半年前から、転職サイト『魔族ナビ』で御社の求人をチェックしていましたから」

 私はパンを頬張りながら、数時間前の出来事を思い出す。

 ◇

 ――数時間前。ギルド会議室。

「というわけでクリフ、お前クビな」

 勇者アルヴィンは、足を机に投げ出しながら言った。

「理由? うーん、お前さぁ、『経費削減』とか『領収書』とか、細かいことうるさいんだわ。冒険はロマンだろ? ケチくさい奴がいるとテンション下がるんだよね」

 隣に侍る聖女ミナが「キャハハ、うけるー」と笑う。

 普通なら、ここで「待ってください!」とすがりつく場面かもしれない。

 だが、私は食い気味に答えた。

「承知いたしました。では、今この瞬間をもって退職します」

「え?」

 アルヴィンがポカンと口を開ける。

「引き継ぎは? 未払いの給料は?」

「不要です。未払い分については……まあ、【別の形】で回収させていただきますので」

 私は満面の笑みで辞表(すでに書いてあった)を叩きつけ、会議室を飛び出した。

 廊下に出た瞬間、私はガッツポーズをした。

「よっしゃあああああ! 自由だあああ!」

 そのままギルドの出口へ走りながら、私は魔導石板スレートを取り出し、指先が見えない速度でタップした。

[聖暦1024/09/30 14:15] タスク実行ログTASK_EXECUTION_LOG
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▼ 対象:勇者パーティ関連契約

[x] ポーション定期便:解約(即時)
[x] 宿屋VIP契約:解約(違約金は勇者負担)
[x] 聖剣サブスク:停止(支払い拒否設定)
[x] 国税局への修正申告:送信(Send)

Status: All Tasks Completed.
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「あばよ勇者! 明日から宿の予約も、税金の計算も、全部自分でやるんだな!」

 ◇

「……というわけで、最高の気分でここに来たわけです」

 私はシチューを完食し、食後のコーヒー(これも無料!)を啜った。

 アリスが呆れたように猫耳を揺らす。

「あんたも性格悪いねぇ。勇者くん、今頃どうなってると思う?」

「さあ? 私の計算では、まず聖剣が鉄屑になり、次に宿屋から追い出され、最後には……『ある物』が届かなくて詰むはずです」

「ある物?」

 私はニヤリと笑い、石板スレートの画面を見せた。

「アルヴィンは、ダンジョンの入場手続きを私に丸投げしていました。彼、知らないんですよ」

「何を?」

「Sランクダンジョンに入るには、3日前までに『入山届』を役所にFAXしないといけないってことを」

 ◇

 再び、ダンジョン最深部。
 武器を失い、ボロボロになったアルヴィンの前に、無慈悲なシステムウィンドウが出現した。

[System Warning] ダンジョン管理システムDUNGEON_KEPT_SYSTEM
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【警告】入山届の未提出
貴殿のダンジョン攻略は、正規の手続きを経ていません。

▼ 措置執行

  1. クエスト達成報酬の没収(→ 0マナ)
  2. 強制転移(強制退去)の執行
  3. ギルドへの不法行為通報(→ 送信完了)
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「はあああ!? FAXぅ!? なんだそれ! クリフがやってたんじゃねえのかよ!」

 勇者の叫びも虚しく、彼の体は光に包まれた。

 強制送還。

 行き先は、王都のギルド本部――説教待ちの支部長の前だ。

 その頃、私は魔王城のふかふかのベッドで、アリスと共に新作ゲームを起動していた。

「さーて、今日は定時上がりだ。とことん遊ぶぞ」

「賛成。ポテチも開けちゃおう」

 私のホワイトな第二の人生は、まだ始まったばかりだ。

(続く)

[System Notification] 次回予告NEXT_PREVIEW
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勇者「宿屋の朝食がパンの耳だけなんだが?」
クリフ「VIPプランを解約したので、それは『素泊まりプラン』のサービスですね」

次回、衣食住のレベルが地に落ちた勇者が、逆ギレしてクリフに連絡してくるが……?

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