第10話 魔王軍のCFO(最高財務責任者) ~世界征服の予算、赤字なんですけど?~

魔王城、最上階。
そこは、世界を恐怖(?)に陥れる魔王軍の心臓部だ。

重厚な扉が開かれ、私とアリス、ガントの三人は、玉座の間へと招かれた。

「よく来たな。我が軍の英雄たちよ」

玉座に座るのは、漆黒のマントを羽織った魔王。

その威圧感は凄まじいが、なぜか手元には温かいハーブティーが置かれている。

「パパ、その『魔王っぽい喋り方』やめてよ。部下の前で恥ずかしい」

アリスがジト目で言い放つ。
魔王は「ゴホン」と咳払いをし、少し肩の力を抜いた。

「……すまん。威厳を保つのも仕事でな。――改めまして、初めましてクリフ君。私が魔王のゼノンだ」

魔王ゼノン。かつては人間族の【勇者】として名を馳せたが、ブラックな王国に見切りをつけ、魔王軍を自ら立ち上げた異色の経歴を持つ男だ。

「お初にお目にかかります。クリフ監査事務所のクリフです」

「うむ。今回のギルド腐敗の一掃、見事だった。君のおかげで、我々魔王軍に対する風評被害フェイクニュースも晴れたよ」

魔王は柔和な笑みを浮かべ、一枚の羊皮紙を差し出した。

「そこでだ。君にはぜひ、我が軍の幹部として正式に加わってほしい。……これがオファー内容だ」

[Job Offer] 採用条件通知書OFFER_LETTER
―――――――――――――――――――
雇用主: 魔王軍 (Supreme Commander: Zenon)
候補者: クリフ殿

▼ 提示条件
・役職: 財務統括局長
・年俸: 50,000,000 Mana(昇給あり)
・勤務: 完全週休2日(土日)+祝日+アリス誕生日
・福利厚生: 社宅完備(タワマン)、有給消化率100%
・ボーナス: 世界征服の進捗に応じて支給
―――――――――――――――――――

「ごっ、ごせんまん……!?」

後ろでガントが目を剥いている。

破格だ。
勇者パーティ時代の年収の10倍近い。

「条件に不満かな? なら、もう少し色を付けよう」
「いえ、十分すぎます。……ですが」

私はオファーを受け取る前に、眼鏡を押し上げた。

「入社を決める前に、一つ確認させてください。貴軍の『財務状況』を」
「ん? 財務?」
「はい。これほどの高待遇を維持できるだけの『原資』が本当にあるのか。……もし自転車操業なら、私は沈みゆく船には乗りません」

魔王は少し視線を泳がせた。

「あ、ああ、もちろん大丈夫だとも! 我が軍は健全経営だ! ……たぶん」
「『たぶん』?」

怪しい。

私は許可を得て、魔王のデスクにある『大福帳メイン・レッジャー』をパラリとめくった。

そして――3秒で凍りついた。

[Financial Audit] 魔王軍・決算監査BALANCE_SHEET
―――――――――――――――――――
対象: 魔王軍(第13期)
判定: 【破綻寸前 (Critical Red)】

▼ 年間収支 (Profit & Loss)
[Revenue] ▓▓▓▓▓▓▓▓▓▓ (10億 Mana)
収益:10億マナ

[Expense] ▓▓▓▓▓▓▓▓▓▓▓▓▓ (13億 Mana)
経費:13億マナ

[Net Loss] 【▲ 300,000,000 Mana (赤字)】
損失額:3億マナ

▼ 主な赤字要因

  1. 勇者育成支援金(匿名寄付)
  2. 被災地復興寄付金(全額負担)
  3. 軍人の福利厚生費(プリン代等)
    ―――――――――――――――――――

「…………魔王様」
「な、なんだね?」
「この真っ赤な数字はなんです? 年間収支が【3億マナの赤字】になっていますが」

「えっ」

アリスとガントが声を揃える。

「あ、赤字ー!?」
「おいおい、俺たちの給料大丈夫なのかよ!?」

私はページをめくり、支出の内訳を指差した。

「原因はこれです。『勇者育成支援金』。……これはいったい?」
「あぁ、それはね。最近の勇者は育ちが悪くて可哀想だから、匿名で装備代や遠征費を支援してあげているんだよ。ほら、ライバルが強くないと張り合いがないだろう?」

「……ハァ。では、こちらの『被災地復興寄付金』は?」
「人間界の村がモンスターに襲われたと聞いてね。心が痛むから、再建費用を全額出してあげたんだ」

バタン! と音を立てて帳簿を閉じた。

「魔王様。貴方は経営者に向いていません」

「ぐふっ……!」

魔王が胸を押さえてよろめく。
私は冷徹に告げた。

「貴方は優しすぎる。かつてブラック勇者パーティで搾取された反動か、ホワイト組織を目指すあまり、利益を度外視して『慈善事業』をやっている。……このままでは、あと半年で魔王軍は【活動停止ゲームオーバー】です」

「そ、そんな……! 部下の幸せを守りたかっただけなのに……!」
「組織が潰れたら、部下全員が路頭に迷うんですよ! アリスのプリンも、ガントの医療費もカットです!」

「それは困る!」

アリスとガントが叫ぶ。

私は大きく溜息をつき、オファー通知書にペンを走らせた。

「……わかりました。私が引き受けましょう。ただし、財務統括局長では【権限】が足りません」

私は書き換えた書類を突きつける。

[Contract Update] 契約内容変更POSITION_CHANGE
―――――――――――――――――――
Role: 財務統括局長
 ↓
Role: 【魔王軍 CFO最高財務責任者

権限:

  1. 予算編成権の完全掌握
  2. 最終決裁権の委譲(Veto Power)
  3. 無駄な経費の即時カット
    ―――――――――――――――――――

「今日から、私がこの軍のサイフの紐を握ります。……覚悟してください魔王様。無駄な経費は、たとえトップの決裁だろうと【却下】します」

「ええっ!? 私の小遣いは!?」
「半減です。健康のためにもちょうどいいでしょう」

「アリスぅ~、彼、厳しくないか……?」

魔王が娘に泣きつくが、アリスはケラケラと笑いながら石板スレートをいじっていた。

「いいんじゃない? パパ、金使い荒いし。……よろしくね、クリフCFO最高財務責任者

こうして。
私は晴れて、魔王軍のナンバー3の座に収まった。

ギルドを潰し、魔王軍の財布を握った男。

その名は瞬く間に世界中へ広まり、人々は恐れと共にこう呼ぶようになった。

――世界経済を裏で操る『監査の魔王オーディット・ロード』と。

私の定時退社ライフを守る戦いは、まだ始まったばかりだ。

(続く)

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