その日の深夜。
森は、恐ろしいほどの静寂に包まれていた。
奥の寝室。
ミミは今日も、部屋の半分を埋め尽くすほど巨大な「王家御用達の最高級ベッド」を頑なに避け。
その隅っこに置かれたボロい段ボール箱の中で丸まって眠っていた。
「むにゃ……お魚……焼けてる……」
ミミが可愛らしい寝言を言いながら、コロンと寝返りを打つ。
重力が彼女の体をわずかに浮かせた、そのコンマ数秒の世界。
――時が、止まる。
影が走った。
それは物理的な速度を超えた、職人ごときの神速。
ミミの下にあった古い紙箱が「存在しなかった」かのように消え去り。
代わりに鈍い魔導の輝きを放つ「揺り籠」が、ミクロン単位の誤差もなく滑り込む。
ふわり。
着地したミミは、入れ替わったことにすら気づかない。
ただ、新しい箱の吸い付くような感触に「ふにゃ……」と頬を緩め、さらに深い安らぎへと落ちていった。
数分後。
庭の暗闇に、鼻を突くような硫黄の腐臭が漂い始める。
重い鎧が擦れ合う、不快な金属音。
魔王軍先遣隊、五人の精鋭(自称)が敷居をまたいだ。
「ここか……宿敵が潜むという、呪われた館は」
リーダー格の魔族が、ガラス張りの家を見て鼻で笑う。
「愚かな。結界どころか、壁一枚すらありはしない。我ら魔界の精鋭を前に、あまりに無防備――」
彼が、その「無防備な庭」に三歩目を踏み出した、その瞬間。
『――排除シマス』
どこからともなく、無機質な駆動音が響いた。
――ドォォォォォォォォン!!
夜の静寂を無惨に切り裂く、凄まじい爆発音。
地中に埋設されていた『対軍用極大殲滅地雷』が火を吹いたのだ。
巨大な火柱が夜空を焦がし。
魔族たちは悲鳴すら上げられず、その慢心ごと文字通り「爆散」して夜風に溶けた。
だが、奇跡のような光景があった。
これほどの轟音と衝撃があったにもかかわらず、ガラス張りの家は微動だにせず、音一つ漏れていない。
ミミはただの一度も目を覚ますことなく、幸せそうな寝息を立て続けていた。
翌朝。
ミミは、朝陽の暖かさで目を覚ました。
「ふぁ……あ、よく寝たぁ……」
ミミが「うーん!」と大きく背伸びをした、その時だった。
ウィィィン、ガシャンッ、ガコォォォン!
「ひゃうっ!?」
ミミの動きに反応し、段ボールが重厚な機械音を立てて激しく変形を始めた。
側面から装甲板が展開し、内蔵された空調が最適な温度の風を送り始める。
「わあぁ……! 昨日の箱が、ロボットになったぁ!」
ミミは目を丸くして、ハイテク化した箱の壁をペタペタと触る。
「やっぱり施工ミス物件はすごいや! 寝てる間に進化しちゃった! ラッキー!」
ミミは上機嫌で、新しくなった──「魔導段ボール(変形モード)」──を抱え、ひょいと庭へ飛び出した。
そこでミミの足が止まる。
(……あれ? なんだかお庭が、すっごく綺麗……)
昨日まで転がっていた石ころ一つ、枯れ葉一枚落ちていない。
「お掃除の精霊さんも、夜中に頑張ってくれたのかなぁ。ありがとう、精霊さん!」
ミミは感謝を込めて空に手を振った。
その「精霊」たちの正体が。
昨夜、魔王軍を粉砕し、徹夜で庭の芝生を原子レベルで整地した騎士たちだとは。
彼女は、知る由もなく。
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【裏トーク:騎士団の秘密チャットログ】
SERVER:至高のミミちゃんを見守る会(Online: 4)
[2:00 AM – ミミの睡眠中]
@氷結の獅子
おい、見たか。今ミミちゃんが「おしゅし……」って言ったぞ。
この発音の柔らかさ、王国の音響言語学者が一生かけても到達できない至高の響きだ。国宝に指定しろ。
@課金は酸素
来ますよ。寝返り、カウントダウン。
三、二、一……今です!
@氷結の獅子
キターーーー!!
コロンといったぞ!! 丸まったぞ!!
この無防備な回転! 惑星の自転より美しい軌道を描いたぞ!!
@課金は酸素
……シャドウ(公式カメラマン)ですね。
あいつ、本当に寝返りの0.1秒に合わせて「魔導段ボール」の換装をやりやがった。
ミミちゃん、箱が入れ替わったことにすら気づかず、新しい最高級防振クッションに「ふにゃ……」って頬ずりしてます。
[2:15 AM – 魔王軍接近]
[System Alert] —————————–
WARNING: Perimeter Breach Detected.
Hostile Entities: 5
Threat Level: D (Insect)
@氷結の獅子
ゴミ掃除の時間か。
ミミちゃんの黄金の安眠を妨げる不敬者に、慈悲など不要だ。
地雷の出力を最大にしておけ。塵も残すな。
(……ドォォォォォォォォン!!)
@新入り聖騎士
ちょ、ドカンといったわね。
……うわ、今の爆発でミミちゃんが起きちゃうんじゃない!?
@課金は酸素
防音壁と耐震魔法は、先ほどシャドウが段ボールに仕込んだ追加モジュールと完全に同期しています。
ミミちゃんの夢の中では、今、心地よい小鳥のさえずりが流れているはずです。
[2:20 AM – シャドウ合流]
@公式カメラマン
……ただいま戻りました。
業務報告。害虫駆除、完了しました。
ゼノ(課金は酸素)、あとは重力魔法で原子レベルまで整地しておけ。
@公式カメラマン
ミミちゃんの体温が、新素材に馴染む際の沈み込みは正確におよそ3.2ミリ。
まさに天使が雲の上に降り立ったかのような質感でした。
当然、最高画質スローモーションで記録済みです。
@課金は酸素
……あー、世界を滅ぼすための重力魔法が、庭掃除に使われて泣いている……。
[7:30 AM – 起床直後]
@氷結の獅子
起きた!! ミミちゃんが起きたぞ!!
背伸びをした!! ああッ、その瞬間、段ボールが変形(トランスフォーム)!!
我々の愛(予算)が形になったぞ!!
@課金は酸素
……フッ。
あの変形音の重厚感にはこだわりましたからね。
ミミちゃんの「ラッキー!」という言葉一つで、先ほど溶かした予算(高級住宅3軒分)の半分はペイされました。
@公式カメラマン
……ミミちゃんが庭の「綺麗さ」に気づきました。
昨日届いた魔王軍の脅迫状を『不要なゴミ』として手にしながら、お礼を言うために「空」を見上げています。
この角度……100億Gの価値がありますね。
@氷結の獅子
お掃除の精霊さん、か。いい響きだ。
お前ら、ミミちゃんに降りかかるゴミは1mmも残すなよ
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