第11話:月面は『ホコリっぽい屋根裏部屋』

 地球を「洗濯」してから数週間後。
 株式会社クリーン・ファンタジーの一行は、アメリカ・フロリダ州のロケット発射基地にいた。

「おいおい、正気か? 本当にその装備で行くつもりか?」

 NASAの長官が、真っ青な顔でソウジを指差している。
 周囲の宇宙飛行士たちは、数億円の最新鋭船外活動服(EMU)に身を包んでいる。
 対して、我らが灰坂ソウジの装備は以下の通りだ。

 1. いつもの作業用ツナギ(ファン付き作業着)
 2. ホームセンターで買ったヘルメット
 3. 隙間を塞いだ銀色のダクトテープ

「大丈夫ですよ。空気漏れチェックはしましたから」

 ソウジは首元のテープを指で押さえ、「密閉ヨシ!」とサムズアップした。
 彼のスキル【完全清掃】は、自身の周囲の環境さえも「清潔(適正な気圧と酸素濃度)」に保つ効果がある――のだが、本人は「テープの性能がいいな」としか思っていない。

「社長……私、死にませんか? 本当に死にませんか?」

 背後では、元・敵役の剣崎がガタガタと震えている。彼にはソウジのお下がりのテープが貼られていた。

 一方、秘書のコアちゃんと聖女セシリアは「初の社員旅行です!」とはしゃいでいる。

「さあ、乗った乗った。現場が待ってるぞ」

 ソウジたちはスペースシャトルに(荷物扱いで)乗り込み、轟音と共に大気圏を突破した。

 *

 数日後。月面基地。
 そこは、人類のフロンティア――のはずだった。

「……暗いな」

 到着早々、ソウジは眉をひそめた。
 基地のメインホール。本来なら地球を一望できる巨大な展望窓があるはずなのだが、外が真っ暗で何も見えないのだ。

「これが依頼内容だ」

 出迎えた基地司令官が、疲れた顔でモニターを指す。

「先日の隕石衝突で、月面の砂(レゴリス)が舞い上がった。だが、ただの砂じゃない。月の魔力を吸って変異した微小鉱物生命体『ムーン・ダスト』だ」

 窓の外にへばりついているのは、数億、数兆の微小なモンスター群だった。
 それらは基地のエネルギーを吸収し、窓ガラスを少しずつ侵食している。
 物理攻撃無効。魔法攻撃も分散して効果が薄い。S級ダンジョン『ルナ』特有の厄介な環境災害だ。

「なるほど、こりゃ酷い」

 しかし、ソウジの反応は軽かった。
 彼がヘルメットのバイザー(ゴーグル機能付き)を下ろすと、世界が一変する。

【解析:堆積したホコリ(長期間放置)】
【成分:ダニの死骸、カビ、塵】
【推奨:静電気による吸着清掃】

「うわぁ、埃だらけだ。実家の屋根裏部屋みたいにカビ臭いな。ここ、換気扇回してないんですか?」

 ソウジは呆れたように司令官を見た。
 真空の宇宙空間で「換気扇」も何もないのだが、彼には窓の外が「掃除をサボってホコリが積もったガラス戸」にしか見えていない。

「剣崎、道具袋からアレ出してくれ。柄が長いほう」
「は、はい! これですね!」

 剣崎がキビキビと手渡したのは、先端にフワフワの繊維がついた『業務用・静電気除去モップ(宇宙用ロングタイプ)』だ。

「よし。ちょっくら払ってくるわ」

 ソウジはエアロックを開け、生身(テープ止め)で月面へと飛び出した。

 *

 重力6分の1の世界。
 ふわふわと浮きながら、ソウジは窓の外壁に取り付いた。

『始まったwww』
『月面清掃(物理)』
『装備がナメすぎてる』
『背景が地球なの壮大すぎて脳がバグるわ』

 コアちゃんの超長距離通信によって、地球ではこのシュールな映像が4K生配信されている。

「いいか、こういうフワフワした埃はな、叩いちゃダメだ。舞い上がって余計に広がるからな」

 ソウジは独り言を言いながら、優しくモップを滑らせた。
 モンスターたちは「侵入者だ! 喰らい尽くせ!」と殺到するが、ソウジのスキルが発動したモップの前では、ただのゴミ屑に過ぎない。

「吸着!」

 バチバチバチッ!

 モップの繊維が帯びた静電気が、数億匹のムーン・ダストを磁石のように引き寄せた。
 逃げ惑う微小モンスターたちが、次々と繊維の間に絡め取られていく。

「集まれ~、集まれ~」

 ソウジが空中でモップをくるくると回すと、捕獲されたダストたちが雪だるま式に集まり、巨大な灰色の「毛玉」になっていく。

「ギャァァァァァ! 離れろ! くっつくぅぅぅ!」
「よし、大体取れたな」

 数分後。
 窓を覆っていた「闇」は消え去り、そこには直径10メートルほどの巨大なホコリ玉(モンスターの塊)だけが残った。
 ソウジはそれをつまみ上げ、持参した『45リットルゴミ袋(指定袋)』にギュギュッと押し込んだ。

「これ、燃えないゴミだよな? 剣崎、どうだ?」
「はい! 成分分析……ケイ素90%! 不燃ゴミです社長!」
「よし、口縛って捨てといて」

 ソウジはゴミ袋を基地のゴミ捨て場(エアロック横)に放り投げた。
 振り返ると、磨き上げられた窓ガラスの向こうに、青く輝く地球(テラ)が映り込んでいた。

「ふぅ。やっぱガラスは透明じゃないとな」

 ソウジが満足げにモップを振るうと、背景の地球と相まって、それはまるで家電のCMのような爽やかさを放っていた。

『綺麗になったああああ!』
『月が輝いてる』
『これもう環境映像だろ』
『「燃えないゴミ」で処理されるS級モンスターたち』
『癒やされるわぁ……』

 基地の中から、司令官たちが口をあんぐりと開けてこちらを見ている。
 彼らが数年かけて除去できなかった災害級の汚れを、この日本の作業員は「昼休みの窓拭き」感覚で終わらせてしまったのだ。

「さて、次は……ん?」

 作業を終えて戻ろうとしたソウジの視界に、地球の周りを漂う「巨大なゴミの帯」が映り込んだ。
 キラキラと光っているが、彼のゴーグルはそれを美観を損ねる不法投棄として認識した。

【解析:衛星軌道上の廃棄物群(スペースデブリ)】
【警告:落下のリスクあり】
【種別:混合ゴミ(要分別)】

「うわ、地球の周り、汚ねぇな。誰だあんな所にゴミ捨てたのは」

 ソウジは顔をしかめ、無線に向かって指示を飛ばした。

「おい剣崎。休憩終わりだ。あそこのゴミ溜め、片付けに行くぞ」
「えっ、あそこ(衛星軌道)まで行くんですか!? 酸素持ちませんよ!?」
「大丈夫だ、俺の側から離れるな。……分別作業、頼りにしてるからな」

 その言葉に、剣崎の表情が少しだけ輝いた。
 かつてのエリートが、宇宙の果てで「ゴミ分別」という新たな才能に目覚める瞬間が迫っていた。

(続く)

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