第12話 魔導具革命とエネルギーの壁

一週間後。王都の中央広場は、かつてない熱気に包まれていた。
主役は、我らがチームの営業担当、リック・ファインだ。

「さあ見てくれ、奥さん!この『魔導IHコンロ』なら、真夏の厨房で汗だくになる必要はねぇ!火を使わねぇから子供がいても安心、煙も出ねぇから壁も汚れない!」

リックが特設ステージで実演販売を行っている。
彼がスイッチを入れると、鉄鍋の中のスープが瞬く間に沸騰する。
だが、その隣に置いた氷は溶けていない。

「火」ではなく「磁力」で鍋だけを熱する技術。
この世界の常識を覆す光景に、観衆がどよめいた。

「すごい……!でも、魔導具ってすぐに熱くなって壊れちゃうんじゃないかい?」

最前列の恰幅の良いおばちゃんが疑いの目を向ける。
リックは待ってましたとばかりにニヤリと笑った。

「いい質問だ!だが安心しな!中身は、髪の毛より細い銅線を何千本も束ねた『特注品』だ!しかもコイツは、自分で自分を冷やす『魔法の風』を勝手に吹かせてる!だから、朝から晩まで煮込み料理を作っても、機械が熱を持って壊れたりしねぇ!」

リックが本体をバンバンと叩いて頑丈さをアピールする。

「火を使わねぇから、うっかり目を離しても火事になる心配もねぇ!丈夫で長持ち、おまけに燃料費は、従来の薪炭の半分以下だ!浮いた金で、今夜は旦那に美味い肉でも食わせてやんな!」

ドッ、と笑いと歓声が上がる。
主婦たちが、料理人たちが、予約票を求めて殺到する。

私の設計した安全・高効率な量産モデルは、商会の製造ラインをフル稼働させても追いつかないほどの大ヒットを記録していた。

「……すごいな。産業革命前夜の光景だ」

私は群衆の影で、その様子を眺めていた。
これで研究資金の心配はない。
加速器のパーツどころか、研究所を城に改築できるほどの金が入るだろう。

だが、金はあくまで「燃料」だ。
重要なのは、その燃料を使ってどこへ行くかだ。

数日後。
掃除を終えたばかりのラボの机には、リックが持ち帰った「プランク貨の山」が積み上げされていた。
金貨、銀貨、そして高額手形の束。

「笑いが止まらねぇ!王都だけじゃない、隣国の貴族からも注文が殺到してるぞ!見ろよこの売上!一生遊んで暮らせる額だ!」

リックが金貨の山にダイブし、ジャラジャラと音を立てて泳いでいる。
アリスも「すごいですぅ……」と目を丸くしている。

「よくやったリック。……それで、頼んでいた『ブツ』は?」

私が尋ねると、リックは金貨の山の中から、恭しく一つの桐箱を取り出した。

「おうよ!約束通り買ってきたぜ!
王都の魔導店で一番高いやつだ!『特級火炎魔石(イフリート・コア)』!お値段なんと金貨500枚!」

パカリ。
箱が開かれると、中には燃え盛るような赤色をした、握り拳大の美しい宝石が鎮座していた。
部屋の温度が一気に上がるほどの魔力を放っている。
まるで、小さな太陽を閉じ込めたかのような輝きだ。

「うわぁ、綺麗……!見ているだけで汗が出てきます!」
アリスが顔を赤らめる。

「これなら文句ねぇだろ?城の主砲だって撃てる代物だ。こいつを加速器の『心臓』にするんだろ?」

リックが胸を張る。
私は魔石を手に取った。ずしりと重い。
内包されたマナが渦を巻いているのが分かる。
確かに、市場に流通する品としては最高級だ。

「ボブ、測定を。この魔石のエネルギー総量は?」

ボブが眼鏡を光らせ、数秒の演算を行う。

「……すごいね。一般家庭なら100年は暮らせる熱量だ。
標準的な『薪の魔石』に換算して、およそ50万個分といったところかな」

「50万個分か。……ジュール換算で約50ギガジュールだな」
私は脳内で即座に単位を変換した。

「勝った!加速器完成だ!」

リックがガッツポーズをする。
だが、私は深いため息をつき、魔石を静かに箱に戻した。

「……ダメだ」

私の冷ややかな声に、実験室が静まり返る。

「は?ダメって……何がだよ?」
「全然足りない。桁が9つ違う」

私は黒板に向かい、チョークで計算式を書き殴った。
加速器のリング径、粒子の質量、そして光速の99.9999%まで加速するために必要なローレンツ力。

「いいか。僕が作りたい加速器を動かし、事象の地平線に干渉するには、一瞬で都市一つを消し飛ばすほどの電力──テラワット級の出力が必要なんだ。
この高級魔石じゃ、豆電球を灯す電池にしかならない」

リックが口をパクパクさせている。

「て、テラ……?金貨500枚だぞ!?これ以上の魔石なんて、市場には出回ってねぇぞ!?」

「そう。金で買えるエネルギーには限界があるということだ」

私は天井を仰いだ。
金はある。技術もある。
だが、この世界には、物理学を満たす「燃料」が存在しない。
50ギガジュールなど、原子核研究の衝突実験一回分にも満たない。

「じゃあ、どうすんだよ?金で買えなきゃ、手に入らねぇじゃねぇか」

「……市場にないなら、自然界から奪うしかない」

私は壁に貼られた世界地図を見た。
王都の遥か北。危険地帯とされる山岳部に、赤字で「×」印がついている場所がある。

「伝説級の怪物の心臓か、あるいは古代のダンジョンの深層にある『核』……。
僕たちに必要なのは、商品ではなく『秘宝』だ」

大金を手に入れた喜びは一瞬で消え失せた。
私たちは悟ったのだ。
真理への道は、金貨を積むだけでは届かない、もっと過酷な冒険の先にあるのだと。

「……マジかよ。せっかく金持ちになったのに、今度は命懸けの冒険か?」

リックが頭を抱える。

「安心しろ。まだ準備段階だ。まずはハードウェア──加速器の『筐体』を作る必要がある。金はあるんだ。とりあえずシリコンだ」

私は次の課題へと思考を切り替えた。
エネルギー問題は先送りだ。
まずは、この莫大な資金を使って、半導体チップと、加速器の設計図を完成させる。

シリコンバレーの夜明けは来た。
だが、その先に待っていたのは、エネルギー保存則という高く厚い壁だった。

 

(続く)

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