第13話:ブラックホールは『詰まった排水溝』

 剣崎の神懸かり的な分別作業によって、スペースデブリの山は綺麗に片付いた。
 だが、安堵したのも束の間。
 ゴミが消えたその空間で、さらなる異常事態が発生した。

 ゴゴゴゴゴゴゴ……!

 真空の宇宙空間であるにも関わらず、腹の底に響くような振動が伝わってくる。
 空間が歪み、光がねじれ、中心の一点に向かって渦を巻き始めたのだ。

「け、警告! 重力波異常を検知!」
 コアちゃんの悲鳴が通信機から響く。
「大変です社長! ゴミの質量が一気に消えた反動で、時空のバランスが崩壊しました! これ、『マイクロ・ブラックホール』です!」

 事象の地平線(イベント・ホライゾン)。
 一度入れば光さえも脱出できない、絶対的な死の領域。
 その漆黒の穴は、周囲の星の光や、作業用の足場(オリハルコン)すらもガリガリと削りながら拡大を続けている。

『ブラックホール!? 終わった……』
『太陽系ごと飲まれるぞ!』
『物理攻撃効かないどころの話じゃねえ!』
『逃げろソウジ! 吸い込まれるぞ!』

 NASAがパニックに陥り、世界中が絶望する中。
 やはり、灰坂ソウジだけは違った。
 彼は腕組みをして、その「渦」をじっと観察していた。

【解析:排水不良】
【原因:配管の詰まり(重度)】
【水流:逆流の恐れあり】

「あちゃー……。やっぱり詰まっちまったか」

 彼の目には、ブラックホールの渦が「詰まって水が流れず、グルグルと渦巻いている洗面台の排水溝」にしか見えていない。
 周囲の時空が歪んでいるのも、彼にとっては「水が溢れそうになっている」だけの現象だ。

「ゴミを一気に流しすぎたな。髪の毛(ダークマター)でも絡まったか?」

 ソウジは腰の道具袋を探り、細長い金属製のワイヤーを取り出した。
 先端に硬いブラシがついた、プロ愛用の詰まり抜き道具。
 『業務用フレキシブル・パイプクリーナー(ワイヤーブラシ)』だ。

「おい、離れてろよ。汚水が飛ぶかもしれないからな」

 ソウジは剣崎たちを後ろに下がらせると、平然と事象の地平線に近づいた。
 本来なら重力に引き裂かれる距離だが、彼のスキル【完全清掃】は「作業中の安全確保」を最優先するため、事象の地平線すらも「作業現場の床」として固定してしまう。

「ここら辺か……?」

 ソウジはワイヤーの先端を、漆黒の穴(特異点)へと突き入れた。

 ガリッ、ガリッ、ガリッ。

 時空を削る音が、なぜか物理的な摩擦音として響く。
 光すら逃さない穴の中で、ソウジのワイヤーだけが自在に動き回り、詰まりの原因を探っている。

「愚かな……我は虚無……全てを飲み込む……んぐっ!?」

 ブラックホールから、苦悶の声(?)が漏れた。
 ソウジのワイヤーが、核となる「特異点」を容赦なく刺激したからだ。

「お、手応えあり。なんかデカいのが引っかかってるな」

 ソウジは手元のグリップを回し、ワイヤーを回転させた。
 先端のブラシが、詰まりの原因(超高密度の重力塊)にガッチリと食い込む。

「よし、掴んだ! いくぞ、せーのっ!」

 彼は足場のオリハルコンを踏みしめ、渾身の力でワイヤーを引き抜いた。
 空間が悲鳴を上げ、世界が歪む。

 スポォォォォォォォォォォォォンッ!!!

 これ以上ないほど間抜けな、しかし爽快な音が宇宙に響き渡った。

 ソウジが引き抜いたワイヤーの先には、真っ黒でドロドロした「何か(ブラックホールの核)」が絡みついていた。

 核を失ったブラックホールは、栓を抜いた風呂桶のように、シュルシュルと急速に縮小し――最後には「ポシュッ」という音と共に消滅した。

 後には、何事もなかったかのような静寂な宇宙空間だけが残された。

「ふぅ。やっぱり髪の毛とヘドロ(重力子)の塊か。汚ねぇなぁ」

 ソウジはワイヤーに絡みついた「世界の終わり」を、持参したウエス(雑巾)で無造作に拭き取り、ゴミ袋へポイッと捨てた。

【タスク完了:排水管の開通】
【流れ:スムーズ】

「よし、流れヨシ! これで逆流の心配はないな」

 ソウジが満足げに頷く映像が、地球全土に流れる。
 全人類が、言葉を失っていた。

『……え?』
『今、ブラックホールを……抜いた?』
『「スポーン」って言ったぞ』
『排水溝だったのかよ、あれ』
『物理法則どうなってんだwww』
『ソウジ社長、もはや神を超えて「宇宙の理(ことわり)」だろ』

 NASAの管制室では、科学者たちが抱き合って泣き、何人かは常識の崩壊に耐えきれず卒倒していた。

 だが、当のソウジは気にする様子もなく、作業後の手洗いをしようとして「あ、ここ水道ないんだった」と苦笑いしているだけだった。

「さて。これで大体片付いたかな」

 彼はヘルメットのズレ(ダクトテープ)を直し、ピカピカになった宇宙を見渡した。
 そこには、一点の曇りもない満天の星空が広がっていた。

(続く)

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