その日の夕暮れ。
森の空気は、べっとりと肌にまとわりつくような不快な湿度を帯びていた。
ズズズズズズ……。
地鳴りと共に、鉄錆のような臭いが風に乗って漂ってくる。
「……怖いなぁ。嵐が来るのかな?」
ミミは本能的な恐怖を感じ、逃げ込むように「魔導段ボール」の中へ潜り込んだ。
ウィィン。
完全防音のハッチが閉じる。
ミミが小さな寝息を立て始めた、まさにその時。
ガラスの家の外、結界の境界線で――「それ」は起きた。
地平線を埋め尽くす、一万を超える魔王軍本隊。
その進軍が、ピタリと止まった。
彼らの目の前に、たった――三人の人影――が立ち塞がったからだ。
「……おい、なんだあの男は」
中央に立つ銀髪の騎士――騎士団長レオン。
彼は氷点下の殺気を放ちながら、耳元のピアスに手を当て、うつむき加減で「何か」を高速で呟いていた。
「……五月蝿い。通知が多い。デシベル超過。殺す。即座に。氷河期。展開」
「ひ、ひぃっ! 高速詠唱だ! 禁忌レベルの儀式魔法を編んでいるぞ!!」
レオンがゆっくりと顔を上げた。
「――『送信(エンター)』」
パキィィィィィン!!
詠唱(チャット送信)完了と共に、世界が凍りついた。
先鋒の三千人が、悲鳴を上げる間もなく「氷の彫像」へと変わる。
「あはは! 見て見てー! インベントリの断捨離!」
金髪の聖騎士、クリスティーナが上空を舞っていた。
彼女が虚空から取り出したのは、黄金に輝く『国宝級聖剣』。
「え、ちょ、それは伝説の聖剣デュランダ――」
ドォォォォン!!
聖剣が炸裂し、クレーターが生まれる。
竜殺しの槍、賢者の杖、爆裂ポーション……。
国家予算が買えるほどの「財宝」が、雨あられと降り注ぐ。
「ひ、ヒャアアアア! 金だ! 金の暴力だぁぁ!!」
その背後で、魔導師のゼルが冷徹にインカムへ囁いた。
「……補足。死体処理が面倒。まとめて。圧縮。――ZIPファイルのように――」
グシャァ。
広範囲重力魔法が発動し、逃げ惑うゴーレム部隊が立方体の「鉄板」へとプレスされた。
わずか三分。
一万の軍勢は、三人の「チャットの片手間」によって、更地へと変貌した。
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【裏トーク:至高のミミちゃんを見守る会(Online: 4)】
@氷結の獅子
ふぅ。入力完了。
ミミちゃんの寝室の窓ガラスが曇ったらどうしてくれる。
@新入り聖騎士
大丈夫よー!
それより私の『黄金の弾幕』、総額45億Gの輝きよ?
あースッキリした!
@課金は酸素
……はぁ。
保護フィルム代、あとで給料から天引きしておきますね。
私は今、プレスした鉄くずを「空にする」を実行したところです。
@公式カメラマン
……静粛に。通知が来ました。
ミミちゃん、段ボールから出てきます。
@氷結の獅子
ッ!!
全員、撤収!! 光の速さで隠れろ!!
(……数分後……)
@公式カメラマン
ミミちゃん起床。
「ふあぁ……よく寝たぁ。雷、止んだかな?」と言っています。
外の更地を見て、「わぁ、台風一過だね!」と納得しました。
@氷結の獅子
――ぎゃわいいいいいいいいいいッ!!!!!!――
台風一過!! その解釈!! 天才か!!
さっきの戦闘の疲れが全回復したわ!!
@新入り聖騎士
あーん! 寝癖かわいい!! ぴょこんってなってる!!
45億G投げ捨てた甲斐があったわー!!
[System Alert] —————————–
WARNING: New Hostile Reaction Detected.
Target: The Demon King (Main Body)
Threat Level: SSS (World Crisis)
@氷結の獅子
あー、うるさいな通知が。
今、ミミちゃんの寝起き動画をスロー再生してるんだ。
――通知OFF。――
@新入り聖騎士
――通知OFF。――
@課金は酸素
――通知OFF。――
@公式カメラマン
……同意します。魔王本人が起きた程度で、この尊い時間を邪魔されたくありませんね。
シャッターチャンス継続。
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