第14話 魔王軍、ホワイト企業化計画 ~3.5億マナの使い道。魔王様、娘のフィギュアを経費で落とすのは『広告宣伝費』として無理があります~

「では、臨時予算会議を始めます」

魔王城・大会議室。
重厚な円卓の上には、先日聖騎士団長から回収した『3億5000万マナ』と記された通帳が鎮座している。

私は新調した魔導ロングコートの裾を払い、眼鏡のブリッジを押し上げた。

「この資金を元手に、当軍のインフラを一気に刷新(アップデート)します。各部門、要望を提出してください」

「うむ! 余から提案がある!」

真っ先に立ち上がったのは、魔王ゼノンだった。
彼はバサァッと漆黒のマントを翻し、懐から一枚の精巧なデッサン画を取り出すと、まるで聖遺物でも掲げるかのように高々と見せつけた。

「社員の士気向上は急務だ! そこで、アリスの可愛さを全軍に周知させるための『1/20スケール・アリスフィギュア(天使Ver.)』を全社員に配布したい! 原型師にはこだわって……」

バンッ。

乾いた音が響く。私は表情一つ変えず、手元の書類に赤インクで《不承認》のスタンプを叩きつけていた。

「却下です」

「な、なぜだクリフCFO! これは社員の心を癒やす福利厚生費として……」

「いいえ。これはただの『社長の趣味(私費)』です。作りたいならご自分のお小遣いでどうぞ。次、アリスCTO」

「ぬおぉぉ、なぜダァァァァ……アリスぅぅ……」

ゼノンがテーブルに突っ伏し、だらだらと涙を流しながら娘の方へ手を伸ばす。
だが、その手は空を切った。

「ちょっとパパうるさいっ! ……んー」

隣でゲーミングチェアにあぐらをかいていたアリスが、汚いものを見るようなジト目で父親を一瞥し、ぷいっと顔を背ける。

彼女は口に咥えた棒付きキャンディを転がしながら、だるそうに石板(スレート)を回した。

「……私、回線が遅いとイライラする。今のサーバー、魔導演算の処理落ちがひどい」

アリスは石板を操作し、現在のサーバー室の惨状(熱暴走寸前の魔石)を空中に投影する。

「ハッキングの効率が落ちるから、最新の『水冷式マナ・データセンター』が欲しい。あと、お菓子専用の冷蔵庫」

「……サーバー室の更新ですね。承認します。CTOの業務環境は、組織の頭脳そのものですから」

「やった。……クリフ、好き」

「お菓子冷蔵庫は自腹でお願いします。……次はガント警備部長」

私が視線を向けると、巨漢のガントは、小さすぎる椅子に窮屈そうに体を沈めながら、申し訳なさそうに頭をかいた。

「おう。俺からは現場の悩みなんだが……」

彼は泣き崩れる魔王をあやすように背中をさすりつつ、低い声で続けた。

「最近、物資の運搬がきつくてな。スケルトンの何人かが『腰が砕けそう(物理)』って泣いてるんだ。人手不足だし、何か楽にする方法はねぇかな」

「なるほど。物流の停滞は機会損失に直結しますね」

私は眼鏡の位置を直し、手元の計算機を高速で叩き始めた。
サーバー強化による情報処理速度の向上。
そして、物流の自動化による人件費削減と労災リスクの回避。

「いいでしょう。今回の予算はすべて、これら『業務効率化(DX)』のための設備投資に回します」

数日後。魔王城のあちこちで、驚きの声が上がっていた。

「す、すげぇ! 荷物が勝手に動いてるぞ!?」

ガントが見上げる先には、重い物資を軽々と持ち上げて運ぶ、最新鋭の《自律駆動型・物流ゴーレム》の姿があった。

今まで数日がかりで行っていた運搬作業が、24時間稼働のゴーレムにより、わずか数時間で完了していく。

さらに、地下のサーバー室では。

「ん、快適。……ラグなし、サクサク」

アリスが七色のゲーミングライトに照らされた最新サーバーの前で、目にも止まらぬ速さでキーを叩いている。

その横顔は、いつもの気怠げな様子とは違い、獲物を狩る捕食者のように鋭く輝いていた。

私は手元の石板に表示された、魔王軍の『改善ログ』を満足げに見つめた。

[聖暦1026/10/05] 設備投資実行ログINVESTMENT_LOG
───────────────────
【完了】魔王軍インフラ刷新プロジェクト
総工費:350,000,000 マナ

▼ 1. 会計データベース検索速度
[OLD] ■
0.5% (Very Slow)

[NEW] ■■■■■■■■■■|■■■■■
25000% (MEASUREMENT_ERROR: Too Fast!)

▼ 2. 通信ネットワーク帯域
[OLD] >
(伝書鳩)

[NEW] >>>>>>>>>>|>>>>>
(光魔導回線) [LIMIT_BREAK]

▼ 3. 物流コスト推移
[OLD] $$$$$$$$$$
(100%)

[NEW] $$
(25%) [COST_CUT_SUCCESS]
───────────────────

「素晴らしい。……これにより残業時間は激減し、純利益のグラフは右肩上がりです」

浮いたコストは、そのまま社員食堂のメニュー改善(骨付き肉→A5ランクドラゴンステーキ)へと還元された。
魔物たちの歓喜の声が、城中に響き渡っている。
まさに、理想的なホワイト企業の姿だ。

一方、その頃――。
王都の郊外、薄暗い森の中。

「くそっ……! なんで俺がこんな目に……!」

焚き火の前で、硬い黒パンをかじりながら悪態をつく男がいた。
元勇者アルヴィンである。

「仕方ありませんわ、アルヴィン様。……私たちが釈放されるための『保釈金』、法外な額でしたもの」

隣で聖女がげっそりとした顔で呟く。
彼らは逮捕された後、悪徳弁護士ヴァイパーの手引きにより、裏金融から巨額の借金をして保釈金を支払い、仮釈放されたのだ。
だが、その代償は重かった。
勇者の称号は剥奪され、今は借金返済のために、割に合わない低級クエストをこなすだけの日々。

「見てろよ、魔王軍……! 今頃お前たちは、俺が復活した恐怖と、資金難で震え上がっているはずだ……!」

アルヴィンは、蚊に刺された腕を掻きむしりながら、夜空に向かって吠えた。

彼らが野宿で冷たい風に震えている頃。
魔王城では、全自動空調完備の快適なラウンジで、デザートビュッフェが開催されていたことを、彼らはまだ知らない。

(続く)

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