第14話:宇宙(そら)からの眺めも、仕事場の一部

 ブラックホールという名の「排水溝詰まり」を解消し、宇宙に静寂が戻った。
 灰坂ソウジとクリーン・ファンタジー社の面々は、オリハルコンの足場の上で、作業後の休憩を取っていた。

「ふぅ……。終わりましたね」

 剣崎がヘルメットの中で荒い息を吐きながら、ドサリと座り込む。
 彼の作業着は汚れ、顔は煤だらけだったが、その表情にはかつてない達成感が滲んでいた。

「ああ、お疲れさん。いい動きだったぞ」

 ソウジが労いの言葉をかけると、剣崎は照れくさそうに顔を背けた。
 そして、ふと視線を上げ――息を呑んだ。

「……すげぇ」

 彼らの眼下には、圧倒的な光景が広がっていた。
 漆黒の宇宙空間に浮かぶ、青く輝く宝石。

 地球だ。

 ムーン・ダストが拭き取られ、デブリの帯が撤去され、ブラックホールの歪みが消えたことで、その輝きはかつてないほど鮮烈になっていた。

「なんて……なんて美しいのでしょう……」

 聖女セシリアが、瞳に涙を浮かべて祈りを捧げる。
「汚れなき青。これぞ神が創造した奇跡の色……。私の魔法でも、ここまでの輝きは出せません」

「はい! 配信画面のコメントもすごいことになってますよ! 『スクショした』『壁紙にした』って!」

 コアちゃんが興奮気味にタブレットを見せる。
 世界中の人々が、画面越しに映し出された「ピカピカになった地球」を見て、感動に震えていた。
 それは、人類が初めて目にする、本当の空の色だったのかもしれない。

 そんな中。
 この奇跡の立役者である灰坂ソウジだけは、腕組みをして、厳しい目で地球を見下ろしていた。

「…………」

 無言のソウジ。
 その真剣な横顔に、剣崎がゴクリと喉を鳴らす。
 (何を考えているんだ……? この壮大な景色を見て、彼はどんな哲学的な思考を巡らせているんだ……?)

 沈黙が続く。
 そして数秒後、ソウジが口を開いた。

「よし。窓(オゾン層)の拭きムラ、なし」

 ズコーッ!
 剣崎と視聴者全員が、心の中で盛大にひっくり返った。

「そ、そこですか!? この感動的な場面で、施工チェックですか!?」

「当たり前だろ。仕事は『後片付け』と『最終確認』までが仕事だ」

 ソウジは真顔で答えた。
 彼にとって、この美しい地球の輝きは「奇跡」ではなく、適切な清掃作業によって得られた「成果物」に過ぎないのだ。

「いいか、よく見ろ。大気の淀みが消えて、雲の白さが際立ってるだろ? あれはデブリ(不法投棄)を片付けたおかげで、日当たりと風通しが良くなった証拠だ」

 彼は満足げに頷き、ヘルメットのバイザー越しに地球を指差した。

「社長! 視聴者のみなさんから『一言お願いします!』ってコメントが殺到してます!」

 コアちゃんがカメラを向ける。
 全宇宙(?)が注目する中、伝説の清掃員は少し照れくさそうに頬をかき、淡々と語りかけた。

「えー、本日の業務報告です。
 見ての通り、汚れは綺麗サッパリ落ちました。
 ですが、掃除ってのは『一度やったら終わり』じゃありません」

 彼は地球を見つめながら言葉を継ぐ。

「宇宙も、自分の部屋も一緒です。
 放っておけばホコリは積もるし、カビも生える。
 だから、汚れたらすぐ拭く。ゴミは溜めずにすぐ捨てる。
 それを毎日続けること。……綺麗な状態を保つコツは、それだけです」

 特別な魔法でも、最新の科学でもない。
 ただの「生活の知恵」。
 しかし、宇宙の果てで、誰よりも世界を綺麗にした男の言葉には、真理としての重みがあった。

『深い……』
『掃除しなきゃって思った』
『部屋も心も一緒か。泣けてきた』
『明日からちゃんとゴミ捨てするわ』
『ありがとう、清掃員のおっさん』

 その日、世界中で「掃除ブーム」が巻き起こったという。
 誰もがモップを手に取り、自分の居場所を磨き始めた。
 ソウジの何気ない一言が、人々の心の曇りまでも拭き取ってしまったのだ。

「さて、と。長居すると残業代がかさむからな。撤収するぞ!」

 ソウジはパンと手を叩き、道具を片付け始めた。

「剣崎、空き缶拾っとけよ。セシリア、足場解体するから手伝え」

「は、はい!」

「承知しましたわ、師匠!」

 感動的な余韻に浸る間もなく、彼らはいつもの「清掃業者」の顔に戻り、テキパキと後片付けを始める。

 その背中こそが、世界で一番美しい光景なのかもしれない。

 ――こうして、前代未聞の「銀河大掃除」は幕を閉じた。
 しかし、彼らの日常(業務)は、まだまだ終わらない。

(続く)

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