ブラックホールという名の「排水溝詰まり」を解消し、宇宙に静寂が戻った。
灰坂ソウジとクリーン・ファンタジー社の面々は、オリハルコンの足場の上で、作業後の休憩を取っていた。
「ふぅ……。終わりましたね」
剣崎がヘルメットの中で荒い息を吐きながら、ドサリと座り込む。
彼の作業着は汚れ、顔は煤だらけだったが、その表情にはかつてない達成感が滲んでいた。
「ああ、お疲れさん。いい動きだったぞ」
ソウジが労いの言葉をかけると、剣崎は照れくさそうに顔を背けた。
そして、ふと視線を上げ――息を呑んだ。
「……すげぇ」
彼らの眼下には、圧倒的な光景が広がっていた。
漆黒の宇宙空間に浮かぶ、青く輝く宝石。
地球だ。
ムーン・ダストが拭き取られ、デブリの帯が撤去され、ブラックホールの歪みが消えたことで、その輝きはかつてないほど鮮烈になっていた。
「なんて……なんて美しいのでしょう……」
聖女セシリアが、瞳に涙を浮かべて祈りを捧げる。
「汚れなき青。これぞ神が創造した奇跡の色……。私の魔法でも、ここまでの輝きは出せません」
「はい! 配信画面のコメントもすごいことになってますよ! 『スクショした』『壁紙にした』って!」
コアちゃんが興奮気味にタブレットを見せる。
世界中の人々が、画面越しに映し出された「ピカピカになった地球」を見て、感動に震えていた。
それは、人類が初めて目にする、本当の空の色だったのかもしれない。
そんな中。
この奇跡の立役者である灰坂ソウジだけは、腕組みをして、厳しい目で地球を見下ろしていた。
「…………」
無言のソウジ。
その真剣な横顔に、剣崎がゴクリと喉を鳴らす。
(何を考えているんだ……? この壮大な景色を見て、彼はどんな哲学的な思考を巡らせているんだ……?)
沈黙が続く。
そして数秒後、ソウジが口を開いた。
「よし。窓(オゾン層)の拭きムラ、なし」
ズコーッ!
剣崎と視聴者全員が、心の中で盛大にひっくり返った。
「そ、そこですか!? この感動的な場面で、施工チェックですか!?」
「当たり前だろ。仕事は『後片付け』と『最終確認』までが仕事だ」
ソウジは真顔で答えた。
彼にとって、この美しい地球の輝きは「奇跡」ではなく、適切な清掃作業によって得られた「成果物」に過ぎないのだ。
「いいか、よく見ろ。大気の淀みが消えて、雲の白さが際立ってるだろ? あれはデブリ(不法投棄)を片付けたおかげで、日当たりと風通しが良くなった証拠だ」
彼は満足げに頷き、ヘルメットのバイザー越しに地球を指差した。
「社長! 視聴者のみなさんから『一言お願いします!』ってコメントが殺到してます!」
コアちゃんがカメラを向ける。
全宇宙(?)が注目する中、伝説の清掃員は少し照れくさそうに頬をかき、淡々と語りかけた。
「えー、本日の業務報告です。
見ての通り、汚れは綺麗サッパリ落ちました。
ですが、掃除ってのは『一度やったら終わり』じゃありません」
彼は地球を見つめながら言葉を継ぐ。
「宇宙も、自分の部屋も一緒です。
放っておけばホコリは積もるし、カビも生える。
だから、汚れたらすぐ拭く。ゴミは溜めずにすぐ捨てる。
それを毎日続けること。……綺麗な状態を保つコツは、それだけです」
特別な魔法でも、最新の科学でもない。
ただの「生活の知恵」。
しかし、宇宙の果てで、誰よりも世界を綺麗にした男の言葉には、真理としての重みがあった。
『深い……』
『掃除しなきゃって思った』
『部屋も心も一緒か。泣けてきた』
『明日からちゃんとゴミ捨てするわ』
『ありがとう、清掃員のおっさん』
その日、世界中で「掃除ブーム」が巻き起こったという。
誰もがモップを手に取り、自分の居場所を磨き始めた。
ソウジの何気ない一言が、人々の心の曇りまでも拭き取ってしまったのだ。
「さて、と。長居すると残業代がかさむからな。撤収するぞ!」
ソウジはパンと手を叩き、道具を片付け始めた。
「剣崎、空き缶拾っとけよ。セシリア、足場解体するから手伝え」
「は、はい!」
「承知しましたわ、師匠!」
感動的な余韻に浸る間もなく、彼らはいつもの「清掃業者」の顔に戻り、テキパキと後片付けを始める。
その背中こそが、世界で一番美しい光景なのかもしれない。
――こうして、前代未聞の「銀河大掃除」は幕を閉じた。
しかし、彼らの日常(業務)は、まだまだ終わらない。
(続く)
コメント