第15話 魔王株式会社、爆誕。 ~『黄金株』を持たずに上場するのは、鎧を着ずに戦場に出るのと同じですよ~

「――というわけで。本日をもって魔王軍は『株式会社化』します」

魔王城・大会議室。
私の宣言に、魔王ゼノンはきょとんとした顔で首をかしげた。

「かぶしき……がいしゃ? なんだそれは? 新しい必殺技か?」

「いいえ。組織形態のことです」

私は手元の石板(スレート)を操作し、壁面の巨大な魔導スクリーンに文字を投影した。

『株式会社デーモン・ホールディングス(Demon Holdings Co., Ltd.)』

「これまでのような『魔王と手下』という関係ではなく、法に基づいた組織にすることで、人間界の企業とも対等に取引が可能になります。そして何より――」

私は眼鏡を光らせた。

「『株式』を発行することで、外部の富裕層から莫大な資金調達が可能になるのです」

「おお! 資金調達! それは良い響きだ!」

ゼノンが単純に喜ぶ。だが、私は釘を刺すのを忘れなかった。

「ただし、出資者(株主)を招き入れるということは、《魔王様の決定権が脅かされるリスク》もあるということです。……さあ、最初の交渉相手がお見えですよ」

通された応接室には、濃厚な香水の香りが漂っていた。
深紅のドレスに身を包み、グラスに入った赤い液体(※トマトジュースです)を優雅に揺らしている美女。

魔界屈指の資産家、『鮮血の女帝』カーミラだ。

「あら、ごきげんようゼノンちゃん。お金に困ってるんですって?」

「む、むう……。カーミラ殿、今日は出資の相談に乗っていただき感謝する」

ゼノンが緊張した面持ちで頭を下げる。
カーミラは妖艶な笑みを浮かべ、テーブルに脚を組んで座った。

「いいわよ。貴方の軍団、最近『DX』とやらで勢いがあるみたいじゃない。……100億マナ、ポンと出してあげる」

「ひゃ、100億!? 本当か!?」

ゼノンが椅子から転げ落ちそうになる。
だが、カーミラは扇子で口元を隠し、意地悪く目を細めた。

「ただし、条件があるわ」

「じょ、条件とは?」

「一つ。《発行済み株式の51%を私が持つこと》。つまり、経営権は私がいただくわ」

「なっ……!?」

「そしてもう一つ。……社員の制服を、全員私の趣味である『ボンテージ(革の拘束衣)』に変更すること。もちろん、ゼノンちゃん、貴方もよ♡」

「ぶふっ!? ぼ、ボンテージだとぉぉぉ!?」

ゼノンが絶叫する。

想像してしまったのだろう。ごつい魔物たちが、ピチピチの革衣装に身を包んで戦う地獄絵図を。

「そ、そんな破廉恥な……! しかし100億マナがあれば、世界征服も夢ではない……ぬぐぐぐ……!」

金か、尊厳か。
魔王が苦渋の決断を迫られ、プルプルと震えている。
カーミラは勝利を確信したように微笑んだ。

「さあ、どうするの? 契約書にサインなさい。今なら首輪もつけてあげる」

「お断りします」

冷徹な声が、ピンク色の空気を切り裂いた。
私が、魔王とカーミラの間に割って入る。

「あら? 誰かしら、この眼鏡のボウヤは。……CFO風情が、次期オーナーである私に口答え?」

カーミラから放たれる凄まじい殺気(プレッシャー)

並の人間なら即死するレベルの威圧だが、私は涼しい顔で手元の石板(スレート)を操作し、空中に巨大なチャートを展開した。

「カーミラ様。貴方の提示した条件は、当社の『企業価値(バリュエーション)』を著しく過小評価しています」

「は? 何を言って……」

「先日のDX化により、当社の利益率は400%向上しました。現在の企業価値は2000億マナを超えています。……つまり」

私はチャートを指差した。

[聖暦1026/10/15] 資本政策シミュレーションCAP_TABLE_SIM
───────────────────
現在の企業価値:2,000億マナ

【Case 1】カーミラ様の要求(100億マナ出資)
※時価総額を無視した不当な要求

[ゼノン(魔王)]
■■■■■□□□□□
49.0%(980億マナ相当)
(経営権喪失・ボンテージ着用義務)

[カーミラ(株主)]
■■■■■□□□□□
51.0%(1,020億マナ相当)
【経営支配権・獲得】


【Case 2】適正な企業価値に基づく試算
※クリフCFOの提示条件

[ゼノン(魔王)]
■■■■■■■■■□
95.0%(1,900億マナ相当)
(経営権維持・服装の自由)

[カーミラ(株主)]
■□□□□□□□□□
5.0%(100億マナ相当)
【種類株式:議決権なし・配当優先】
───────────────────

「ご覧の通り。貴方の100億マナでは、せいぜい《5%》の株しか渡せません」

「なっ……! ご、5%ですって!? ふざけないで!」

カーミラが激昂し、ワイングラスを握りつぶす。

「さらに今回発行するのは《議決権制限株式(種類株)》です。配当は優先的に支払いますが、経営への口出しは一切無用。……つまり、『金は出すが口は出すな』ということです」

「き、貴様ぁぁぁ! 私を誰だと思っているの! そんな条件、飲むわけないでしょ!」

「そうですか? 残念です」

私は鞄から別の資料を取り出した。

「実は、ダークエルフの『黒森林商会』や、ドワーフの『鉄山銀行』からは、この条件でも出資したいと打診を受けていましてね。……今回は『古き良き友』である貴方に優先交渉権を差し上げたのですが」

「……っ!?」

カーミラの動きが止まる。
魔王軍のDX化による急成長は、魔界の投資家たちの間で噂になっていたのだ。この機を逃せば、莫大なリターンをみすみす他社に奪われることになる。

「ぐ、ぬぬぬ……。こしゃくな眼鏡ね……」

カーミラはギリギリと歯ぎしりをし、私を睨みつけた。
だが数秒後、彼女はふぅーっと息を吐き、妖艶な笑みに戻った。

「いいわ。……その度胸と計算高さ、気に入った」

彼女は懐から、さらに分厚い小切手帳を取り出し、サラサラとペンを走らせた。

「100億マナとは言わないわ。《500億マナ》、出資してあげる」

「ご、五百億ぅぅぅ!?」

ゼノンの目が飛び出る。
カーミラは私に向かってウィンクを投げかけた。

「その代わり、株式の《25%(第2位株主)》を寄越しなさい。種類株でいいわ。……これだけの資金があれば、貴方たちはもっと自由に暴れられるでしょ?」

「……フッ、そこまで評価していただけるとは光栄です」

私は計算機を叩き直し、新たな契約書を提示した。
500億マナ。これだけあれば、魔王軍の財務基盤は盤石になる。

「交渉成立ですね。ようこそ、株式会社デーモン・ホールディングスへ」

こうして、魔王軍は最強のパトロンを手に入れた。
ゼノンも「ボンテージを着なくて済んだ!」と胸を撫で下ろしている。

調印式を終えた後。
安堵して玉座に沈むゼノンに、私は一枚の書類を渡した。

「ゼノン様、これも持っていてください」

「ん? なんだこれは。『黄金株(ゴールデン・シェア)』?」

「はい。これは《何があっても拒否権を発動できる特権株》です。カーミラ様のような大株主が現れた今、万が一、敵対的買収(テイクオーバー)を仕掛けられても、これさえあれば貴方の社長の椅子は守られます」

「おお、クリフ! やはりお前は余の守護神だ!」

魔王が涙目で抱きついてくる。私はそれを軽く受け流し、眼鏡を直した。
鎧を着ずに戦場に出るような真似はさせない。それがCFOの務めだからだ。

一方、その頃――。
薄暗い地下ダンジョンの奥深く。

「おい、ここのカビ掃除まだ終わらないのかよ!」

元勇者アルヴィンが、デッキブラシ片手に悪態をついていた。

借金返済のために、ギルドで紹介された高額バイトに応募したのだが、その内容は過酷な清掃業務だった。

「ひぃひぃ……。で、でもアルヴィン様、この依頼主、すごくホワイトですわよ」

聖女ミナが、支給された『冷えたスポーツドリンク』と『有給休暇の案内』を見て目を輝かせている。

「依頼主の名前は……えっと、『(株)デーモンHD』? 聞いたことない会社だけど、弁当も出るし残業代も出るなんて……。魔王軍も見習えってんだ」

アルヴィンは支給された高級弁当を貪り食いながら、涙を流した。

彼らはまだ知らない。
自分たちが働いているその会社こそが、憎き魔王軍の関連子会社であることを。

(第3章 完)

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