宇宙での大仕事を終え、灰坂ソウジたちが地球に帰還した日。
世界は狂乱の渦にあった。
「英雄の帰還だあああああ!」
「ソウジ社長! こっち向いてー!」
「クリーン・ファンタジー社、万歳!」
空港から本社ビルまでの道中、数十万人のパレードが彼らを出迎えた。
紙吹雪が舞い、各国首脳が握手を求め、テレビカメラの放列が彼らを追う。
株価はストップ高を連発し、入社希望者はサーバーをダウンさせるほどの数が殺到していた。
しかし。
当のソウジは、リムジンの窓からその光景を眺め、深く溜め息をついていた。
「はぁ……。道が混んでて会社に戻れないな。これじゃ午後の業務に支障が出るぞ」
彼は英雄扱いされることになど興味がなかった。
彼にとって重要なのは「今日中にオフィスのワックス掛けが終わるか」だけなのだ。
***
数日後。
ようやく騒ぎが落ち着いた(というか、ソウジが取材を全て拒否した)頃。
クリーン・ファンタジー社のオフィスは、いつもの日常を取り戻していた。
「社長! 入社希望者の選考書類、また1万通届きました!」
「うへぇ……。見るだけで肩が凝るな」
デスクに積み上がった書類の山を見て、ソウジは嫌そうな顔をした。
そして、横で一心不乱にゴミの分別をしていた部下――剣崎に声をかけた。
「おい、剣崎。お前がやれ」
「えっ? 俺が……面接官ですか?」
「ああ。お前、ゴミと資源を見分ける目(分別スキル)だけは一流だからな。人間の中身も見分けられるだろ? 『使える人材(資源)』だけ残して、あとは不採用(燃えるゴミ)だ」
それは、かつて「無能」と切り捨てられた男への、ソウジなりの最大の信頼の証だった。
剣崎は一瞬驚いた顔をしたが、すぐにニヤリと不敵に笑った。
「フフン……任せてください。私の目は誤魔化せませんよ。効率的に、完璧な選別をしてご覧に入れます」
「頼んだぞ、人事部長」
こうして、元エリート・剣崎は「最強の人事担当」として、新たな才能を開花させることになった。
***
「失礼します、社長。特急の依頼書が届いています」
秘書のコアちゃんが、恭しく一枚の封筒を持ってきた。
それは、目も眩むような黄金の封筒で、触れるだけで熱気を感じる代物だった。
「なんだこれ、熱っ! カイロか?」
「差出人は……えっと、解読班によると『太陽神』様だそうです」
その名前に、掃除中のセシリアが「ひぃっ!?」と悲鳴を上げて平伏した。
しかしソウジは「また大層な名前のクレーマーだな」と封を切る。
中に入っていたのは、光り輝く文字で書かれたメッセージだった。
『拝啓、掃除の神よ。
最近、顔のシミ(黒点)が増えて気になっております。
つきましては、至急「美白ケア」をお願いしたく……』
それを読んだソウジは、天を仰いだ。
「太陽かぁ……」
彼は窓の外を見上げた。
雲ひとつない青空の向こうで、ギラギラと輝く太陽。
次の現場は、あそこだ。
「あそこ、暑いから嫌なんだよなぁ。作業着が蒸れるし、汗でゴーグルが曇るし」
文句をタラタラと言いながらも、その顔は笑っていた。
職人の血が騒いでいるのだ。
どんな過酷な現場でも、そこに汚れがある限り、彼は行く。
「コアちゃん。経費で『ソーダ味のアイスキャンディー』、箱買いしといてくれ。あのガリガリするやつな」
「了解です! 当たりが出たらもう一本ですね!」
「セシリア、剣崎! 準備しろ! 次は熱中症対策が必要だぞ!」
ソウジはロッカーを開け、【超耐熱仕様・セラミックデッキブラシ】を取り出した。
「了解! 日焼け止め塗ってきます!」
「マジかよ……次は太陽かよ……労働基準法どうなってんだ……」
歓喜する聖女と、絶望する人事部長。
そして、アイスを片手にご機嫌な社長。
最強の清掃会社『クリーン・ファンタジー』。
彼らの「大掃除」は、まだ始まったばかりだ。
「よし、行くぞ! 世界をピカピカにするのが、俺たちの仕事だ!」
太陽に向かって伸びるロケットの軌道雲。
それを見送る地球は、今日も一点の曇りもなく、美しく輝いていた。
【第3部 完】
***
−あとがき−
読者のみなさん、お疲れ様です。
株式会社クリーン・ファンタジー代表の灰坂ソウジです。
当社の業務日報に最後までお目通しいただき、誠にありがとうございました。
世間では何やら「銀河を救った」だの「神の御業」だのと騒がれていますが、弊社としてはあくまで「通常業務の一環」として処理しております。
ブラックホールといっても、要は「排水溝の詰まり」ですし、スペースデブリも「不法投棄の山」に過ぎません。
場所が宇宙になっただけで、やることは団地の掃除と同じです。
ただ、無重力での分別作業は予想以上に腰に来ました。
人事部長(剣崎)がいなければ、残業時間が労働基準法に抵触するところでしたね。彼には特別ボーナスとして、肩たたき券を支給しておきました。
さて、これにて「月面・軌道上の清掃案件」は完了となりますが、休む間もなく次の現場(太陽)が待っています。
依頼主様(太陽神)からの要望は「黒点のシミ抜き」とのことですが、あそこは気温が高いので、熱中症対策が必須です。
経費で大量のアイスキャンディーを発注しましたが、これを経理に通すのが大変そうで……。
皆様からの応援があれば、それが弊社の信用となり、新しい機材(対太陽用冷却ファンなど)の導入資金になります。
あと、単純に私が喜びます。
それでは、ロケットのエンジンが温まってきたようなので、そろそろ失礼します。
太陽のシミ、頑固そうですが……まあ、プロとしてきっちり「白く」してきますよ。
本日はご閲覧、ありがとうございました。
皆様の明日が、塵ひとつない快晴でありますように。
株式会社クリーン・ファンタジー
代表取締役社長 灰坂ソウジ
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