第16話 屈伸運動は、重力反転のスイッチ

 深呼吸を終えたミミは、次の動作へと移った。
 古代健康儀式(ラ・ジオ)第一、最大の難所――『足を曲げ伸ばす運動(屈伸)』だ。

「いち、に……」

 ミミはリズムに合わせて、ゆっくりと膝を曲げ、腰を落としていく。

 ズシリ。

 自分の体重が、踵(かかと)と足裏の一点に集中する重たい感覚。
 膝の奥で、ポキッ、と小さな関節音が鳴るのが体内振動として鼓膜に響いた。

(うぅ、やっぱり運動不足かな。体が重たいよぉ……)

 ミミが苦悶の表情でしゃがみ込んだ、その背後で。
 相棒の「魔導段ボールロボ」が、静かに、しかし猛烈な動きを見せていた。

 ――シュバババババババッ!!

 その動きは、音速を超えていた。
 ミミがゆっくり一度しゃがむ間に、ロボは背後で一万回の高速屈伸を行っていたのだ。

 ウィィィィン……!
 高速駆動する段ボールの関節部が赤熱し、摩擦熱で周囲の空間が歪む。
 これはただの屈伸ではない。『運動エネルギー回生式・反重力チャージ』である。

 その時。

 ――キィィィィィィン……。

 頭上から、耳鳴りのような不快な高周波が降り注いだ。
 空気が粘つくように澱み、肌にまとわりつくような「圧」が急激に増していく。

 上空500メートル。
 そこに滞空していたのは、全身を筋肉の鎧で固めた巨漢――魔王軍第4師団長、『重轟』のガランドだった。

「ククク……見つけたぞ、例の娘か。か弱き小動物よ、我が『超重力プレス』で潰れ、地面の染みとなるがいい!」

 ガランドが腕を振り下ろす。
 瞬間、局地的な重力嵐が発生し、ミミの頭上に数百トンの見えざる鉄槌が振り下ろされた。

 だが。

 ブォンッ!

 ミミの周囲だけ、重力が「消失」した。
 背後のロボが蓄積した膨大なエネルギーを解放し、半径1メートルだけを完全なる『無重力聖域』へと変えたのだ。

 ミミはペタンとしゃがんだまま、涼しい顔で首をかしげる。

「あれ? なんか耳がキーンってした? 気圧の変化かな?」

 一方、上空のガランドは戦慄していた。

「バ、バカな……! 直撃したはずだぞ!?」

 彼の目には、ロボの動きなど速すぎて見えていない。
 ただ、数百トンの圧力を受けながら、涼しい顔でしゃがみ続けている(耐えている)少女の姿しか見えなかった。

「ま、まさか……あえて自ら『重心』を極限まで下げ、大地の魔力と一体化することで重力を無効化しているのか!?
 魔法障壁ですらない……純粋な肉体強度だけで耐えているというのか!?
 こ、これが武神の領域……伝説の『不動の構え(アーシング)』……!」

「さん、しー!」

 ミミが元気よく立ち上がる。
 それに合わせ、ロボもチャージ完了したエネルギーを一気に解放した。

 ドォォォォォン!!

 ロボから放たれた「反転重力波」が、ミミの立ち上がる動作に合わせて上空へ突き抜ける。
 ガランドは悲鳴を上げる間もなく、自らの魔法ごとかち上げられた。

「なッ!? 俺の重力を……か細い脚力だけで押し返しただとォォォッ!?」

 キランッ。

 大空の彼方で、また一つ星が瞬いた。

「んっ、足がふわっとした! やっぱり運動すると体が軽くなるなぁ」

 ミミは満足げに頷くと、次の動作への意欲を燃やす。

「よしっ、体も温まってきたし……次はもっと激しい『第二』にいっちゃおうかな!」

 ――同時刻、王都。
 魔王(本体)率いる一万の精鋭が、ついに城門を突破していた。

「ひぃぃッ! 迎撃システムはどうした! 国が滅ぶぞ!」
「動きません! 動力源の魔石が全て、謎の『猫用こたつ』開発費に流用されています!」
「なんだとぉぉぉ!? 騎士団長は何をしているんだーッ!!」

 大臣たちの悲鳴と、都を焼く紅蓮の炎。
 王国の命運は、風前の灯火となっていた。

────────────────────
【裏トーク:至高のミミちゃんを見守る会(Online: 5)】

@氷結の獅子
見たか。今の膝小僧の輝き。
しゃがんだ瞬間の、太ももとふくらはぎが密着する「絶対領域(サンクチュアリ)」。
あそこに宇宙が圧縮されている。俺には見える。

@新入り聖騎士
尊い……ッ!
あの「見えそうで見えない」鉄壁の角度!
あのスカートの物理演算を固定するために、私が重力制御に30億G突っ込んだ甲斐があったわ!!

@課金は酸素
ええ。私の「魔導段ボール」もいい仕事をしました。
ミミちゃんの背後で秒間1万回のスクワット。
摩擦熱を反重力に変換し、ついでに上空の産業廃棄物(ガランド)を大気圏外へ焼却処理完了です。

[System Alert] —————————–
User: @Demon_General_Bugs joined automatically.

@Demon_General_Bugs
……おい。
今、空の彼方にキラーンって飛んでいったの……同僚のガランドか?
あいつ、「筋肉こそ重力」とか言ってたのに、屈伸ごときに負けて星になったのかよ……。

@公式カメラマン
(動画送信:無傷で「耳キーンってした?」と首をかしげるミミちゃん)

@Demon_General_Bugs
無視かよ。
いや待て、無傷だと!?
あれほどの重圧を受けて、恐怖に顔を歪めるどころか……「耳キーン」で済ませたのか!?
俺の好物の「曇らせ」は!? 絶望顔はどこだ!?

@公式カメラマン
……ふむ。
背景の青空に、ガランド氏の爆発エフェクトが綺麗に映えていますね。
ミミちゃんの笑顔を引き立てる、いい「花火」です。

@Demon_General_Bugs
花火扱いかよ!! 人の命だぞ!!
……って、おい! それどころじゃねえ!
通知を見ろ! 国が終わるぞ!!

[System Alert] —————————–
WARNING: Royal Capital Defense System [OFFLINE]
Error Code: 0x522 (Insufficient Funds)
Remaining Budget: 0 G

@Demon_General_Bugs
防衛予算ゼロ!?
理由:「全額、ミミの猫用こたつ開発費へ計上」!?
お前ら、国の防衛費をネコグッズで溶かしたのか!?

@氷結の獅子
うるさいな。
冬のミミちゃんが震えるのと、国が滅ぶの。
比べるまでもないだろ。

@新入り聖騎士
そうよ! 国なんてまた作ればいいけど、ミミちゃんの風邪は取り返しがつかないの!
それよりゼル、「こたつ」の天板の手触りはどうなの!?

@Demon_General_Bugs
比較しろよ!!
魔王様(ボス)が本気でブチ切れてるんだぞ!
「余を無視するな人間どもオオオオ!」って城門壊してるぞ!

@課金は酸素
……天板は「世界樹」の最高級品です。
猫の爪研ぎにも耐え、かつ肉球に吸い付くような肌触りを実現しました。
外の雑音(魔王)がうるさいので、防音結界の出力を上げますね。

@Demon_General_Bugs
おい!!
聞け!!
滅ぶぞ!?

@氷結の獅子
(通知スワイプ)
――次だ。
ミミちゃんが「第二」の構えに入った。
来るぞ……伝説の『ゴリラポーズ』が。
瞬きするなよ、お前ら。

@Demon_General_Bugs
……もう終わりだこの国。
(誰か、あとでガランドの飛んでく動画くれ。あいつに借金あったんだ)

コメント

タイトルとURLをコピーしました