灼熱の地獄。
表面温度6000度、中心温度1500万度。
そこは、あらゆる生命が瞬時に蒸発する絶対の死地――太陽(サン)だ。
しかし。
その燃え盛る恒星の表面に、呑気な音が響いていた。
ガリ……ガリ……ガリ……。
「ふぅ。やっぱり現場(ここ)は暑いな。このスーツがなきゃ即死だったわ」
灰坂ソウジは、額の汗を拭う仕草をした。
彼が着ているのは、今回の現場に合わせて開発した新装備『耐熱作業服・改(通称:ソーダ・アイス・スーツ)』だ。
見た目は水色の涼しげな宇宙服だが、内部には特殊な冷却ジェル(ソーダ味の香料付き)が循環している。
体を動かすたびに、チューブの中の氷が「ガリガリ」と砕ける音がして、精神的にも涼しさを提供する優れものだ。
「社長……本当に大丈夫なんですか、これ」
背後では、同じスーツを着た剣崎が、真っ青な顔(スーツの照り返しもあるが)で震えている。
「ここ、太陽ですよ!? 一歩間違えたら原子分解ですよ!?」
「大丈夫だ。当たりが出たら冷却時間が10分伸びる機能も付いてるからな」
「命が運ゲーすぎる!」
剣崎のツッコミを他所に、ソウジは眼下の「地面」を見下ろした。
依頼主である太陽神が気にしていた「黒いシミ(黒点)」だ。
一般的に、黒点は磁場の乱れで温度が下がっている領域とされる。
だが、ソウジの目には全く別のものに見えていた。
【解析:頑固な焦げ付き(カーボン汚れ)】
【原因:吹きこぼれの放置、長期間の加熱】
【対処:削り落とし&研磨】
「うわぁ……。こりゃ酷いな」
ソウジは腰に手を当てて溜め息をついた。
彼の目には、この巨大な黒点が「吹きこぼれを拭かずに使い続けた、IHクッキングヒーターの焦げ」にしか見えていない。
「料理したらすぐ拭けって言っただろ。これじゃ熱伝導率が悪くなって、火力が落ちちまうぞ」
彼はまるで、だらしない飲食店の厨房に入った清掃業者のような顔でボヤいた。
そして、四次元収納となっている道具袋から、巨大な金属製のヘラを取り出した。
『業務用・超硬度スクレイパー(オリハルコン合金製)』。
本来は床のガムやペンキを剥がす道具だが、サイズが規格外だ。
「よし、やるか。剣崎、セシリア。剥がしたカスが飛んでいくから、ちゃんとキャッチしろよ」
「えっ、キャッチって……」
ソウジは返事を待たずに、スクレイパーを黒点のエッジに突き立てた。
「そりゃっ!」
ガリガリガリガリガリッ!!!
太陽の表面で、凄まじい金属音が響き渡る。
ソウジが腕に力を込めると、黒く炭化した「何か(磁場の塊)」が、ベロンとめくれ上がった。
「重っ! こりゃ相当根が深いぞ」
彼はさらに体重をかけ、全身を使って削りにかかる。
焦げ付きはバリバリと音を立てて剥がれ、宇宙空間へと舞い上がった。
「ひぃぃぃっ! 社長! カスのサイズがおかしいです!」
剣崎が悲鳴を上げた。
ソウジが「ちょっとした焦げカス」として削り飛ばした物体は、オーストラリア大陸くらいのサイズがあったからだ。
「セシリアさん! 右から大陸級の焦げが来ます! 防いで!」
「任せてくださいまし! 不潔な汚れは許しませんわ!」
セシリアが聖なるモップ(物理)で巨大な焦げを打ち返し、コアちゃんが重力制御でそれをまとめてゴミ袋(亜空間)へ放り込む。
完璧な連携プレーだ。
『なんか始まったぞwww』
『太陽の皮むき動画』
『カスがデカすぎて距離感バグる』
『IHの掃除で草』
『ガリガリ言ってるのはスーツの音か?』
地球への配信画面は、もはや特撮映画を超えたシュールな映像になっていた。
「よし、大体削れたな。……でも、まだ表面がザラついてる」
一通り黒点を削り終えたソウジは、満足せずに眉をひそめた。
焦げは取れたが、長年の使用で表面ガラス(光球)が曇っているのが気に入らないらしい。
「仕上げだ。コアちゃん、『重曹ペースト』出してくれ」
「はい社長! 特大タンクで用意してます!」
ソウジは、白くドロリとした液体(工業用重曹)を太陽の表面にぶちまけた。
ジュワワワワワ! と音を立てて泡立つ表面。
彼はそこへ、巨大なスポンジを持ってダイブした。
「研磨(ポリッシュ)!」
キュッ、キュッ、キュキュッ!
彼は円を描くように、丁寧に、そして力強く太陽を磨き上げた。
重曹の粒子がミクロの汚れを絡め取り、くすんでいた太陽表面が本来の輝きを取り戻していく。
「見てみろ。こうやって磨けば、IHだって新品同様になるんだよ」
数時間後。
作業を終えたソウジが退くと、そこには――。
ピカーーーーン!!
直視できないほどの、強烈な輝きを放つ太陽があった。
曇りが取れ、エネルギー効率が改善されたことで、光量が以前の数割増しになっている。
「うおっ、眩しっ!」
剣崎が慌ててバイザーの濃度を上げた。
地球でも、「なんか今日、日差しが強くない?」「洗濯物が一瞬で乾いた」と話題になっていることだろう。
【タスク完了:加熱調理器の焦げ取り】
【評価:新品同様(光量120%)】
「ふぅ。いい仕事したな」
ソウジは満足げに頷き、スーツのポケットから「当たり付きソーダアイス」を取り出した。
灼熱の太陽の上で食べるアイスは格別だ。
「さて、休憩したら次は……ん?」
ソウジがアイスを口に運ぼうとしたその時。
頭上(宇宙空間)から、何やら騒々しいサイレンの音が響いてきた。
「警告! 警告! そこの業者、直ちに作業を中断しなさい!」
見上げれば、真っ白な翼を生やした巨大な天使(監査官)が、腕章を付けて飛来していた。
手には分厚いバインダー(違反切符)を持っている。
「光量規定値オーバーです! 近隣の星系から『眩しすぎる』と苦情が来ています! 直ちに現状復帰しなさい!」
せっかく綺麗にしたのに、文句を言いに来た「細かいご近所さん」。
ソウジはアイスをかじりながら、面倒くさそうに剣崎を見た。
「おい人事部長。なんかうるさいのが来たぞ。対応頼むわ」
「えっ、俺ですか!?」
「あいつら、話が通じなさそうだからな。……お前の得意分野だろ?」
ソウジはニヤリと笑った。
理不尽なクレーマーには、最強の中間管理職(剣崎)をぶつけるに限る。
(続く)
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