太陽の表面(現場)にて。
作業中のソウジたちの前に現れたのは、背中に真っ白な翼を生やした『天界の監査官(上位天使)』だった。
神々しいオーラを放っているが、腕には「風紀委員」みたいな腕章をつけ、手には分厚い石版(バインダー)を持っている。
どう見ても、一番面倒くさいタイプの役人だ。
「コホン! そこの業者! 作業を中止しなさい!」
天使は眼鏡(聖遺物)をクイッと押し上げ、高圧的に告げた。
「貴様らが勝手に『焦げ』を落としたせいで、太陽の光量が規定値を20%も超過しています!
おまけに、先ほどの『ガリガリ』という騒音! 近隣の星系から苦情が殺到しているんですよ!」
天使は石版をペン(光の矢)で叩きながら、ヒステリックにまくし立てる。
「直ちに現状復帰しなさい! それが無理なら、罰金として寿命を1万年ほど没収します!」
「うわぁ……」
ソウジは露骨に嫌な顔をした。
彼の目には、その天使が「ゴミ出しのルールに異常に厳しい、近所の自治会長(お局様)」にしか見えていない。
「あのさぁ、お宅。こっちは依頼主(太陽神)から頼まれてやってんだよ。文句ならオーナーに言ってくれ」
「口答えしない! 我々は『宇宙管理組合』の決定に従っているだけです!」
天使は聞く耳を持たず、懐から巨大な半透明のシートを取り出した。
「これ以上の光害を防ぐため、太陽全体を『遮光・防音シート(聖なる結界)』で覆わせてもらいます。工事は無期限停止です!」
「はぁ!? ふざけんな! シートなんか被せたら、洗濯物(地上の生態系)が乾かねーだろ!」
ソウジがキレかけた、その時だ。
「社長。下がっていてください。……ここは『人事』の出番です」
スッ、と前に出たのは剣崎だった。
彼はソーダ・アイス・スーツの襟を正し、エリートビジネスマンの顔で天使に対峙した。
「ほぅ? 下等生物が何の用ですか?」
「『宇宙管理組合』の監査官様とお見受けする。私は株式会社クリーン・ファンタジー、人事部長の剣崎と申します」
剣崎は流暢な敬語で切り出した。
そして、天使が持っている石版(規約)を指差す。
「貴方が根拠としているのは、その『宇宙管理規約・第4版』ですね?」
「そうですが? これが絶対のルールで――」
「古いですね」
剣崎は冷たく言い放った。
「第4版は3000年前に改訂されていますよ。現在の最新版(第5版)では、第8条『環境美化優先則』が追加されています」
「なっ……!?」
「『清掃活動に伴う一時的な騒音・光量の変化は、環境改善の公益性が認められる限り免責される』……ご存じないのですか?」
天使が狼狽える。
実は、天界の役所仕事は遅く、末端の監査官まで最新の通達が届いていないことが多いのだ。
剣崎はそこを突いた。
「つまり、貴方の主張は法的根拠を欠いている。それどころか、正当な業務を妨害する『職権乱用』に当たりますよ?」
「ぐぬぬ……! 生意気な……!」
「その古い石版は、もはや無価値です。こちらで処分しておきましょう」
剣崎は天使の手から石版を奪い取ると、ジロジロと観察した。
「材質は……大理石(マーブル)ですね。これは『資源ゴミ』ではなく、『建築廃材(産業廃棄物)』扱いです」
バキィッ!!
剣崎は躊躇なく、神聖な石版を自身の膝でへし折った。
「指定の回収日は来月なので、一旦粉砕しておきますね」
「き、貴様ぁぁぁぁ! 神の石版を『ガレキ』扱いするかぁぁぁ!」
論破された上に宝具を破壊された天使が、顔を真っ赤にして逆上した。
もはや理屈ではない。暴力による排除だ。
「消え失せろ! 『聖なる裁きの光(ジャッジメント・レイ)』!」
カッッッ!
天使の掌から、太陽すらも霞むほどの高出力レーザーが放たれた。
直撃すれば、魂ごと蒸発する神の閃光。
だが。
ソウジは動じない。
なぜなら、うちには「窓拭きのプロ」がいるからだ。
「――眩しいですわ!」
バサァッ!
聖女セシリアが、優雅な動作で「黒い布」を広げた。
それは、彼女が愛用する【遮光等級1級・暗黒カーテン(ダークマター製)】だ。
「安眠妨害です! 夜勤明けの方もいらっしゃるんですよ!」
ジュッ……!
神の閃光は、暗黒カーテンに触れた瞬間に吸い込まれ、完全に遮断された。
光を通さないどころか、物理衝撃すらも無効化する絶対防御。
それをセシリアは「日差しが強いので」という理由だけで展開している。
「な、なんだその布は!? 私の光が通じないだと!?」
「当然ですわ。遮光1級ですもの。ダンジョンの家具屋『ノーム』で買いましたのよ。『お値段以上』の品質ですわ!」
「ふざけるなァァァ!」
天使は地団駄を踏んだ。
論理(剣崎)で負け、物理(セシリア)で防がれ、完全に手詰まりだ。
「くっ……! 覚えていろ! 次は『強制執行部隊(戦闘天使団)』を連れてくるからな!」
捨て台詞を吐いて、天使は空の彼方へ飛び去っていった。
典型的な「覚えてろよ!」ムーブだ。
「やれやれ。やっと帰ったか」
ソウジは呆れて肩をすくめた。
ふと見ると、飛び去った天使から抜け落ちた「真っ白な羽」が、ひらひらと落ちてきた。
ソウジはそれを指先でつまみ上げ、顔をしかめた。
「うわ、汚ねぇ。フケか? あいつ、風呂入ってねーのかよ」
「社長、それは天使の羽です……」
「どっちにしろハウスダストだ。舞い上がると鼻炎になるからな」
ソウジは羽を弾き飛ばし、パンパンと手を払った。
「次は『布団叩き』が必要だな。あのホコリっぽい羽、徹底的に叩き出してやる」
(続く)
コメント