第18話 地下の幽霊騒動

深夜。学院の北端、立ち入り禁止区域となっている旧地下倉庫への道。
カンテラの明かりだけを頼りに、私たちは草むらを歩いていた。

「……なぁレイ、やっぱ帰ろうぜ?俺、霊感とかはないけど、商人の勘が『ここはヤバい』って叫んでるんだよ」

リックが私の背中に隠れるようにして震えている。
その腰には、護身用の短剣と、ジャラジャラとした小銭袋、そして派手な金属製のベルトバックルが輝いている。

「静かにしろ。幽霊などいない。あるのは未解明の物理現象だけだ」

私は片手間で作った魔石を電池代わりに応用した懐中電灯で足元を照らしながら進んだ。隣ではアリスが杖を構え、ボブが周囲の魔力濃度を測定している。

「……前方、魔力反応あり。でも、波形がおかしいよ」

ボブが眉をひそめる。

「生物の魔力じゃない。まるで……空間そのものが『張り詰めている』ような感じだ。下手に触れると弾け飛びそうな、過剰な緊張状態だね」

「ああ。肌で感じるよ」

私は自分の腕を見た。
産毛が逆立っている。
アリスの銀髪も、ふわふわと重力を無視して浮き上がり始めていた。

「れ、レイ様……髪の毛が……」

「静電気だ。この空間の電位が異常に高まっている」

茂みを抜けた先。地下倉庫の錆びついた鉄扉の前で、それは揺らめいていた。
青白い光の球。
ゆらゆらと人魂のように空中に漂い、時折「ジジッ……パチッ!」という音と共に火花を散らす。

「ひぃぃぃッ!出たぁぁ!人魂だ!呪われるぞ!」

リックが悲鳴を上げ、腰を抜かす。
アリスも顔を青くして後ずさる。

「れ、レイ様……あれは、死者の魂でしょうか……?」

「いいや、違う」

私は目を輝かせ、その光を見つめた。
美しい。だが、致命的に危険な光だ。

「あれは『セントエルモの火』だ」

「せんとえるも?」

「高電圧によって空気が耐えきれなくなり、プラズマ化して発光しているんだ。いわゆる『コロナ放電』の一種だよ」

私は確信した。
あの扉の向こうには、かつての実験施設が残した「巨大な蓄電器」が生きている。数百年分のエネルギーが絶縁体に蓄積され、限界を超えて漏れ出しているのだ。

「なんだ、ただの電気かよ!ビビらせやがって!」

リックが安堵のため息をつき、立ち上がった。

「ってことは、あの中にお宝があるんだな?よし、一番乗りは俺が……」

リックが鉄扉に向かって走り出した、その瞬間だった。

ジジジジジッ!!

リックの腰にある「短剣」と「バックル」から、激しい火花が散り始めた。
それだけではない。空中に漂っていた青白い光球が、まるで生き物のようにリックに向かって吸い寄せられていく。

「うわっ!?なんだこれ!?剣がビリビリする!?」

「待てリック!止まれ!」

私は叫んだ。

「先行放電」だ。

雷が落ちる直前、地面側から空へ向かって伸びる「お迎えの光」。
リックという導体が近づいたことで、空間の絶縁が破られようとしている。

「レイ、助け……痛っ!熱っ!火花が!」

「馬鹿野郎!言っただろ、そこは『高電圧』の嵐の中だ!」

私は安全圏ギリギリまで近づき、怒鳴った。

「お前の剣やバックルがアンテナになってるんだ!雷を呼ぶ気か!避雷針になりたくなかったら、今すぐ金属を捨てろ!」

「ひ、避雷針!?」

「そうだ!直撃すれば数万ボルトだぞ!黒焦げになりたいのか!」

バチチチチッ!!

音と光が強まる。リックの髪の毛が逆立ち、地球で人気だったアニメキャラのようになっている。
もう時間がない。

「リック!脱げ!」

「はぁ!?」

「ベルトを外す余裕はない!ズボンごと脱げ!小銭も剣も全部捨てろ!全裸になれ!!」

「ふ、ふざけんな!アリスちゃんの前だぞ!?」

「死にたいのか!感電死か、羞恥心か、選べ!」

カッ!!
頭上の空気が閃光を放つ。メインストロークが来る。

「ちくしょぉぉぉぉッ!!」

リックは涙目で叫び、震える手でズボンの留め具を強引に引きちぎった。
そして、イモムシのように身をよじり、ズボンと剣と小銭袋をその場に脱ぎ捨て、地面を転がって逃げ出した。

その直後。

ドガァァァァァァンッ!!

鼓膜をつんざく轟音と共に、青白い雷撃が、リックが脱ぎ捨てた「剣とバックルの山」に直撃した。
閃光が目を焼き、衝撃波が私たちを揺らす。

煙が晴れた後には、赤熱してドロドロに溶けた金属の塊と、黒焦げになったズボンの残骸だけが残っていた。

「……あ、あぶねぇ……」

パンツ一丁のリックが、四つん這いでガタガタと震えている。
もしあと一秒遅れていたら、彼は今頃ウェルダンに焼かれていただろう。

アリスは「きゃっ!」と目を覆いつつ、指の隙間からちゃっかり見ている。

「……これが『絶縁破壊』の力だ。見えない電気が、一番通りやすい道(お前)を探していたんだよ」

私は恐怖に震えるリックに白衣をかけてやり、青白く光る鉄扉を見据えた。

「この扉の向こうは、金属持ち込み厳禁の世界だ。腕時計も、眼鏡のネジも、銀歯さえも雷を呼ぶ」

「……レイ君、銀歯はどうするんだい?」

ボブが冷静にツッコミを入れる。

「口を閉じておけ。……行くぞ。この『光る幽霊』の正体、そして古代の遺産を拝みにな」

私たちは所持品から一切の金属を排除し、静電気の嵐が吹き荒れる地下倉庫の扉に手をかけた。

 

(続く)

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