第18話 深呼吸の報酬は、国を焼くスタンプカード

「……はいて~!」

 ふぅーっ。

 ミミが長く、細く息を吐き出す。
 肺の中の澱んだ熱がすべて外へ逃げていき、代わりに森の湿った涼気が喉を通り抜ける。
 隣に並ぶゼファーとヴォルギルも、まるで毒気が抜けたように肩を落とし、深く息を吐いた。

 チチチ……。
 小鳥のさえずりと、葉擦れの音だけが響く。
 嵐のあとのような、清々しい静寂だった。

 ピクリ。

 ミミの頭上の猫耳が、不自然な「風切り音」を捉えた。
 風もないのに、頭上からヒラヒラと薄い物体が舞い落ちてくる気配。

(ん? なんか甘い匂いがする?)

 鼻をくすぐったのは、濃厚な樹液の香りと、なぜか肌がピリピリするような静電気の刺激。

 ミミが見上げると、三枚の紙がひらりと目の前に落ちてきた。
 それは見たこともない、黄金色に輝く不思議な質感の紙だった。
 表面は爬虫類の革のように滑らかで、指で触れるとほんのりと温かい。

 中央には、真っ赤なインクで大きな「は・な・ま・る」のスタンプが押されている。

「わぁっ! これ、精霊さんからのプレゼントだ!」

 ミミは目を輝かせた。
 頑張って運動したから、森の精霊さんがご褒美をくれたに違いない。
 紙からは、焼きたてのパンのような幸せな熱気が伝わってくる。

「はい、これは二人の分! 一緒に頑張った証だね!」

「こ、これは……師匠からの、免許皆伝書……!?」
「なんと……俺たちごときを、認めてくださるというのか……!」

 二人は感涙し、その黄金の紙を両手で押し頂いた。
 絶対に離さない、という強い意志を込めて、ギチチッと音がするほど強く握りしめる。

「ふふ、大事にしてね! それじゃあ私、汗かいちゃったからお風呂に入ってくるね! 行こう、ロボさん!」

 ガション。
 背後で待機していた段ボールロボが、ミミに合わせて駆動音を鳴らす。
 ミミはロボと一緒に軽やかな足取りで家の中へと消えていった。

 パタン。

 玄関の扉が閉まる音。

 その瞬間、ゼファーとヴォルギルの瞳から、ピンク色の光(洗脳)が急速に薄れていった。

「……あ? 俺は、何を……?」
「馬鹿な、俺は王都を燃やしにきたはず……なぜこんなところで直立不動を……」

 我に返った二人は、顔を見合わせた。
 そして、自分たちの掌(てのひら)が「異常に熱い」ことに気づく。

 視線を落とすと、握りしめた黄金の紙が、ドクン、ドクンと脈打っていた。
 精緻な魔導ルーン文字が、赤黒く発光している。

 ――『戦略級殲滅魔法・極光(プロミネンス・ノヴァ) 起動式』。

「……おい、ゼファー」
「なんだ、ヴォルギル」
「この紙の素材、世界樹(ユグドラシル)の生皮だよな? しかもこのルーン、少しでも圧力をかけると起爆する信管になってないか?」
「……ああ。そして俺たちは今、感極まってこれを全力で握り潰している」

 二人の顔から血の気が引いた。
 手の中の紙が、臨界点を超えた高周波を放ち始める。
 キィィィィィィン……!

「ちょ、まッ――」
「ふざけんなああああああああッ!!」

 カッッッ!!!!

 音が、消えた。
 森の一角から、天を衝くような巨大な光の柱が昇った。
 爆風はない。ただ、圧倒的な熱量がその場にあった「不純物」を原子レベルで分解し、空の彼方へ浄化していった。

 ――場面は変わり、王都の玉座の間。

 崩れかけた天井から瓦礫が落ちる中、魔王(本体)が玉座に座り、苛立ちに指を叩きつけていた。

 その隅には、地下シェルターから這い出してきた大臣たちが並んでいる。

「遅いぞ英雄ども!! 貴様らが遊び呆けている間に、国が滅ぶところだったのだぞ!!」
「騎士団長は何をしている! 説明しろ!!」

 罵声を浴びる中、重厚な扉が開かれた。

 現れたのは、涼しい顔をしたレオン、ゼル、クリスティーナの三人。
 どこか「一仕事終えた」ような清々しい空気を纏っている。

 レオンは冷ややかな瞳で大臣たちを一瞥すると、静かに言い放った。

「騒ぐな。耳障りだ」

 絶対零度の声に、大臣たちが氷漬けになったように黙り込む。

「『脅威』は排除した。森の方角を見ろ。あの浄化の光が証拠だ」
「なっ……魔王軍の幹部を一撃で……!?」
「そうだ。我々は常に、国家存亡に関わる『最優先防衛対象』の護衛にあたっていた」

 レオンはマントを翻し、玉座の魔王へと視線を向ける。

「さて……残るはお前だけだな、魔王。さっさと終わらせるぞ」

(急がねばならん。ミミちゃんの入浴タイムまであと10分……湯冷めする前に戻らねば)

 氷の貴公子の仮面の下で、限界オタクの魂が焦燥に駆られていた。

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【裏トーク:至高のミミちゃんを見守る会(Online: 5)】

@氷結の獅子
……ふぅ。 見たか。最後の深呼吸。 肺の空気を出し切った瞬間の、あのか弱き肩のライン……。 世界遺産だ。 国連に通報して保護結界を張れ。

@新入り聖騎士
無理! 尊死! もう私、この土になる! 来世はミミちゃんの家の庭の「微生物」になって、彼女の足跡を分解して一生を終えたい……。

@課金は酸素
……ミミちゃん退室(入浴へ)。 これより入浴RTA開始。 ターゲット:湯上がりのフルーツ牛乳(腰手ポーズ)。 猶予:10分。 ――転送シーケンス起動。

@氷結の獅子
……ハァ。面倒だな。 せっかつくの余韻が台無しだが……仕方ない。 おいゼル、クリスティーナ。行くぞ。ちゃっちゃと片付けて戻る

@新入り聖騎士
はーい。 待っててねミミちゃん! マッハで世界救ってくるから!

@課金は酸素
転移ゲート接続。座標:王都・玉座の間。 ――転送(テレポート)。

[System Alert] —————————–
Teleportation: COMPLETE Loc: Royal Capital [Throne Room]

@公式カメラマン
着弾確認。 いい「花火」だ。 最高の逆光ですね。深呼吸の余韻に浸るには絶好の照明です。

@氷結の獅子
ああ。こっちも特等席だ。 魔族の悲鳴をBGMに眺める景色は格別だな。

[System Alert] —————————–
User: @Demon_General_Bugs joined automatically.

@Demon_General_Bugs
……おい。おい待て
窓の外の光もヤバいが……
なんでお前ら、もう玉座の間にいるんだよ!?
今、扉を蹴破って入ってきたの、お前らだよな!? 俺、魔王様(ボス)の横にいるんだけど!?

@課金は酸素
……チッ(舌打ち)。

[System Alert] —————————–
User: @Demon_General_Bugs was KICKED by Admin (@課金は酸素).
Reason: Disturbing the Milk Inventory Check

@課金は酸素
静かになりました。 バグズさんの絶叫で、『爆乳ホルスタイン牧場』の在庫データベースへのPing値が2ms遅れるところでした。 危ないところです。

@公式カメラマン
ナイス判断です、ゼル殿。 コンマ1秒のラグが「売り切れ」に繋がりますからね。 では私は聖域防衛に集中します。――残り時間、9分30秒。

@氷結の獅子
了解した。 ……さて、通信環境(雑音)も改善したことだ。 仕事(掃除)だ。 ここを更地にして、牧場経由で帰宅する。 特濃フルーツ牛乳が売り切れる前に終わらせるぞ。

@新入り聖騎士
りょうかーい! じゃあ、城が壊れてパパの資産価値が下がる前に「秒」で溶かすわね!

@氷結の獅子
ああ。 「推し活」の前では、魔王など道端の石ころ以下だ。 ――総員、抜刀。 邪魔だ魔王、そこをどけ。牛乳が買えん。

コメント

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