パンツ一丁のリックを先頭に、私たちは地下倉庫の奥へと進んだ。
青白い火花は、鉄扉の隙間から断続的に漏れ出している。
私たちは金属類を全てその場に捨て、文字通り「身一つ」でその重厚な扉の前に立った。
ジジッ……。
肌がピリピリと痛む。
空間の電位差が極限まで高まっている証拠だ。うかつに指を突き出せば、指先から放電して黒焦げになるだろう。
「……ここが『禁書庫』の入り口か。噂には聞いていたが、まさか本当にあるとはね」
ボブが眼鏡の位置を直そうとして、金属フレームのため捨てたことに気づき、手持ち無沙汰に指を空振りさせた。
彼は視力を補うために、薄くマナを目に纏っている。
「ボブ、この扉のセキュリティレベルは?」
「最高機密だね。生徒会長の権限カードでも、ここは『存在しない区画』になっている。……見てくれ、鍵穴すらないよ」
ボブが絶縁のために布越しに扉の表面を撫でる。
そこには、幾何学的な魔法陣が刻まれているだけだ。物理的な鍵穴はない。
だが、私には見える。
魔法陣の裏で、複雑怪奇な「論理回路」が走っているのが。
「……なるほど。『暗号鍵』か」
私は魔法陣の構造を解析した。
数百の変数が絡み合い、正しい魔力波形のパターンを入力しない限り、扉は開かない。間違えれば、即座に警報と迎撃魔法、おそらく最大出力の雷撃が作動する仕組みだ。
「レイ、どうする?爆破するか?」
寒さで震えるリックが、野蛮な提案をする。
「却下だ。そんなことをすれば、中の『お宝』ごと瓦礫の下だ。……ボブ、アリス。君たちの出番だ」
私は二人に指示を出した。
「このセキュリティは二重構造だ。表層の『魔法暗号』と、内部の『物理的かんぬき』これを同時に突破する」
「同時に、ですか?」
アリスが首を傾げる。
「ああ。ボブ、君の『多世界解釈』で、この暗号の正解パターンを総当たりで解析しろ。君なら一瞬で数万通りのパスワードを試せるはずだ」
「やれやれ。僕の脳を『予言の水晶』か何かだと思っているのかい?……まあ、やってみるよ」
ボブが扉に手を当て、集中する。
彼に重なって、無数の「ボブの幻影」が現れる。
ある世界では「パスワードA」を試し、別の世界では「パスワードB」を試す。
並列処理による超高速演算。
「……解析開始。……エラー。……エラー。……ヒットした。第3層まで解除!」
魔法陣がカチリと音を立てて輝きを変える。
だが、まだ扉は開かない。
「よし。これで魔法的なロックは外れた。だが、物理的な『かんぬき』がまだ内部で閉じている。アリス、君の番だ」
「は、はいっ!」
「この扉の厚さは約20センチ。その向こう側に、鉄製のレバーがあるはずだ。トンネル効果で手をすり抜けさせ、内側からロックを外せ」
「えぇぇっ!?また壁抜けですか!?」
アリスが涙目になる。あの特訓での「壁埋まり」のトラウマが蘇ったらしい。
「安心しろ。ここは電圧が高いが、君は『絶縁体』として振る舞えばいい。電気を通さない結界を維持していれば、感電することはない」
私はアリスの肩を掴み、具体的に指示した。
「いいか、アリス。扉の向こう側に出た『手先』だけを実体化させてレバーを掴め。
ただし、壁の中を通っている『腕』は絶対に実体化させるなよ。コンクリートと融合して一生抜けなくなるぞ」
「ひぃぃ……条件がシビアすぎますぅ……!」
「僕が観測している。君の座標は絶対にズレさせない。行け!」
アリスは覚悟を決め、扉に手を伸ばした。
深呼吸。
彼女の指先がブレ始め、不確定な確率の雲となる。
「……えいっ!」
ニュルッ
彼女の手首が、硬い石の扉に吸い込まれるように消えた。
アリスは目を瞑り、壁の向こう側の感覚を探る。
「……あ、ありました!硬い棒みたいなのが……これ、掴みますね!」
「よし、腕の透過は維持したままだぞ!引け!」
「んんっ……せーのっ!」
ガコンッ!!
重厚な金属音が響き、扉の奥で何かが外れた音がした。
同時に、ボブが叫ぶ。
「セキュリティ・ダウン!全ロック解除!」
ゴゴゴゴゴ……
数百年間、誰も開けることのなかった「禁書庫」の扉が、重々しい音を立てて内側へと開き始めた。
隙間から漏れ出す青白い光が、さらに強烈になる。
そして、鼻をつく刺激臭──オゾン臭だ。
高電圧放電によって酸素が変質した、あのコピー機の裏側のような独特の匂い。
「開いたぞ……!」
リックが歓声を上げようとして、言葉を呑んだ。
開かれた扉の向こう。
そこは「書庫」などではなかった。
剥き出しの配管。
壁一面を這う極太のケーブル。
そして通路の奥に鎮座する、さらに巨大な「第二の扉」。
「……なんだここは。図書館じゃねぇぞ。まるで工場だ」
リックの言う通りだ。
ここは古代の「研究施設」の入り口に過ぎなかったのだ。
「……すごい。壁の素材、見たことがない合金だ」
ボブが壁に触れ、感嘆の声を上げる。
私は足を踏み入れた。
床には埃が積もっているが、空気は循環している。
バチッ。
指先から小さな火花が飛んだ。まだ残留電荷が漂っている。
「……電位が高い。やはり、この奥に『エネルギー源』があったんだな」
私は通路の奥、厳重に閉ざされた「第二の扉」を見据えた。
そこには、先ほどの魔法陣とは比べ物にならないほど複雑で、そしてどこか懐かしい「生体認証パネル」のような装置が設置されていた。
「ここから先が、本当の『立ち入り禁止区域』らしい」
私は振り返り、パンツ一丁のリックと、仕事をやり遂げたアリスとボブに笑いかけた。
「よくやった。第一関門突破だ。……さあ、世紀の発見まであと数メートルだぞ」
(続く)
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