太陽の真上に降臨した、光の巨人。
天界の支部長こと『大天使長』は、圧倒的な威圧感でソウジたちを見下ろしていた。
「下等な清掃業者よ。貴様らの無礼な振る舞いは、天界への反逆と見なす」
大天使長の声が、宇宙空間をビリビリと震わせる。
「よって、この太陽は管理不届きにより『没収』とする。これより強制執行を行う!」
彼が指を鳴らすと、太陽全体が半透明の被膜――『聖なる結界(ラッピング)』で覆われた。
さらに、大天使長は懐から、惑星サイズの「赤い紙」を取り出し、太陽のど真ん中に向かって手を伸ばした。
ペタリ。
太陽の表面に、巨大なステッカーが貼られた。
そこには【天界・差押物件】という、無慈悲な文字が書かれている。
その瞬間。
真っ先に声を上げたのは、人事部長の剣崎だった。
「ちょっと待ってください! それは『手続き上の瑕疵(かし)』ですよ!」
剣崎は猛抗議した。
「差押(仮処分)には裁判所の命令書が必要です! 書面による通告もなしに、いきなり実力行使だなんて! これは『違法な自力救済』に当たります!」
彼は顔を真っ赤にして叫んだ。
法治国家のサラリーマンとして、この横暴な行政処分は見過ごせないのだ。
「裁判で訴えますよ!? 天界のコンプライアンスはどうなってるんですか!」
しかし。
その隣で、灰坂ソウジはもっと恐ろしい顔で震えていた。
「違う……そうじゃない……」
「えっ? 社長?」
「手続きとかどうでもいいんだよ! 俺が言いたいのは……!」
ソウジは、ケルベロス・ヒャッハーを放り出し、全力でステッカーの元へ駆け寄った。
そして、貼られたばかりの「赤紙」を見て、血を吐くような悲鳴を上げた。
「なんで……なんで『直(ジカ)』に貼るんだよォォォォ!!」
彼の絶叫が通信機越しに響き渡る。
剣崎がポカンとする中、ソウジは震える指でステッカーを指差した。
「見ろ! この紙質! 表面がツルツルしてない、一番安っぽい紙シールだ!
しかも、ここ(太陽)は超高温だぞ!? こんなもん直貼りしたら、熱で糊が溶けて、ガッチガチに固着しちまうだろうが!!」
そう。
ソウジが激怒しているのは「太陽が奪われること」ではない。
「剥がしにくいシールを、熱源にベタッと貼られたこと」に対してだ。
「商品に値札を直貼りする店員か、お前は! 常識ねーのか!」
「な、何を言っている……? これは神聖な封印であり――」
「うるせぇ! 今すぐ剥がすぞ! まだ貼ったばかりだ、今なら間に合うかもしれん!」
ソウジは爪を立て、慎重にシールの端(カド)をカリカリと摘んだ。
全神経を指先に集中させる。
ここで勢いよく引っ張れば、紙が千切れて「白い部分」が残る大惨事になる。
ゆっくりと、均一な力で……。
ビリッ。
無情な音が響いた。
シールの表面だけが剥がれ、糊と白い紙の層が、太陽の表面にベッタリと残ってしまった。
「あ」
時が止まった。
ソウジの顔から表情が消え、般若のような形相へと変わっていく。
それは、新品の食器や本を買ってきて、値札を剥がそうとして失敗した時の、あの絶望と殺意。
「あああああああああ!! やっぱり残ったあああああ!!」
ソウジは頭を抱えてのたうち回った。
「一番最悪なパターンだ! これ、爪でカリカリしても糊が伸びて汚くなるだけのやつだ! どうすんだよこれ!」
『社長が壊れた!?』
『わかる、あれムカつくよな』
『太陽でやるとかテロだろ』
『大天使長、それはライン越えだわ』
地球の視聴者たちも、ソウジの怒りに深く共感していた。
シール跡。それは人類共通の敵なのだ。
「ふん。愚かな。その封印は、神の力以外では絶対に剥がせな――」
「道具袋! コアちゃん、道具袋だ!」
ソウジは大天使長の言葉を無視し、血走った目で道具袋を漁った。
「『シール剥がし液』……くそっ、切らしてる! オレンジオイル配合のやつ、先週使い切っちまった!」
「しゃ、社長! 落ち着いてください!」
「落ち着いてられるか! こんな汚い跡を残したままじゃ、清掃業者(プロ)の名折れだ!」
彼はギリギリと歯ぎしりをした後、再び『ケルベロス・ヒャッハー』を背負い直した。
その目には、狂気的な決意の光が宿っていた。
「……いいだろう。溶剤がないなら、物理でやるしかねぇ」
彼は3本のノズルを構え、糊の残ったシール跡と、その背後にいる大天使長を睨みつけた。
「シール跡ってのはな……熱で糊を柔らかくして、蒸気で浮かせて剥がすんだよォォォ!!」
ボッッッ!!
ソウジの怒りに呼応するように、ケルベロスのボイラー(太陽直結)が爆発的な唸りを上げた。
「おい大天使! お前が貼ったんだ、責任取って剥がしてもらうぞ! ……そのプライドごとな!」
次回、最終決戦。
神の封印 vs 激怒した清掃員の「スチーム剥がし」。
宇宙の命運をかけた、史上最もくだらない(しかし切実な)戦いが始まる。
(続く)
コメント