地下遺跡特有の、カビと埃が混じった澱んだ空気が、ミミの鼻腔をくすぐる。
天井から滴る水滴が、ピチャン、と冷たい音を立てて水溜まりを揺らしていた。
冒険者として依頼を受けたミミは、薄暗い回廊を慎重に進んでいた。
その時だ。松明の明かりが、部屋の隅にある「それ」を照らし出した。
「あ……宝箱……」
木製の古びた箱だ。
本来なら、罠を警戒すべき場面である。
しかし、ミミの猫人族(キャット・ピープル)としての本能が、理性とは別の回路で反応してしまった。
(ちょうどいい大きさ……)
金銀財宝が欲しいわけではない。
ただ、その「手頃なサイズ感」と「囲われている安心感」への渇望が、ミミの足をふらふらと引き寄せる。
あの中に入ったら、きっと落ち着くに違いない。
背中を丸めて、みっちりと収まりたい。
ミミは吸い込まれるように箱の前に立つと、蓋に手を掛けた。
中身が空なら、ちょっとだけ入ってみよう。
そう思って、無防備に蓋を開け放つ。
――ギチチチチ……。
蝶番(ちょうつがい)が悲鳴のような金属音を上げた。
箱の中から漂ってきたのは、財宝の輝きではなく、鼻が曲がりそうな腐肉の悪臭と、生温かい湿気。
「え……?」
ミミが覗き込んだ暗闇から、紫色の巨大な舌がぬるりと伸びた。
宝箱のふりをした魔物、人喰い箱(ミミック)だ。
粘液にまみれた舌が、ミミの足首にべっとりと巻き付く。
肌に張り付く不快な冷たさと、重い力。
「いやぁっ!?」
ミミは悲鳴を上げたが、足が滑って踏ん張れない。
箱の内側にびっしりと並んだ鋭利な牙が、涎を垂らして獲物を待ち構えている。
咀嚼音が聞こえてきそうなほど、死の気配が濃厚に迫っていた。
(た、食べられる……! 噛み砕かれるぅ……!)
「カチッ、カチッ」と牙を鳴らす音。
ミミは涙目で必死に床を掻いたが、ズルズルと引きずり込まれていく。
もうダメだ。暗い箱の中で、ぐちゃぐちゃにされて終わるんだ。
絶望がミミの思考を塗りつぶしかけた、その瞬間。
――ドォォォォォォン!!
轟音と共に、視界が真っ白に染まった。
何かが音速を超えて飛来し、ミミックの核を一撃で貫いたのだ。
断末魔を上げる暇もなく、魔物は内側から爆散し、炭化して崩れ落ちた。
「けほっ、けほっ……」
爆風に煽られ、ミミはその場にぺたんと尻餅をつく。
何が起きたのか分からない。
ただ、黒焦げになった箱の残骸と、足首に残る嫌な感触だけが現実だった。
「ま、また助かった……?」
ミミは震える手で、粘液で汚れた自分の足をさする。
誰かは分からないけれど、また守られたのだ。
ミミは涙を拭うと、誰もいない虚空に向かって「ありがとうございます……」と小さく呟いた。
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【裏トーク:騎士団の秘密チャットログ】
SERVER:至高のミミちゃんを見守る会(Online: 3)
@氷結の獅子(騎士団長)
ふざけるなッッッ!!!!(激怒)
あの汚物(ミミック)!!
ミミちゃんの聖なる足首を舐めやがった!!
殺す。
もう殺したけど。
蘇生班どこだ。生き返らせろ。もう一回殺すから。
今から軍隊派遣してあの遺跡ごと浄化(物理)してくるわ。
@公式カメラマン(暗殺者)
ステイ、団長。ステイ。
@氷結の獅子
止めないでくれ!!
ミミちゃんが泣いてただろ!? 『いやぁっ』って!!
あれは恐怖の叫びだ! 俺の鼓膜には『レオン様助けて、愛してる』と変換されて聞こえたがな!!
@課金は酸素(魔導師)
それは病院に行った方がいいですね。
ですが団長、まずはこの解析動画を見てください。
@公式カメラマン、例のシーンを。
@公式カメラマン
了解。
ハイこれ。ミミちゃんが箱を開ける直前のスロー映像。
注目すべきは playback time 00:12。
彼女のお尻の動き。
@氷結の獅子
……ん?
箱の前で……お尻をふりふりしてる……?
これは、ジャンプする前の予備動作か?
@課金は酸素
正解です。
猫科の生物が、獲物に飛びかかる前や、狭い場所に飛び込む前に行う特有のルーティン、通称『ウィグル(Wiggle)』ですね。
つまり、彼女はミミックに襲われたのではありません。
――『手頃な箱があったから、自ら入居しようとしていた』――のです。
@氷結の獅子
な、なんだってー!!?(AA略)
@公式カメラマン
つまりミミちゃん視点では、あれは捕食されかけたのではなく『内見』。
あるいは『ここをキャンプ地とする』という決意表明。
もしあの中身がミミックじゃなくて普通の空箱だったら、今ごろ箱にみっちり詰まった『箱入りミミちゃん』が見れたはずなんだ……。
俺は……俺は、その『みっちり』を撮影したかった……ッ!(血涙)
@氷結の獅子
そ、そうだったのか……。
可哀想に……あんなにウキウキでお尻を振っていたのに、中身がオッサン(魔物)だったなんて。
これは悪質な不動産詐欺だ。やっぱり遺跡を焼き払うしかない。
@課金は酸素
短絡的すぎます。
要は、彼女が満足する『最高のお家(ボックス)』があればいいんでしょう?
私が開発しましょう。
最高級ベルベット張りの内装、空調完備、自動移動機能付きの『対衝撃・魔導段ボール箱』を。
次回の冒険で、さりげなく道端に置いておきます。
[System Alert] —————————–
User: @氷結の獅子 has donated 80,000,000 G.
Comment: “開発費(至急頼む)”
@公式カメラマン
仕事が早い。
とりあえず、今日の『お尻ふりふり(入居検討中)』の動画は、高画質補正をかけてアーカイブに保存しました。
サムネイル画像は『奇跡のバックショット』にしておきます。
@氷結の獅子
神。
あとで俺の個人端末にも転送しておいてくれ。
……はぁ、それにしても。
あのミミックの舌に巻き付かれた時の、怯えた表情も……正直、ゾクゾクするほど可愛かったな(小声)。
@課金は酸素
団長、マイク入ってますよ。
とりあえずミミック討伐の特別報酬という名目で、ミミちゃんの口座に『精神的苦痛への慰謝料(5,000万G)』を匿名で投げ銭しておきますね。
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