「……異常ですね」
魔王城・CFO執務室。
私は、買収したばかりの『アンデッド事業部』の勤怠ログを見て、眉をひそめていた。
[Labor Audit] 勤怠管理ログ
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対象:元・ネクロスタッフ従業員(ゾンビ・スケルトン等)
▼ 今月の有給休暇取得率
[Result] 0%
▼ 平均残業時間
[Result] 120時間 / 月
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「なぜ休まないのです? 業務命令として『完全週休二日制』を通達したはずですが」
私が問いただすと、呼び出された現場リーダーの『骨太(ほねぶと)』(スケルトンの現場監督)が、カチカチと歯を鳴らして震え上がった。
「も、申し訳ありませんCFO! み、みんな怖がってしまって……」
「怖い? 何をです?」
「『ユウキュウ』という制度です……。働いていないのに金がもらえるなんて、そんな美味い話があるわけがない。……きっとこれは、『永久(ユウキュウ)暇』……つまりに違いないと!」
「……なるほど。ブラック企業の後遺症(トラウマ)ですか」
彼らは長年、休む=死(消滅)という環境で生きてきた。
急にホワイトな待遇を与えられても、疑心暗鬼になってしまっているのだ。
「仕方ありませんね。……社長、出番ですよ」
私はソファで昼寝をしていた魔王ゼノンに声をかけた。
「んむ……? なんだクリフ。余は今、二度寝の心地よさを追求していたのだが」
「それが仕事です。……彼らに『正しい休養の取り方』を教育(レクチャー)してください」
◇
魔王城の裏手にある、従業員寮(共同墓地)。
そこには、休日にも関わらず、隠れて墓石磨きや穴掘りの自主練をしているゾンビたちの姿があった。
「おい、貴様ら! 手を止めろ!」
ゼノンの一喝が響く。
ゾンビたちは「ひぃっ! 処刑される!」と青ざめて(元から青いが)直立不動になった。
「クリフから聞いたぞ。貴様ら、『有給』を取るのが怖いそうだな」
「は、はい……! 我々はまだ働けます! どうか捨てないでください!」
必死に懇願する彼らに、私は冷徹に告げた。
「勘違いしないでください。休ませるのは優しさではありません。『メンテナンス』です」
私は空中にグラフを投影した。
[Performance Graph] 疲労と生産性の相関
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[A] 24時間稼働(休憩なし)
生産性:■■■□□□□□□□ (低下傾向)
故障率:High
[B] 適度な休暇あり
生産性:■■■■■■■■■■ (最大化)
故障率:Low
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「データは嘘をつきません。今の貴方たちは、疲労により作業効率が80%低下しています。……これは会社にとって『損失』なのです」
「そ、損失……?」
「そうです。だから今は、棺桶に入って寝なさい。これは『業務命令』です」
しかし、ゾンビたちは戸惑っている。
「寝ろと言われても、どうやってサボればいいのか分からない」という顔だ。
そこで、ゼノンがマントを翻して前に出た。
「見ておれ、初心者ども。……これが魔王流、究極の休息術だ」
ゼノンは、あつらえた高級な棺桶(低反発クッション入り)に身を沈めた。
「まずは全身の力を抜く。……明日の世界征服のことなど忘れて、愛娘アリスの笑顔を思い浮かべるのだ……」
ゼノンが恍惚とした表情で、懐から『アリスの声が録音された魔導アラーム』を取り出す。
「そして、この『アリスたん・激あまモーニングボイス』をセットし……」
『パパ、起きて♡ 朝だよ♡』
ピロリン♪
無機質な墓場に、似つかわしくない甘い声が響く。
「……この天使のオハヨを聞いたら、安らぎの中でそのまま……二度寝に落ちる……」
数秒後。
「……スピー……。……アリス、パパだよ……ムニャ……」
一瞬で熟睡モードに入った。
しかも、これまで見たこともないほど幸せそうな、デレデレの寝顔で。
「す、すげぇ……! あれが『アリス・メソッド』か!」
「愛する者の声を聴きながら、あえて起きずに夢の世界へ戻る……! なんて高等な背徳テクニックなんだ!」
ゾンビたちに衝撃が走る。彼らは感動に打ち震えていた。
私は静かに補足した。
「……ただの親バカですが、リラックス効果は絶大のようですね。さあ、貴方たちも真似しなさい。思い浮かべるのは家族でも、好きな食べ物でも構いません」
「は、はい!」
一人のゾンビがおそるおそる、自分の棺桶に入った。
ふかふかの土。誰にも怒られない静寂。
「……あ、あったかい……」
彼は涙を流しながら目を閉じた。
それを見た他の者たちも、次々と棺桶や墓穴に入っていく。
数分後。
墓地には、数百年ぶりに安らかなイビキの大合唱が響き渡った。
[Audit Log] 従業員満足度調査
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Target: アンデッド事業部
Status: 【Well Rested(超回復)】
Effect:
・労働意欲(Morale):MAX
・魔力効率:150% UP
・離職率:0.0%(一生ついていきます)
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「……やれやれ。これで来週からの生産性は倍増ですね」
私は満足げに頷き、まだ寝ている社長を置いて執務室へと戻った。
◇
一方、その頃。
墓地の柵の外から、その様子を呆然と眺めている男がいた。
薄汚れた服を着て、空腹で腹をさすっているアルヴィンだ。
「な、なんだあいつら……。ゾンビのくせに、昼間っから昼寝してやがる……」
彼の目には、信じられない光景が映っていた。
さっきまで「有給」の意味も知らなかったゾンビたちが、今は「来月の有給で温泉に行こうぜ」などと談笑しながら、高級な魔力ドリンクを飲んでいるのだ。
「俺なんて……俺なんて、昨日から水しか飲んでないのに……!」
ブラック企業をクビになり、無職になった元勇者。
彼の手には、しわくちゃになった『日雇いバイト(危険・きつい・汚い)』の求人誌が握りしめられていた。
「ちくしょぉぉぉ! なんでゾンビの方がいい暮らししてるんだよぉぉぉ!」
アルヴィンの慟哭は、幸せなイビキにかき消され、誰の耳にも届くことはなかった。
(続く)
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