太陽の表面に、巨大な「差押シール」が貼られた絶望的な状況。
だが、灰坂ソウジの目は死んでいなかった。
むしろ、頑固な汚れを前にした職人の、静かな殺気を放っている。
「いいか、よく見とけ。シール剥がしの極意を教えてやる」
ソウジは背負った『ケルベロス・ヒャッハー』の出力を最大に上げた。
太陽の核融合エネルギーが直接吸い上げられ、ボイラーが赤熱し、限界を超えて唸りを上げる。
「貴様、何をする気だ? 神の封印に物理攻撃など――」
「物理じゃねぇよ。『熱処理』だ」
ソウジは3本のノズルを構え、大天使長とシールに向けて狙いを定めた。
「シールってのはな……糊が熱で溶ける温度(融点)と、紙が焦げる温度の、ギリギリの境界線を攻めるんだよ!!」
奥義【トリプル・ソーラー・ジェット】!!!
ヒャッハァァァァァァァーーーッ!!!
三つの首(ノズル)から、太陽フレアをも凌ぐ超々高温のスチームが噴射された。
それは螺旋状に絡み合い、極太の熱線となって「シール跡」を直撃した。
ジュワァァァァァァァッ!!
「ぬおっ!? 熱ッ!? 熱ゥゥゥい!!」
巻き添えを食らった大天使長が悲鳴を上げた。
「なんだこれは!? ただの熱湯ではない!? 蒸気!? 蒸し焼きにする気かァァァ!」
「動くな! 今、糊が浮いてきてるんだ!」
ソウジは容赦なくスチームを浴びせ続ける。
すると――奇跡が起きた。
ベッタリと張り付いていた「白い紙と糊の層」が、熱と水分の力でふやけ、ペロリと捲れ上がったのだ。
「よし、今だ!」
ソウジはスクレイパーを一閃させた。
気持ちいいほど綺麗に、シール跡が剥がれ落ちる。
だが、剥がれたのはシールだけではなかった。
「あ、あ、あ……!?」
大天使長の体からも、何かがボロボロと剥がれ落ちていく。
身にまとっていた「豪華な鎧(権威)」。
背負っていた「過去の栄光(トロフィーや賞状)」。
そして、心にこびりついていた「無駄に高いプライド(虚栄心)」。
それらがスチームによってふやけ、垢のようにポロポロと剥離されていく。
「いやぁぁぁ! 私の『地位』が! 『名誉』が! 『勤続5億年の実績』がァァァ!」
「うっせぇな! いつまでも過去にしがみついてんじゃねぇ!」
ソウジは叫んだ。
「一年使わなかった物は、一生使わねぇんだよ! それが掃除の鉄則だ!」
バシュゥゥゥゥン!!
最後のひと吹きで、大天使長はツルツルの真っ白なローブ姿(新人の格好)になり、その場にへたり込んだ。
憑き物が落ちたその顔は、まるで生まれたての赤子のように純粋だった。
「……あ。私、なんであんなに怒っていたんだろう。……ただ、みんなと仲良くしたかっただけなのに」
最強の監査官は、物理的にも精神的にも「リセット」されたのだ。
「ふぅ。頑固な汚れだったな」
ソウジは汗を拭い、足元に散らばったゴミの山を見下ろした。
剥がれ落ちた「運命の書」「古い規約」「差押シール」「天使のプライド」。
それらは宇宙空間を漂う、ただの燃えるゴミだ。
「さて、と。こいつらの処分だが……」
「社長! お任せください!」
ここで、剣崎がビシッと手を挙げた。
彼はどこからともなく、巨大な事務機器を召喚していた。
業務用『クロノス・シュレッダー(機密保持対応)』だ。
「これらは全て『個人情報』および『機密文書』に該当します。情報漏洩を防ぐため、物理的に裁断(破棄)するのがコンプライアンスです!」
「さすが人事部長。話が早いな」
二人は顔を見合わせ、ニヤリと笑った。
「それじゃあ、いくぞ!」
「はい!」
ガガガガガガガガガッ!!
小気味よい音が響き渡る。
「人類滅亡の運命」も、「理不尽な校則」も、「神々の栄光」も。
すべてがシュレッダーに吸い込まれ、細切れの紙屑(リサイクル資源)になっていく。
『シュレッダーwww』
『運命が紙切れにw』
『見てて気持ちいい』
『断捨離すぎる』
『神 対 事務用品』
全てのゴミが裁断され、キラキラした紙吹雪となって宇宙に消えた時。
そこには、一点の曇りもなく輝く太陽と、スッキリした顔のソウジたちが残っていた。
「終わったな」
ソウジはヘルメットを脱ぎ(※結界内なので空気はある)、大きく息を吐いた。
心地よい疲労感が全身を包む。
「あー、暑かった。……コアちゃん、例のやつ頼む」
「了解です、社長!」
コアちゃんが差し出したのは、キンキンに冷えた「ソーダ味のアイスキャンディー」。
箱買いしておいたやつだ。
「みんなも食え。経費で落ちるからな」
「いただきます!」
「労働の後の糖分……染みますねぇ」
「わたくし、当たりが出ましたわ!」
灼熱の太陽の上で、4人は並んでアイスをかじった。
ガリ、ガリ、ガリ。
爽やかな音が、静寂を取り戻した宇宙に響く。
大天使長(新人)も、恐る恐る近づいてきた。
ソウジは無言で、最後の一本を投げてやった。
「……食ったら帰って、また一から頑張れよ。あと、二度とシールは直貼りすんな」
「……はい。ありがとうございます……!」
天使は涙を流しながらアイスを握りしめ、深く頭を下げて天界へと帰っていった。
こうして、太陽と天界を巻き込んだ「大掃除」は幕を閉じた。
世界は救われ、太陽は輝き、ソウジたちの評価(と株価)はまたしてもストップ高となった。
だが、彼らにとっては、これも日常の一コマ。
汚れがある限り、クリーン・ファンタジー社の業務は終わらない。
「よし、撤収! 帰って報告書書くぞ!」
「えー、まだ仕事ですかぁ?」
「当たり前だ。……あ、俺のアイス、ハズレだったわ」
笑い声と共に、ロケットが地球へと帰還していく。
その背中を、ピカピカになった太陽が、優しく照らし続けていた。
【第4部 完】
***
−あとがき−
お疲れ様です。
株式会社クリーン・ファンタジー代表の灰坂ソウジです。
当社の業務日報に最後までお目通しいただき、誠にありがとうございました。
今回の現場(太陽)は、予想以上に過酷な環境でした。
表面温度6000度の中でのスクレイパー作業も骨が折れましたが、何より閉口したのは、やはり「シール跡」です。
熱源に紙シールを直貼りするなど、清掃業者への嫌がらせとしか思えません。
皆様も、値札やラベルを剥がす際は、必ず専用の剥がし液を使うか、ドライヤーで温めてからゆっくり剥がすよう心がけてください。無理に爪でカリカリするのは厳禁です。
さて、トラブルシューティング(天界との和解および物理的説得)も完了し、太陽も新品同様の輝きを取り戻しました。
おかげさまで当社の知名度もさらに向上し、剣崎人事部長のもとには、またしても履歴書の山が届いております。
中には、先日リセット(物理)したばかりの元・天使の方々からの「一から掃除を学びたい」という再就職希望も混ざっているとか。
これだけ所帯が大きくなると、教育体制の強化も急務です。
連日の激務で社員も疲弊していますし(特に人事部長が過労気味です)、ここらで一つ、「新入社員研修」を兼ねた「慰安旅行」でも企画しようかと考えています。
行き先はまだ検討中ですが……まあ、どこへ行くにしても、我々のやることは変わりません。
温泉に行けば湯垢を削り、リゾートに行けばビーチのゴミを拾うことになるでしょう。職業病ですね。
それでは、とりあえず溜まった有給を消化しつつ、アイスでも食べてゆっくりします。
本日はご閲覧、ありがとうございました。
皆様の明日が、こびりつきのないツルツルの毎日でありますように。
株式会社クリーン・ファンタジー
代表取締役社長 灰坂ソウジ
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