第21話 流動性の罠とスライム債権 ~その『高利回り魔王株』、中身は死んだゴブリンの借金ですよ?~

「……深刻な『信用収縮(クレジット・クランチ)』ですね」

魔王城・CFO最高財務責任者執務室。
私は窓の外、遥か遠くの人間界の経済動向をモニターしながら、重々しく呟いた。

現在、表の世界の「ギルド銀行」では、窓口に冒険者たちの長蛇の列ができている。

だが、窓口のシャッターは下りたままだ。

『申し訳ありません。将来的なマナ枯渇リスクを考慮し、当行は現在、一切の新規融資を停止しております』

銀行が金を貸さない。金が回らない。
これを経済学では『流動性の罠(リクイディティ・トラップ)』と呼ぶ。

行き場を失った人々は、藁にもすがる思いで「怪しい金」に手を出し始める。それが、今の状況だ。

「クリフ、これ見て。……最近、裏社会で流行ってる『魔王軍公認・特別優待債券』だって」

CTO最高技術責任者のアリスが、一枚の薄汚れた羊皮紙をデスクに投げ出した。

それは乾燥させたスライムの皮で作られた、見るからに粗悪な証券だった。

「……酷いですね。インクが滲んで読めません」

「問題は中身だよ。これ、利回り年30%を保証してる。……明らかに詐欺(ポンジ・スキーム)だけど、魔王軍のロゴが入ってるから、情弱なゴブリンたちがこぞって買ってるの」

私は眼鏡の位置を直し、その証券を【鑑定(デューデリジェンス)】した。

>>> ANALYSIS_START

[TARGET]:特別優待債券(格付:AAA)

[ OPEN ]:構成資産・内訳展開
├─[債権A]:ゾンビ・ギルドの借金
 (回収不能)
├─[債権B]:行方不明者のローン
| (回収不能)
├─[債権C]:ゴブリンの多重債務
| (回収不能)
└─[担保 ]:スライムの皮
(価値:1マナ)

>>> RESULT : JUNK(ゴミ)

「……なるほど。これは『CDO(債務担保証券)』ですね」

「しーでぃーおー?」

「ええ。支払い能力のないゴミ(不良債権)を千個ほど束ねて、その上に『魔王軍』という綺麗な包装紙を巻いたものです」

私は静かに怒りを燃やした。
詐欺だから怒っているのではない。

「ゴミを混ぜてスープを作り、それを『高級フレンチ』として売るような真似は……当社のブランド価値に対する重大な冒涜です。看過できません」

「犯人は?」

「この証券の発行元は、次元の狭間にある非合法エリア……通称『奈落の市場(アビス・マーケット)』。そこに潜む『影の銀行(シャドウ・バンク)』でしょう」

私は席を立った。

「アリス、出動です。……この腐った金融商品の『製造元』を叩き潰します」

数時間後。
次元の裂け目を通り抜けた先に広がる、湿った地下大空洞。

そこは、カビ臭い空気と、暴力の気配に満ちた無法地帯だ。

ボロボロのローブを纏ったオークや、指名手配中の闇魔導師たちがひしめき合っている。

一見すれば、よくあるファンタジー世界の「闇市」だ。

――だが、そこで交わされている会話は、異質だった。

「おい! 『ドラゴン牙・先物』が暴落したぞ! 売りだ売りだ!」
「『下級悪魔ローン』を買い支えろ! まだ担保価値はある!」
「デリバティブ(金融派生商品)の新作入ったよー! レバレッジ100倍!」

露店に並んでいるのは剣や薬草ではない。
羊皮紙の束(債権)と、権利書だ。

空中に浮かぶ魔法の掲示板には、目まぐるしく変わる「赤と緑の数字(レート)」が表示され、薄汚れたゴブリンたちが証券マンのように怒号を飛ばしている。

まるで、スラム街と金融街を悪魔合体させたような狂気。

「……うわぁ。なにこれ、カオス」

隣を歩くアリスが呟く。
彼女は今、黒いフードを目深に被り、へそ出しの『闇のアサシン風』衣装に変装していた。

「雰囲気作りも大事ですよ、アリス」

「クリフこそ、その格好なに?」

「これですか? ……今の私は『冷徹な悪徳投資家』の設定ですので」

私はいつものスーツの上に、漆黒のロングコートを羽織り、サングラスをかけていた。

手には、ここへ入るための会員証である『魔王手形(ブラックカード)』を弄んでいる。

私たちは、人混みをかき分け、例の「スライム債権」を大量に扱っている大手ブローカーの露店へと向かった。

「へいらっしゃい! 旦那、いいとこに来たねぇ!」

店主のホブゴブリンが、金歯を光らせて揉み手をする。

「今ならこの『魔王軍・特別債』がオススメだ! AAAランクの安全資産! なんと元本保証付き!」

「ほう。……中身は腐った借金の寄せ集めに見えますが?」

「ゲヘヘ、旦那はお目が高い。……だからこそ『儲かる』んじゃねぇですか。リスクは他人に押し付けちまえばいい」

下劣な笑い。
これが『規制なき市場』の正体だ。

彼らは「価値」を売っているのではない。「ババ抜きのカード」を売っているのだ。

私は店の商品棚に目を走らせる。
その一角に、無造作に積まれた『ワゴンセール』の箱があった。

【ジャンク債(ゴミ)・詰め合わせパック 一山10マナ】

「……ん? アリス、あれを」

私が指差した箱の中には、見覚えのある名前が書かれた羊皮紙が、クシャクシャになって放り込まれていた。

『債務者:元勇者アルヴィン 将来収益譲渡契約書』

「……あはは。アルヴィンの借金、ジャンク扱いされてる」

アリスが箱の中身を鑑定する。

「『聖剣紛失』『定職なし』『借金過多』……。格付け機関の評価は【CCC(デフォルト寸前)】。……これ、ただの紙くずだよ」

「哀れな……。彼の人生(リスク)は、ここで細切れにされて、投機家たちの玩具にされているわけですか」

私は呆れつつも、その箱を指差した。

「店主。この『ゴミ(アルヴィン)』と、そこの『スライム債権』……全部貰おうか」

「へ? ぜ、全部ですかい!?」

ゴブリンが目を丸くする。

私はサングラスを少しずらし、捕食者の目で彼を射抜いた。

「ああ。ただし……支払いは『監査(オーディット)』でさせてもらうがな」

「か、かんさ……?」

「貴様らが売っているこの『毒(有毒資産)』が、どれほどの価値を持つのか……今ここで【|時価評価マーク・トゥ・マーケット】してやろうと言っているんだ」

私は指を鳴らす。

薄暗い闇市場に、冷徹な青白い光(監査用魔法陣)が展開された。

店主の笑顔が引きつり、商品棚の「偽りの価値」がノイズのように剥がれ落ちていく。

――実行エグゼキュート

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……[虚偽資産・強制減損]……
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「ひ、ひぃぃぃ!? お、俺の商品が……ただのゴミ屑に変わっていくぅぅぅ!?」

ゴブリンが絶叫する。
だが、これは破壊ではない。ただの「修正」だ。

[Audit Results] 確定CONFIRMED
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[対象]:スライム債権(自称AAA)
[実態]:回収不能な不良債権の束

価値:0マナ(Value Lost)
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「さて、店主。……価値ゼロの商品を売りつけた詐欺罪と、ブランド毀損の賠償金。……きっちり払ってもらいますよ?」

(続く)

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