太陽での過酷な「黒点落とし」業務から、数日が経過した頃。
日本列島は、観測史上類を見ない記録的な猛暑に見舞われていた。
「あ、あ、暑い……。溶ける……」
株式会社クリーン・ファンタジーのオフィスでは、人事部長の剣崎がデスクに突っ伏して溶解していた。
オフィスのエアコンは設定温度18度でフル稼働しているはずだが、室温はサウナのように上昇している。
「ふぅ……。こりゃ酷いな。パソコンのファンが唸りっぱなしだ」
社長の灰坂ソウジも、首に巻いたタオルで汗を拭いながら、不機嫌そうに仰いだ。
この異常気象の原因は、地球温暖化ではない。
オフィスの中心、社長デスクの上に鎮座する「ある物」が熱源だった。
「これ、いつまで置いておくんですか? 社長」
剣崎が恨めしげに指差した先には、黄金に輝く石版があった。
表面温度は推定80度。
触れば火傷するレベルの熱気を放ち続けている。
それは、先日の依頼主である『太陽神』から届いた、直筆の感謝状(ファンレター)だった。
『拝啓、掃除の神よ!
おかげさまで肌の調子がすこぶる良く、やる気(火力)がみなぎっております!
今の私なら、あと50億年は輝けます! メラメラ!』
ご丁寧に、文末には燃え盛る炎の絵文字まで刻まれている。
神の感謝状は、物理的にも熱かったのだ。
「仕方ないだろ。神様からの頂き物を粗末にしたらバチが当たる」
「でも、このままだと我々が熱中症で全滅しますよ! せめて冷蔵庫に入れるとか!」
「冷蔵庫が壊れるわ」
ソウジは溜め息をつき、熱気を放つ石版を耐熱シートで包んだ。
それでも室温は下がらない。
これでは業務効率が落ちる一方だ。
「……よし。決めた」
ソウジはバンとデスクを叩き、立ち上がった。
「避暑だ。ここから逃げるぞ」
「えっ?」
「社員旅行だ。福利厚生の一環として、涼しい場所へ『慰安旅行』に行く」
その言葉に、ぐったりしていた社員たちが弾かれたように顔を上げた。
「りょ、旅行ですって!?」
「わぁっ! 素敵です社長! 初めての社員旅行ですね!」
聖女セシリアと秘書のコアちゃんが、手を取り合って歓声を上げる。
剣崎も、信じられないものを見る目でソウジを見上げた。
「や、休み……? 本当に、休んでいいんですか……?」
元ブラック企業(レイディアント)出身であり、現職でも宇宙ゴミの分別という激務をこなしてきた彼にとって、「有給休暇」という言葉は伝説上の概念に等しかった。
「当たり前だ。体調管理も仕事のうちだぞ。……行き先はもう決めてある」
ソウジはスマホを取り出し、一件の宿を検索して画面を見せた。
海沿いの断崖に建つ、古びた木造の温泉旅館。
【老舗旅館・海神館(わだつみかん)】
「以前、『秘湯の掃除』を依頼されたことがある宿だ。建物は古いが、飯は美味いし、海風が涼しい。あそこの女将さんには世話になったからな」
画面には、青い海と白い砂浜、そして豪華な舟盛りの写真が載っている。
「うおおお! 海だ! 温泉だ! 舟盛りだぁぁぁ!」
「水着! 新しい水着を買わなきゃですわ!」
「社長、すぐに予約しますね! 社用車の手配も完璧です!」
オフィスが一気にお祭り騒ぎになる。
剣崎は感涙にむせびながら、天を仰いだ。
「やっと……やっと休めるんですね……! ゴミも、モンスターも、神様もいない場所で……ゆっくり寝られるんですね……!」
その目には希望の光が宿っていた。
だが、彼は忘れていた。
灰坂ソウジが行く場所に、「ただの平和な観光地」など存在しないということを。
そして、ソウジの「職業病」が、休暇中であっても発動してしまうことを。
「よし、出発は明日の早朝だ! 今日は定時で上がって準備しろ!」
「はいっ!!」
こうして、世界最強の清掃会社『クリーン・ファンタジー』の一行は、灼熱の東京を脱出し、一路海へと向かうことになった。
トランクに詰め込まれたのは、水着と着替え。
そして、なぜかソウジが「念のため」と放り込んだ、数本の『業務用洗剤』。
S級清掃員の、波乱万丈な夏休みが幕を開ける。
(続く)
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