「……システム警告だと? 小賢しい真似を」
私のハッキングにより、市場の価格ボードが乱れ、空間にノイズが走る中、奥の帳場から一人の男が姿を現した。
豪奢な宝石をジャラジャラと身につけた、太った悪魔。
この闇市場を牛耳る支配者、強欲王グリードだ。
「おい、用心棒ども。何をもたついている。その不届きな監査人(ネズミ)を細切れにしろ」
「は、はい! やっちまえ!」
用心棒たちが再び武器を構える。
だが、私は慌てず、彼らの足元を指差した。
「おや。……いいのですか? 貴方たちの雇い主の『資産状況』を確認しなくて」
「あぁ?」
「今の私の監査で、彼の『金庫の中身』が見えました。……見てごらんなさい」
私が指を鳴らすと、空中に巨大なウィンドウが展開された。
それは、グリードがひた隠しにしてきた『裏帳簿(バランスシート)』の開示だ。
>>> ANALYSIS_START
[TARGET]:強欲王グリード(市場支配者)
[ OPEN ]:保有資産・現在価値評価
├[流動資産]:100万マナ
| (※大半が不良債権)
├[固定資産]:伝説の魔剣グラム
| (※自称 / 鑑定書なし)
└[ 負債 ]:5000万マナ
(※短期借入金)
>>> RESULT:債務超過(破産寸前)
「な……っ!? ふ、負債5000万!?」
用心棒たちがどよめく。
この市場の支配者は、大金持ちだと思われていた。しかし実態は、借金を借金で返す自転車操業だったのだ。
「き、貴様ぁぁ! デタラメを表示するな!」
グリードが顔を真っ赤にして叫ぶ。
「私の資産は盤石だ! 特にこの『伝説の魔剣グラム』! これ一本で国が買えるほどの価値がある! これがある限り、私は破産などしない!」
グリードが背後のケースから、煌びやかな装飾が施された大剣を取り出す。
確かに見た目は凄そうだ。放つ魔力も強大に見える。
「……なるほど。それが貴方の『担保』ですか」
私は冷ややかに見つめた。
「ですが、それは『帳簿上の価値(簿価)』に過ぎません。……何百年も倉庫に眠らせて、メンテナンスもしていないその剣が、今(現在)も同じ価値を保っていると?」
「当たり前だ! 伝説は色褪せない!」
「いいえ。モノは劣化し、時代は変わります。……古い価値にしがみつき、損失を認めない(評価損を拒絶する)姿勢こそが、この市場を腐らせている原因です」
私は右手をかざした。
「アリス、解析補助を。……これより、強制的な【時価会計(マーク・トゥ・マーケット)】を適用します」
「了解! ……化けの皮、剥がしちゃうよ!」
アリスがキーボード(虚空)を叩く。
私の手から放たれた『真実の光』が、グリードの魔剣を包み込んだ。
「や、やめろ! 私の資産に触れるな!」
「問答無用。……今の市場価格で、再計算(リ・カルキュレート)!」
バチバチバチッ!
激しいスパークと共に、魔剣の煌びやかな装飾が、塗装のように剥がれ落ちていく。
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■□ ERROR □ ■
……[資産価値・再定義中]……
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そして、光が収まった時。
グリードの手の中にあったのは――赤錆だらけの、ボロボロの鉄屑だった。
「あ……あぁ……?」
グリードが震える手で、その鉄屑を見る。
刀身はヒビだらけで、魔力など微塵も感じられない。
「そ、そんな……私の魔剣が……」
「それが『現実(時価)』です」
私は残酷な監査結果(ログ)を突きつけた。
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! 監 査 終 了 : 暴 落 !
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[対象]:自称・伝説の魔剣
[判定]:経年劣化による全損(スクラップ)
修正前簿価:1億マナ
修正後時価:3マナ(鉄屑代)
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「い、一億マナが……さん、マナ……?」
グリードが膝から崩れ落ちる。
担保価値の消滅。それはすなわち、彼が抱える巨額の負債が、何の支えもなくなることを意味していた。
「さあ、皆さん」
私は呆然とする用心棒たちに向き直った。
「ご覧の通り、貴方たちの雇い主は無一文(破産)です。……今月の給料、払えると思いますか?」
(続く)
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