私は先駆者(アイザワ)の遺したログを一通り記録した後、再び第二の扉のパネルに手をかざした。
『──管理者権限確認。セキュリティ・レベル5
施設を「完全封鎖」します』
無機質な自動音声と共に、重厚な金属扉が音もなくスライドし、冷気と静寂を内側に閉じ込めた。
再び長い眠りにつく巨大な空箱に、私は心の中で別れを告げた。
「……行くぞ。鍵は掛けた」
「お、終わったか……?何も出なかったな?」
保温結界の中で震えるリックが、恐る恐る尋ねてくる。
「ああ。先駆者は理不尽なトラップを残すような性格じゃなかったようだ。……ただ、少し悲しいメッセージを残していっただけさ」
「そっか……。ま、命があってよかったぜ。さっさと帰ろう。風呂に入りてぇ」
私たちは誰もいない地下通路を戻り、地上への階段を上った。
手ぶらでの帰還。だが、その足取りは来る時よりも重く、そして確かな目的意識に満ちていた。
翌日。第4廃校舎のラボにて。
そこには、服を着て元気を取り戻したリックと、真剣な表情のアリス、そしてボブの姿があった。
「さて、諸君。昨日の遠足は楽しかったかな?」
私が黒板の前で尋ねると、リックが机に突っ伏したまま呻いた。
「最悪だったよ。寒いし、暗いし、結局『加速器』ってのは中身空っぽだったしよぉ。骨折り損のくたびれ儲けだ」
「いや、収穫はあった。ターゲットが明確になったからな」
私は黒板に地図を描いた。王都の北、険しい山脈に位置する巨大な「大穴」だ。
「加速器を完成させるには、持ち去られた『ミスリルコイル』と『動力炉』が必要だ。市場にはない。教会に殴り込むのは時期尚早だ。
ならば、資源の宝庫──『奈落・ダンジョン』へ行くしかない」
「ダンジョン……」
アリスが不安げに呟く。
「でもレイ様、あそこは深くなればなるほど、強力な魔物が……」
「ああ、しかも問題は魔物だけじゃない。『環境圧』だ」
私はチョークで深い縦穴の図解を描き、下に行くほど色を濃く塗った。
「ダンジョンの深層は、マナの濃度が極端に高い。深海と同じだ。今の君たちの貧弱な魔力制御では、潜った瞬間にマナ酔いで潰れるか、魔法が霧散して使い物にならなくなる」
「む……貧弱って、酷いです」
アリスが頬を膨らませる。
「事実だ。特にアリス、君の魔法は『無駄』が多すぎる」
「えっ!?」
「君はいつも全力でマナを放出しているが、そのエネルギーの9割以上は、空気に弾かれて反射しているんだ。例えるなら、水中で大声を出しているようなものだ。音は水面で反射して、空気中にはほとんど届かないだろう?」
私は黒板に波形の図を描いた。
出力された波が、壁に当たって跳ね返り、打ち消し合っている図だ。
「これを解決するのが、今日の授業だ。『インピーダンス整合』」
「いんぴーだんす……?」
アリスとリックが同時に首を傾げる。
ボブだけが「なるほど、抵抗値の結合か」と眼鏡を光らせた。
「簡単に言えば、『空気と仲良くする技術』だ」
私はアリスに向き直った。
「いいかアリス。魔法を撃つ時、『強く撃とう』とするな。君の魔力「出力インピーダンス」と、空間の抵抗「入力インピーダンス」がズレているから、力が伝わらない。重い扉を開ける時、体当たりしても痛いだけだろう?扉の動きに合わせて、優しく押すんだ」
「優しく……ですか?」
「やってみろ。いつもの『ウインド・カッター』だ。ただし、出力はいつもの半分でいい。その代わり、空間の『硬さ』を感じ取って、それに波長を合わせるイメージだ」
アリスは半信半疑で杖を構えた。
いつものように力を込めようとして、私の言葉を思い出し、ふっと力を抜く。
空間に満ちるマナの揺らぎ。そのリズムを感じ取る。
「……こんな感じ、でしょうか……?」
彼女が小さく杖を振った。
ヒュッ
放たれたのは、見た目は小さな風の刃だった。
だが。
スパァンッ!!
実験用の厚い木の板が、抵抗なく両断された。
断切面は鏡のように滑らかだ。
「えっ……!?うそ、今のすごく軽かったのに……!?」
アリスが自分の手と、切れた板を交互に見る。
「ロスが消えたからだ」
私は切れた板を指差して解説した。
「さっきまでの君は、『100』の力で殴って、9割が弾かれ、結局『10』しか伝わっていなかった。
だが今は、半分の『50』の力で殴って、ロスなく『50』全てを伝えたんだ」
私はアリスの顔を見た。
「計算してみろ。威力は5倍だ。しかも、疲れは半分で済む。これが物理学による効率化だ」
これが「最大電力供給定理」。無線通信でもオーディオでも使われる、エネルギー伝達の基本だ。
「すげぇな……。これなら俺たちでも深層で戦えるか?」
リックが身を乗り出す。
「まだだ。ソフトが良くても、ハードがポンコツなら意味がない。君たちの装備も物理学的に魔改造する」
私は工具箱を足元に置いた。中には、今までに集めた鉱物サンプルや薬品が詰まっている。
「覚悟しろよ。夏休みが終わる頃には、君たち全員、歩く物理実験室になってもらうからな」
(続く)
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