第23話(番外編) 黄金の計算機は、石ころ一つでバグを起こす

 王都近郊の森。
 そこには、異様なほど整然とした空気が流れていた。

 宮廷筆頭魔導師、ゼル。
 彼は浮遊魔法で地上30センチを滑るように移動していた。
 高価な靴を泥で汚さないためではない。

 不確定要素(地面の凹凸や罠)による歩行のタイムロスを、コンマ1秒でも削減するための合理的措置だ。

(……やれやれ。騎士団長も暗殺ギルド長も、揃いも揃って無能ですね)

 彼は眼鏡のブリッジを中指で押し上げた。
 レンズの奥で、青白い魔法陣が高速回転している。

 固有スキル『真理の眼アプレイザル・アイ

 視界に入るすべての物質を瞬時に鑑定し、「市場価値」と「性能数値」を表示する能力だ。

 彼の視界は、数字で埋め尽くされている。
 『針葉樹:推定樹齢50年、材木価格3,000G』
 『薬草:品質C、売却価格20G』
 『石ころ:路盤材用、価値0G』

 世界はデータだ。
 感情などという不確定なパラメータが入り込む余地はない。

「……いましたね」

 森の開けた場所。
 切り株に座り、足をぶらぶらさせている猫耳の少女――ミミを発見した。

 ゼルは音もなく降下し、彼女の目の前に立った。

「貴方が、レオンとシャドウを骨抜きにした『魔女』ですね?」

 冷徹な声。
 ミミが驚いて顔を上げる。
 ゼルは間髪入れずに問い詰めた。

「単刀直入に聞きます。貴方の目的はなんですか?
 金ですか? 地位ですか? それとも国家転覆ですか?
 私の計算では、貴方の行動原理が合理的ではない。
 答えなさい。欲しい金額を提示すれば、手切れ金として――」

「……あの」

 ミミが、ゼルの言葉を遮った。
 彼女はキョトンとした顔で、自身のポケットをゴソゴソと探る。

「お兄さん、なんか難しそうな顔してるね。眉間にシワ寄ってるよ?」

「質問に答えなさい。私は貴方と取引を――」

「はい、これあげる!」

 ミミが差し出したのは、泥のついた掌。
 その上に、一個の「石ころ」が乗っていた。
 川原で拾ったのであろう、角の取れた乳白色の石英だ。

「さっき見つけたの。キラキラしてて、とっても綺麗だから!」

 ミミは満面の笑みで、その無価値な石を押し付けた。

「お金はいらないよ。
 これを見て、お兄さんがニコってしてくれたら、それが一番だもん!」

(……は?)

 ゼルの思考が停止した。
 石?
 金貨ではなく?
 この私が提示した「白紙小切手」を無視して、道端の石を渡したのか?

「……馬鹿にするな。こんなゴミに何の価値が――」

 ゼルは嘲笑いながら、無意識に『真理の眼』でその石を鑑定した。
 ただの石英だ。価値などあるはずがない。
 数字で証明して、彼女の愚かさを論破してやろう。

 ――ピピピッ。

 視界のウィンドウに、鑑定結果が表示された。

 『対象:ミミの拾った石』
 『材質:石英(不純物あり)』
 『付与属性:純粋な好意、無償の愛、100%の笑顔』

 『市場価値:測定不能(ERROR: Overflow)』
 『推定価格:∞(インフィニティ)』

 パリンッ。

 ゼルの眼鏡に、亀裂が走った。

「……え?」

 測定不能?
 エラー?
 国家予算の計算すら一瞬でこなす私の脳内演算領域が……この「石ころ一つ」の価値を弾き出せずにショートしている?

(ありえない……! なんだこの数値は……!?
 私の全財産を投げ打っても買えない……『プライスレス』だとでも言うのか!?)

 ゼルは震える手で、その石を受け取った。

 指先に伝わる、温かい感触。
 それは、計算高い彼がこれまでの人生で一度も触れたことのない、「損得抜きの優しさ」の重みだった。

「……くっ、くくっ……!」

 ゼルは膝から崩れ落ちた。
 論理が、崩壊する。
 計算機が、恋に落ちる音がした。

「……負けました。
 この『計算できない価値』……私が一生をかけて解明(推し活)するしかありませんね」

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【極秘通信ログ:暗号化回線(Level 5)】

送信者:ゼル(宮廷魔導師)
受信者:レオン、シャドウ

ゼル:
……諸君。
私も「こちら側」に来ました。

レオン:
早っ。
お前、行ってからまだ10分だぞ?
「私は感情論には流されない」とか言ってなかったか?

シャドウ:
何があった。
お前まで泣かされたのか?

ゼル:
……これを見てください。
[画像添付:泥のついた白い石ころ.jpg]
鑑定結果も添付します。

レオン:
『推定価格:∞(無限)』……?
おいゼル、お前の鑑定スキル、壊れてるんじゃないか?
ただの石ころだろ。

ゼル:
壊れてなどいません!!
これは彼女が「綺麗だから」という理由だけで、私に無償譲渡してくれた秘宝です。
見返りを求めない施し……その概念を数値化しようとした結果、私の脳内サーバーがオーバーフローしました。

シャドウ:
……なるほど。
「金では買えないものがある」と、最強の魔導師に教えたわけか。

ゼル:
ええ。
認めましょう。この世には「計算外(ミミちゃん)」という特異点が存在することを。
私は決めました。
私の持つ莫大な資産と技術を、すべて彼女の環境整備に投資します。
彼女の笑顔(プライスレス)を守るためなら、国家予算など端金(はしたがね)です。

レオン:
お前が一番ヤバい奴になったな。
だが、歓迎するぞ。

シャドウ:
ああ。
これで王国の至宝と呼ばれる三人すべてが揃ったわけだ。

ゼル:
では、合流しましょう。
今後の「運用方針」について、緊急会議が必要です。
場所は森の奥。
服装は正装で。

[System Alert] —————————–
Mission Update:
Agent Zel: COMPROMISED (Converted to Patron/ATM)
Status: All Agents Fallen.
Next Objective: Formation of “The Sanctuary Guard”

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