第26話 供給ショック。暖房が点かない冬、そして不況のインフレ地獄 ~給料は上がらないのに、パンと魔石の値段だけが3倍になる世界へようこそ~

「……寒い」

魔王城・社長室。
魔王ゼノンが、最高級の毛皮(イエティ製)にくるまりながら、ガタガタと震えていた。

「おいクリフ……。なぜ暖房が入っておらんのだ……? 余は魔王だぞ……? 凍死させる気か……?」

「設定温度を下げているだけです、社長。現在は『5度』です」

私は分厚いコートを着込み、手元の書類から目を離さずに答えた。
吐く息が白い。室内だというのに、吐息が凍りそうだ。

「ご、5度だと!? 冷蔵庫ではないか!」

「文句を言わないでください。……今、市場の『魔石価格』がどうなっているかご存じですか?」

私はリモコンを操作し、壁面のモニターに市場データを投影した。

そこに映し出されたのは、先日確認した「供給ショック」のグラフ――その後の、悲惨な実体経済への波及(インパクト)だった。

>>> MARKET_DATA
[品目]:一般家庭用・加熱魔石(小)
[価格]:100マナ → 500マナ(5倍)
[在庫]:極小(入荷未定)
>>>

「ご、5倍……!? たった数日でか!?」

「ええ。東の資源大国バグラムが輸出を止めたせいで、魔界全土でエネルギー不足が深刻化しています」

私は窓の外、広大な城下町を見下ろした。
いつもなら魔導灯の明かりで賑わう街が、今は薄暗く、静まり返っている。

「見てください。……パン屋は『燃料費が高すぎて釜に火を入れられない』と店を閉めました。鍛冶屋も『剣を打つコストが売値を超える』と廃業寸前です」

「な、なんと……」

「一方で、市民の給料は上がりません。むしろ不況で下がっています。……物価は上がるのに、景気は悪くなる」

私は眼鏡の位置を直し、その最悪の現象に名前を付けた。

「これがスタグフレーション不況のインフレ地獄です」

「すたぐ……なんじゃそれは?」

「簡単に言えば、地獄の二重苦です。……このままでは、我が社の従業員(国民)たちは、飢えと寒さで、戦う前に全滅しますよ」

「な、なんということだ……!」
ゼノンが毛皮を跳ね除け、立ち上がった。
その瞳に、怒りの炎が宿る。

「許せん! 余の可愛い社員たちを凍えさせるとは! ……クリフよ! ならば余が太陽を連れてくる!」

「はい?」

「余の『恒星召喚魔法』で、空に太陽を3つほど増やせば暖かくなるはずだ! どうだ、名案であろう!」

ゼノンが窓を開け、空に向かって魔力を練り始めようとする。
私は無言で背後から近づき、ハリセン(経費削減で作った紙製)で社長の後頭部を叩いた。

スパンッ!

「あ痛っ!?」

「却下です。……そんなことをすれば、気温上昇による生態系の破壊、そして『農作物の供給過剰』による価格暴落(デフレ)が起きて、農家が死にます」

「ぐぬぬ……! ではどうすればよいのだ! 力づくでバグラムから奪うか!?」

「それも短絡的です。……戦争になれば、さらに膨大な魔力(燃料)が必要になります。相手の思う壺ですよ」

私はモニターのグラフを切り替えた。
表示されたのは、バグラム王国の資源マップと、まだ手つかずの『ある領域』のデータだ。

「敵は『供給』を絞めることで、我々を経済的に絞め殺そうとしています。……ならば、我々は『別の蛇口』を開くまでです」

「別の蛇口……?」

「ええ。……魔石に頼らない、新たなエネルギー源への転換(エネルギー・シフト)。いわゆる『代替財サブスティテュート』への投資です」

私はモニターのグラフを切り替え、地下資源の解析データを表示させた。

バグラムが握る「枯渇しかけの鉱山」と、我々の足元に眠る「未開拓の領域」――その差は歴然だった。

>>> RESOURCE_SCAN
[比較分析]:エネルギー埋蔵量と供給コスト

▼ A:既存ソース(バグラム産魔石)
残量:■■□□□(有限・枯渇リスク)
供給:×(供給遮断中)
価格:高騰(↑500%)

▼ B:新規ソース(地下深層・地脈)
残量:∞∞∞∞∞(無尽蔵)
供給:◎(採掘可能)
価格:0(FREE)
>>>

「こ、これは……『無限(インフィニティ)』だと!?」

ゼノンが画面を凝視する。
既存の資源が「残りわずか」に見えるのに対し、地下の資源はメーターを振り切っている。

「これが新エネルギー――『地脈(レイライン)』です」

その時。
CTO最高技術責任者のアリスが、いつになく真剣な表情で入室してきた。

「クリフ、準備できたよ。……闇市場から回収した『裏ルート』を使って、アレの実験設備、整った」

「早いですね。さすがです」
私は頷き、ゼノンに向き直った。

「社長。これより我々は、魔界のエネルギー構造そのものを変革(イノベーション)します。……ただし」

私は冷たく目を細めた。

「これをやると、既存の『魔石利権』を持っている古い魔族たちが、発狂して邪魔をしてくるでしょうが……」

「構わん!!」
ゼノンが即答した。

「社員が凍えているのだ! 利権など知ったことか! 邪魔する奴は余が全員、物理的に黙らせてやる!」

「……ふっ。頼もしいですね」
私はニヤリと笑い、アリスに合図を送った。

「では、始めましょうか。……バグラムが独占する『魔石』の価値を、ゴミ屑に変えるプロジェクトを」

(続く)

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