第28話 共有地の悲劇。バグラム軍、環境破壊という名のドーピング ~その強さ、未来からの「前借り」ですよ?~

魔王城の城壁から見下ろす平原は、異様な熱気と、鼻をつく硫黄の臭いに包まれていた。

地平線を埋め尽くすのは、東の大国バグラムの重装甲魔導師団。
彼らは「魔石輸出の停止」に続き、ついに武力による「新エネルギー技術の接収」に乗り出してきたのだ。

「……来たか。数はおよそ3万といったところか」

魔王ゼノンが腕を組み、眼下の敵軍を睨みつける。
通常なら、魔王軍の精鋭で十分に蹴散らせる数だ。
だが、ゼノンの表情は険しい。

「クリフよ。……妙な『圧』を感じぬか?」

「ええ。……空気が歪んでいますね」

私は眼鏡の位置を直した。
視覚情報だけではない。肌にまとわりつくような不快な湿気と、耳鳴りのような高周波のノイズ。

敵軍が進軍するたびに、周囲の草花が萎れ、色が失われていくように見える。

「全軍、攻撃開始(キャスト・ファイア)!!」

敵陣から号令が響く。
先陣を切った魔導師たちが、一斉に杖を掲げた。

――ドォォォォォォォン!!

放たれたのは、通常のファイアボールではない。
どす黒く濁った、粘着質な炎の塊だ。

それが着弾した瞬間、爆風と共に、腐った卵と焦げた肉を混ぜたような強烈な悪臭が広場に充満した。

「ぐっ……!? なんという火力じゃ!」

ゼノンが防御障壁を展開して防ぐが、その巨体が数メートル後退させられる。
単なる下級魔導師の一撃が、魔王の防御を揺るがしているのだ。

「バカな……! あのような威力、最上級の魔石を使っても出せぬはず!」

ゼノンが驚愕するのも無理はない。
経済的(コスト)に見合わないのだ。あんな高出力の魔法を連発すれば、通常なら数分で国家予算が尽きる。

「……アリス。解析(スキャン)を」

「うん、やってる! ……でも、変なの」

隣でタブレットを操作していたアリスが、青ざめた顔で画面を見せた。

「敵の魔導師たち、魔石を『ほとんど使ってない』よ。……消費コスト、ほぼゼロ」

「コストゼロで、あの火力ですか? ……物理法則を無視していますね」

私は戦場に目を凝らす。
敵の魔導師が魔法を放つ瞬間。

私の銀縁眼鏡の奥から、冷徹で鋭い青い光が溢れ出した。

──即時監査リアルタイム・オーディット

その光が捉えたのは、隠された「魔力の出所」だった。

──ヒュオォォォ……。

魔法が発動すると同時に、周囲の森の木々が、一瞬で枯れ落ちた。
土が灰色に変色し、空を飛んでいた小鳥が、力なく墜落する。

「……なるほど。そういうことですか」

私は理解した。
彼らは「自分の財布(魔石)」を使っていない。
この世界そのものに存在する「精霊」や「自然の生命力」を、無理やり燃料として燃やしているのだ。

「見えましたよ、社長。彼らの強さの秘密(タネ)が」

私は空中に、敵の魔法行使のプロセスを可視化した。

>>> MAGIC_AUDIT
[対象]:バグラム軍・攻撃魔法

▼ コスト負担の内訳
[私的費用(Private)]:ほぼ0
(※自分は痛まない)
[社会的費用(Social)]:極大
(※環境・精霊・未来の資源を消費)

>>> 判定:【 負 の 外 部 性 】

「負の……外部性?」

「ええ。簡単に言えば、公害の垂れ流しです」

私は吐き捨てるように言った。

「彼らは、本来みんなの共有財産である『環境』を勝手に燃やして、自分たちの『攻撃力』に変えている。……コストの踏み倒しです」

これを経済学では共有地の悲劇コモンズのひげきと呼ぶ。
共有の牧草地に、誰もが勝手に羊を放てば、牧草地は荒廃し、最後には誰も使えなくなる。

バグラムは今、世界の寿命を削って自分たちの力を誇示しているだけだ。

「おい見ろ! 魔王軍がビビってるぞ! どんどん撃てぇ!」

敵の前線で、見覚えのある男が剣を振るっていた。
元勇者アルヴィンだ。

彼は敵国の傭兵として雇われ、汚染された黒いオーラを纏って喚いている。
……落ちるところまで落ちましたね。

「社長。……あれは『強さ』ではありません」

私は冷徹に断言した。
私の鼻腔には、焦げ臭い硝煙の奥に、世界が悲鳴を上げているような鉄錆の匂いが感じ取れていた。

「未来からの『前借り』と、他人への『ツケ回し』でイキっているだけの、ただの無銭飲食です」

「許せん……! 余の国を、この美しい大地を汚すとは!」

ゼノンの拳が怒りで震える。

「落ち着いてください。……無銭飲食には、相応の『お勘定』を払わせるのが私の仕事です」

私は懐から、一枚の赤い契約書(システム起動キー)を取り出した。

「タダで世界を汚せると思っている彼らに……教育してあげましょう」

私はアリスに合図を送る。

――タタタタタタンッ! バヒュンッ!

目にも止まらぬ速さで魔導スレートを操作する音が響く。

「いつでもいけるよ! ……世界規模の『集金システム』、セット完了!」

「よろしい」

私は眼鏡を外し、丁寧に胸ポケットにしまった。
これから行うのは、戦闘ではない。

大規模な徴税執行だ。

「彼らが汚した分のコスト……。彼らの『寿命』できっちり精算(耳を揃えて)してもらいましょうか」

(続く)

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