監査官ジオットが去り、夕闇が廃校舎を完全に包み込んだ頃。
私は研究室の机に、カンテラを置いた。
揺れる炎が、三人の仲間たちの顔を照らし出す。
「……さて。どこから話そうか」
私は白衣のポケットから、一枚のコインを取り出し、指先で弾いた。
コインは回転し、表とも裏ともつかない状態で空中に静止する。
「単刀直入に言おう。僕は、この世界の人間じゃない」
「……は?」
リックが間の抜けた声を上げる。
「何言ってんだ?お前は辺境伯カルツァ家の三男坊だろ?」
「それは『この体』の経歴だ。中身は違う」
私は自分の胸をトン、と叩いた。
「僕の魂……いや、意識データは、遥か彼方の別の宇宙から転送されてきた。『地球(アース)』……それが僕の故郷の名前だ」
沈黙が落ちる。
頭のおかしい妄想だと笑い飛ばされるかと思ったが、誰も笑わなかった。
私の瞳が、冗談を言っていないことを雄弁に語っていたからだろう。
「……やっぱり」
ボブが、静かに口を開いた。
「君の知識は異常だった。魔法体系が全く違うし、何より、君はこの世界の常識をどこか『外側』から俯瞰しているような節があった。……異界からの来訪者。それが君の正体かい?」
「正確には、ブラックホールに吸い込まれて、情報だけが漏れ出した漂流者さ」
私は黒板に向かい、二つの円を描いた。
そして、その二つを一本の線で繋ぐ。
「いいか。僕の仮説では、この世界と地球は『量子もつれ』で繋がった双子の宇宙だ。重力という見えない糸で引き合い、影響し合っている。先駆者(アイザワ)も、僕も、その糸を伝ってここへ落ちてきた」
「えっと……つまり、レイ様は……星の王子様、ということですか?」
アリスがおずおずと尋ねる。
「まあ、そんなロマンチックなものじゃないが、当たらずとも遠からずだ」
私は苦笑し、本題に入った。
「僕の目的は、この世界で王になることでも、大金持ちになることでもない。『証明』することだ」
私は黒板の「双子の宇宙」の図を強く叩いた。
「地下にあった加速器。あれを完成させ、起動させる。そして、事象の地平線を貫くほどの巨大なエネルギー『重力波』を生成し、故郷である地球に向けて信号を送る」
「信号……?」
「ああ。『僕はここにいる(I AM HERE)』とな。それが届けば、僕の理論は証明される。魔法と科学が統一され、二つの世界は概念的に繋がるんだ」
それは、物理学者としてのエゴだ。
誰のためでもない。ただ、自分が正しいことを宇宙に叫びたいだけの、子供じみた夢。
「……それが、僕の真の目的だ。教団が目の敵にするのも無理はない。僕は彼らの神を、物理法則で上書きしようとしているんだからな」
話し終え、私は息を吐いた。
仲間を巻き込んだ罪悪感が、胸を刺す。
「これ以上は危険だ。教団は本気で僕を消しに来る。君たちはここで降りていい。リックには特許権を譲渡するし、ボブには……」
「待ってください!」
遮ったのは、アリスだった。
彼女は不安げに、けれど真っ直ぐに私を見つめていた。
「その……信号を送ったら、レイ様は……帰っちゃうんですか?」
その問いに、私は目を丸くした。
そして、優しく首を横に振った。
「帰れないよ。僕の体はもう燃え尽きている。ここにあるのはデータだけだ。それに……観測者は、最後まで現象を見届けなきゃいけない」
私はアリスの頭に手を置いた。
「僕はここに残る。君たちがいる、この世界に」
「……よかった」
アリスが、花が咲くように破顔した。
「なら、私はどこまでもお供します!レイ様が宇宙人と交信したいなら、私がアンテナになります!」
「いや、交信する相手は地球人なんだが……まあいいか」
「僕も乗るよ」
ボブが眼鏡を押し上げた。
「『多世界解釈』の実証実験なんて、またとないチャンスだ。君がいなくなったら、僕の退屈な人生は元の計算式に戻ってしまう」
「お、おいおい!俺を忘れるなよ!」
リックが慌てて手を挙げた。
彼はニヤリと笑い、商人の顔になった。
「異世界と繋がるってことは、だ。将来的に『あっちの世界』の商品とか技術を輸入できる可能性もあるってことだよな?」
「理論上はな。情報は等価交換だ」
「だったら降りるわけにはいかねぇ!異世界貿易の独占権、俺がもらった!それに、ここまで投資して回収なしじゃ、ファイン商会の名折れだ」
……呆れた連中だ。
教団を敵に回し、世界の理に喧嘩を売ろうというのに。
恐怖よりも、好奇心と欲が勝っている。
「……ふっ、あはははは!」
私は笑った。
腹の底から笑った。
孤独な先駆者(アイザワ)とは違う。ここには、最高にクレイジーな変数が揃っている。
「いいだろう!契約成立だ!チーム・カルツァはこれより、世界最大の物理実験を開始する!」
私は窓を開け放ち、北の空を指差した。
「目指すは『奈落・ダンジョン』の最深部!加速器のパーツを探し出し、地球に特大のラブレターを送りつけるぞ!」
「「「おーっ!!」」」
星空の下、物理学者と仲間たちの鬨の声が上がった。
(続く)
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