第29話 因果の徴税。環境負荷は貴方の寿命から徴収します ~「タダ」だと思いましたか? いいえ、お支払いは「命」で結構です~

戦場の空気が、どす黒く淀んでいた。
バグラム軍の中央に陣取る大魔導師団が、最後にして最大の禁術を詠唱し始めたのだ。

「フハハハ! 見ろ、この圧倒的なエネルギーを! 貴様らのちっぽけな城など、この一撃で灰にしてくれる!」

敵の将軍が狂ったように叫ぶ。
彼らが練り上げているのは、周囲数キロメートルの精霊を強制的に「燃料」として喰らい尽くす、極大汚染魔法虚無の業火ヴォイド・フレア

――ギギギ、ギギギ……。

空間がきしむ音が鼓膜を打つ。
美しい緑だった平原は、彼らの足元から急速に砂漠化し、立っているだけで肌がヒリつくような死の瘴気と、鼻の奥にへばりつく腐った卵のような硫黄臭が漂い始めた。

「くっ……! 来るぞ! 総員、衝撃に備えろぉ!」

魔王軍の防衛隊長、ガントが叫ぶ。
自慢の巨大盾(タワーシールド)を地面に叩きつけ、全身の筋肉を硬直させていた。

「俺の『絶対防御アブソリュート・ディフェンス』で耐えきってみせる……! だが、あの規模だ……俺の盾ごと蒸発するかもしれん……!」

歴戦の戦士であるガントの額を、冷たい脂汗が伝う。
物理的な攻撃なら何でも防げる彼が、本能的な恐怖で震えているのだ。

だが、私はその横で、静かに眼鏡を押し上げた。

「……愚かですね。それほど巨大な『負債』を抱え込んで、支払いの算段もなしに……」

私はアリスに目配せをした。

「アリス、結界展開デプロイ。……『徴税システム』を起動します」

「ラジャ! ……逃げても無駄だよ、脱税者フリーライダーたち!」

アリスが宙に浮かせたキーボードを、残像が見えるほどの速度で叩き込む。

──タタタタタッ! ッターン!

その小気味よい打鍵音が、戦場の重苦しいノイズを切り裂いた。
同時に、戦場全体を覆うように、薄い赤色のグリッド線が走る。

チリチリ……。
肌にまとわりついていた湿った不快感が消え、代わりに静電気のような乾いた緊張感が空間を満たした。

それは防御壁ではない。
この空間における「経済ルール」を書き換える、最強の監査魔法だ。

──広域監査結界ワイドエリア・オーディット因果の徴税ピグー・ペイメント

「な、なんだこの光は!? 構わん、撃てぇぇぇ!」

将軍が杖を振り下ろす。
千人の魔導師たちが、完成した『虚無の業火ヴォイド・フレア』を解き放とうとした――その瞬間。

ブォンッ!

彼らの目の前に、不気味なほど鮮やかな「真紅のシステムウィンドウ」が出現した。

───────────────────
>>> SYSTEM_ALERT
[警告]:環境負荷税が未納です

▼ 請求書(INVOICE)
汚染係数:測定不能(∞)
税率  :15,000%
支払額 :20億マナ
───────────────────

「な、なんだこれは!? 邪魔だ、消えろ!」

魔導師たちがウィンドウを無視して、魔法を発動させようとする。
それが命取りだった。

───────────────────
>>> PAYMENT_ERROR
[残高不足]:所持マナでは足りません
[強制執行]:不足分を【 寿 命 】から徴収します
>>>
───────────────────

――ジュワッ。

何かが蒸発するような、乾いた音が戦場に響いた。

「……え?」

先頭にいた魔導師が、呆けた声を出す。
次の瞬間、彼の腕がしわくちゃに萎み、豊かな髪が白髪へと変わり――

そして、ボロボロのミイラのように崩れ落ちた。

カサリ……。
肉体が砂になって散る音。
そこには、水分も、温かみも、生臭ささえもない。
ただ、古い図書館の奥のような、乾いた埃の匂いだけが広がった。

「な……ッ!?」

将軍が目を見開く。
だが、連鎖は止まらない。
魔法を維持しようとしている魔導師たちが、次々と急速に老化していく。

ミシミシ、パキパキ……。
骨がもろくなり、関節が外れる音が連鎖する。

若者が老人へ、老人が骸骨へ、骸骨が塵へ。
ほんの数秒前まで最強を誇っていた軍団が、まるで早回しの映像を見ているかのように朽ち果てていく。

「ひ、ひぃぃぃ!? なんだこれは!? 俺の体があぁぁぁ!」
「やめろ! 吸い取られる! 俺の時間がぁぁぁ!」

阿鼻叫喚の地獄絵図。
しかし、そこに血の臭いはない。
あるのは、乾燥した皮膚が擦れる音と、舞い上がる死の砂埃の乾いた匂いだけ。

「……これが内部化インターナリゼーションです」

私は城壁の上から、冷ややかに告げた。
目の前で数千人が塵に変わっていく光景を見ても、私の声色には微塵の動揺もない。

「貴方たちは今まで、環境破壊のコストを世界(他人)に押し付けてきた。……だから、そのコストを『本来払うべき本人』にお返ししただけです」

巨大な魔法『虚無の業火ヴォイド・フレア』は、術者たちの消滅と共に、維持できずに霧散した。

残されたのは、風に舞う大量の砂と、恐怖で腰を抜かした歩兵たちだけ。

ザァァァァ……。
乾いた風が吹き抜け、砂埃を彼方へと運んでいく。

「お、おい……」

盾を構えたまま硬直していたガントが、ポカンと口を開けていた。

「俺の出番は……? 盾、一回も使ってないんだが……」

「経費削減ですよ、ガント。貴方の盾が壊れたら修理費がかかりますから」

「そ、そうか……。いや、助かったが……なんか釈然としねぇ……」

ガントが複雑そうな顔で盾を下ろす。
一方、敵軍はパニックに陥り、我先にと武器を捨てて逃げ出していた。

その中に、一人だけ呆然と立ち尽くす男がいた。
元勇者アルヴィンだ。

「あ、危なかった……。俺が魔法使いじゃなくてよかった……」

――プリン プリン♪
静まり返った戦場に、アリスの端末から間の抜けた完了音が鳴った。

>>> TAX_COMPLETE
[徴収結果]:1,532名(全損)
[環境修復]:徴収した生命力で補填完了
[ 判定 ]:黒字(SURPLUS)
>>>

「……ふぅ。これで少しは、この世界の空気も綺麗になるでしょう」

私は眼鏡の曇りを指で拭った。
物理的な攻撃は一切していない。
ただ、「正当な対価」を支払わせただけ。

「さて、社長。……敵の主力は壊滅しました。残るは事後処理(講和会議)ですね」

私は震える敵将軍を見据え、ニッコリと微笑んだ。

「これからの平和維持費……高くつきますよ?」

(続く)

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