第29話:中途半端な掃除は『逆効果』

 阿鼻叫喚の光景。

「ひぃぃぃ! 来るな! こっち見るな!」

「社長! しっかりしてください! あなたの指示がないと!」

 最強のS級清掃員・灰坂ソウジは、人事部長の剣崎の背中に隠れて震えていた。
 彼の視界には、テラテラと黒光りする『プレデター・コックローチ(黒の捕食者)』の大群が映っている。

 生理的嫌悪感が限界突破し、解析ゴーグルすらエラーを吐き続けている状態だ。

「くそっ! 物理攻撃が当たりません!」

 剣崎が鞄を振り回すが、Gの動きは異常に速い。
 カサカサッ! という不快な音と共に、壁から天井へと自在に移動し、予測不能な軌道で襲いかかってくる。

「ええい! 聖なる光よ、不浄を焼き払いなさい! ホーリー・レイ!」

 セシリアが杖(布団叩き)を掲げ、光魔法を放つ。
 しかし、Gたちは残像を残すほどのスピードで回避し、魔法は虚しく壁を焦がすだけだ。

「速すぎますわ! 狙いが定まりません!」

「ミカエル! 空からなんとかならんか!」

「無理ですソウジ様! この狭い坑道では、私の翼が引っかかって……うわっ!」

 ミカエルも天井付近でGと空中戦を繰り広げているが、数の暴力に押されている。
 このままでは全滅だ。

「…………ッ!!」

 追い詰められたソウジの中で、何かが切れた。
 恐怖が極限に達し、逆ギレに近い感情が爆発する。

「ええい、鬱陶しいんだよ! 近づくなと言ってるだろ!」

 ソウジは震える手で、背中のタンクに直結した三本ノズルの銃身を構えた。
 超高圧スチーム洗浄機『ケルベロス・ヒャッハー』だ。
 太陽の黒点や運命の記述すら消した神話級清掃具だが、今の彼には「虫を吹き飛ばす水鉄砲」にしか見えていない。

「高圧スチームで、彼方へ消え去れェェェ!」

 ブシュゥゥゥゥゥゥッ!!

 轟音と共に、三つのノズルから超高圧・超高温の蒸気が噴射された。
 それは正確にGの群れを捉え、その黒い甲殻を直撃した。

「やったか!?」

 剣崎が叫ぶ。
 凄まじい水圧と熱量だ。普通のモンスターなら細胞ごと蒸発しているはずだ。

 だが。
 蒸気が晴れた後、そこにいたのは――。

 ピカーーーーーッ!!

 眩いばかりの光を放つ、銀色の集団だった。

「……は?」

 ソウジが呆然と呟く。
 Gたちは死んでいなかった。
 それどころか、スチームに含まれる微細な水粒子が、超高速で衝突したことで『ウォータージェット加工』のように表面をナノレベルで平滑化してしまった結果、「鏡面仕上げ(ミラー・フィニッシュ)」の状態になっていたのだ。

「キシャァァァァッ!!(スッキリしたァァ!)」

 Gたちが歓喜の声を上げる。
 体が軽くなり、動きのキレが増している。
 そして何より、その背中は鏡のように周囲の景色を反射していた。

「な、なんか綺麗になってますわよ!?」

「いや、逆にキモさ倍増です! 輝くGとか最悪すぎます!」

『うわあああ! ピカピカになってるwww』
『余計なことをwww』
『シルバー・コックローチ爆誕』
『輝いてる分、ディテールがはっきり見えて地獄』
『防御力上がってんじゃねーか!』
『掃除が裏目に出た初めてのケース』

「くっ、怯むな! もう一度魔法で……ホーリー・レイ!」

 セシリアが再び光魔法を放つ。
 閃光が先頭のG――いや、プラチナ・コックローチに直撃した。

 カィィィン!!

 硬質な音が響いた。
 魔法の光は、鏡面化した背中で完璧に反射(リフレクト)され、そのままソウジたちの足元へと跳ね返ってきた。

 ドカーーン!!

「うわぁぁぁ!?」

 爆風に吹き飛ばされる一行。
 Gのスキル【鏡面反射(ハイパー・リフレクション)】の発動だ。

「は、跳ね返された!? 魔法が効きません!」

 剣崎が渾身の力で鞄を叩きつけるが、表面が滑らかすぎてツルンと滑り、勢い余って剣崎が盛大に転ぶ。そしてGの群れに突っ込みそうになる。

「うわぁーー! 物理もダメだ! ツルツル滑って攻撃が通らねぇ!」

 絶望的な状況に、ソウジはガクリと膝をついた。
 彼の脳裏に、数時間前の駄菓子屋での会話が蘇る。

『塩の粒子で研磨するんです。表面を削って、ツルツルに磨き上げるんですよ』

「しまっ……!」

 ソウジは頭を抱えた。

「茶渋の『研磨』と同じだ! 俺はこいつらを……『ワックス掛け』しちまったんだ!」

 ただでさえ強敵だった「黒の捕食者」を、自らの手で「白銀の無敵要塞」へと進化させてしまった。
 掃除屋としての技術(スキル)が、最悪の形で牙を剥いた瞬間だった。

『塩研磨の伏線回収そこかよwww』
『まさかの敵へのバフ(強化)』
『磨けば光る原石(G)だったか……』
『詰んだ』
『誰か殺虫剤持ってこい!』

 輝くGの大群が、一斉に羽を広げる。
 その光景は、もはや悪夢を超えた地獄絵図だった。

(続く)

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