第30話(第1部完結) 排出量取引。平和を「金」で支配する ~剣を捨ててください。これからは「魔導計算機(電卓)」が武器の時代です~

魔王城・謁見の間。
そこには、剣呑な殺気と、張り詰めた熱気が渦巻いていた。

「ふざけるな……! 我が国は誇り高き資源大国バグラム! 貴様らごとき新参の魔王軍に、屈してたまるかぁぁ!」

敗戦したはずの資源王が、隠し持っていた魔導指輪を光らせ、ゼノンに襲いかかろうとする。
最後の悪あがき。
だが、その腕が振り下ろされるより速く、剛腕が空を裂いた。

ドゴォォォォン!!
「ぬんッ!!」

ゼノンの拳が、王の鼻先数センチの床を粉砕した。
爆風だけで王の体が吹き飛び、壁に叩きつけられる。
舞い上がる瓦礫の粉塵と、焦げた石材の匂いが室内に広がった。

「がはっ……!?」

「往生際が悪いぞ、小僧。……余が本気になれば、貴様の国など指先一つで消し炭にできると知れ」

ゼノンが玉座から立ち上がり、部屋全体を揺るがす覇気を放つ。
その圧倒的な「武の暴力」に、資源王は恐怖で縮み上がった。

「ひぃっ……! あ、悪魔め……!」

「そうだ。余は魔王だ。……だがな」

ゼノンは腕を組み、傍らに控える私に視線を送った。

「余の部下(CFO最高財務責任者)は、余よりも恐ろしいぞ? ……感謝せよ。命があるだけマシだとな」

私は眼鏡の位置を直し、静かに歩み寄った。
そして、分厚い書類の束を、震える王の目の前に放り投げた。

バサリ、と重たい音が響く。

「処刑もしませんし、領土もいりません。……ただ、この協定にサインしていただくだけで結構です」

「……き、協定だと?」

王が脂汗を流しながら書類をめくる。
そこに書かれていたのは、降伏文書ではなく、見たこともない経済ルールの羅列だった。

国際マナ排出量取引協定Global Cap and Trade

「これは……なんだ?」

「簡単なルールですよ。今後、世界中の国々に魔法使用権エミッション・ライトを割り当てます」

私は空中にグラフを投影し、子供に教えるように説明した。

[Global Cap and Trade|《国際マナ排出量取引協定》]
───────────────────
▼ 排出枠上限(単位:マナ)

[DEMON HD] デーモン・HD
■■■■■■■■■■
1,068,000,000,000,000

[BAGRAM KDM] バグラム王国
□□□□□□□□□□
3,405,000,000,000

[VAIG GEHENNA] ヴァイグ・ゲヘナ
■■□□□□□□□□
153,600,000,000,000

[MORD GHASTIL] モルドガシュティル
■□□□□□□□□□
112,800,000,000,000

術式付与済:自動執行術式オート・エグゼキューティング・テクニック
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「世界のマナ濃度を守るため、各国が使っていい魔法の総量に『上限(キャップ)』を設けます。……もし上限を超えて魔法を使いたい場合は、我が社が発行する『追加枠』を購入しなければなりません」

「な、なんだと……?」

「貴国は今回、環境を破壊しすぎました。よって、向こう10年間の割り当ては『極小』です。……生活魔法を使うのがやっとですね」

王の顔が青ざめる。魔法が使えなければ、産業も軍事も成り立たない。

「そ、そんな馬鹿な! それでは国が回らん! もっと枠を寄越せ!」

「では、枠を買ってください」

「ふざけるな! 我が国の国庫(マナ)は空だぞ! 払えるものなどない!」

「ええ、存じています。現金(マナ)がないのでしたら……労働力や土地の権利などの現物資産で支払っていただきます」

私は冷たく宣告した。
金がないなら、身を切って払えということだ。

「それに、この協定書には自動執行術式オート・エグゼキューティングが組み込まれています。もし隠れて魔法を使えば……先日の戦いで見せた通り、国民の寿命が自動的に引き落とされます」

「……ッ!?」

「逃げ場はありませんよ。……我々のインフラに依存して生きるか、それとも魔法を使わずに滅びるか。二つに一つです」

王が絶望に崩れ落ちる。
剣で支配すれば反乱が起きる。だが、このシステムなら……彼らは生きるために、自ら進んで我が社に隷属し続けることになる。

「わ、分かった! サインする! 国だけは……国だけは残してくれぇ!」

王が震える手で署名をする。
その瞬間、契約術式が発動し、目に見えない鎖がバグラム全土を縛り上げた。

武力ではなく、キャッシュフローによって支配される新たな秩序が完成したのだ。

数日後。魔王城の地下工場。
そこには、戦後処理で捕虜となった兵士たちが働かされているエリアがあった。

――ブォォォォン!!

巨大なタービンが唸りを上げている。
その中心部、最も負荷のかかる「炉心エリア」に、一人の男が封入されていた。

「ぐぉぉぉぉっ! あづい! あづいぞぉぉぉ!」

元勇者アルヴィンだ。
彼は半裸で全身に魔導コードを繋がれ、必死にペダルを漕ぎ続けている。
だが、彼が行っているのは単純な労働ではない。

「素晴らしい数値です。……さすがはSランク勇者」

私がモニターを確認しながら近づくと、アルヴィンがガラス越しに叫んだ。

「おいクリフ! これどういうことだ! なんで俺の周りだけ、こんなに汚いマナが集まってくるんだよぉ!」

「説明しましょう。……我々の新エネルギー『地脈レイライン』は、地下から吸い上げた直後は不純物(瘴気)を含んでいます。通常なら、これを除去するのに莫大なコストがかかるのですが……」

私はニッコリと笑った。

「貴方の固有スキル聖なる加護ホーリー・プロテクション。……これ、あらゆる邪気を無効化しますよね?」

「え? あ、ああ。俺の体は聖なる力で守られてるからな!」

「つまり貴方は、そこにいるだけで瘴気を浄化できる最高性能の生体フィルターなんです」

そう。彼をここに配置したのは、単なる嫌がらせではない。
彼の「勇者体質」こそが、このプラントを安定稼働させるための最重要パーツ(触媒)なのだ。

「貴方が全力でペダルを漕ぎ、聖なる汗を流せば流すほど、我が社のエネルギーはクリーンになります」

「な、なんだってー!? 俺、すげぇ重要人物ってことか!?」

「ええ、替えが効きません。……あと200年ほど、その『聖なる力』で魔界のインフラを支えてくださいね」

「任せとけ! ……って、やっぱり200年かよぉぉぉ! 出せぇぇ! 勇者の使い方が間違ってるぞぉぉ!」

アルヴィンの元気な絶叫が、タービンの音にかき消されていく。
これで彼も、立派な魔王軍の社畜(インフラ)だ。
私は満足して踵を返した。

魔王城・バルコニー。
心地よい風が吹く中、私はゼノンと共に復興しつつある城下町を見下ろしていた。
街には地脈エネルギーの明かりが灯り、市場には商品が溢れ、市民たちの笑顔が戻っている。

「……良い国になったな、クリフ」

ゼノンが満足げに呟く。
その横顔には、かつてのような焦りや悲壮感はない。

「余が力でねじ伏せていたら、この景色は見られなかったかもしれん。……礼を言うぞ」

「仕事をしただけです、社長。……それに」

私は眼鏡を外し、夕日に向けてかざした。
レンズ越しに見える世界は、無数の数字と契約で編み上げられている。

「戦争は終わりましたが、ビジネスはこれからです。……排出権取引、復興需要、新エネルギー輸出。来期の決算は、過去最高益になりますよ」

「ははは! まったく、お主には敵わんわ!」

ゼノンが豪快に笑い、私の背中を叩く。
魔王軍は生まれ変わった。
暴力ではなく知性で。
恐怖ではなく経済で。

これは、倒産寸前の魔王軍を立て直した、一人の会計士の物語。
そして魔界は、新たな「唯一の魔王ゼノン(CEO)」の管理下に置かれることになったのだ。

最後に、私は懐から手帳を取り出し、今期の「決算報告書」を記録した。

 

[第1部:決算公告](単位:億マナ)
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【損益計算書(P/L)】
売上高  :
50→5,000(↑100倍)
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営業利益 :
△20→4,200(黒字転換)
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当期純利益:
△25→3,800(V字回復)
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【貸借対照表(B/S)】
資産の部 :
・地脈プラント(新設)
・国際物流網(独占)
・勇者アルヴィン(有形固定資産/耐用年数200年)
負債の部 :
・戦争債務(完済)
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【監査意見】
無限定適正意見(アンクォリファイド)
担当CFO(最高財務責任者):クリフ・オーデル

>>> SEASON_1 CLOSED.
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──第1部 完──

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