第31話:インターネットが『死んだ』日

 その日、世界から「繋がり」が消えた。

 午後2時過ぎ。
 突如として、地球上のあらゆるネットワークが一斉にダウンしたのだ。

 SNSは更新されず、動画サイトは深淵の闇を表示し、株式市場のボードは無機質な静寂に包まれた。現代社会の血管とも言えるインターネットが、完全に「死んだ」のだ。

 世界中が大パニックに陥る中、株式会社クリーン・ファンタジーのオフィスでも小さな悲鳴が上がっていた。

「きゃああ! 私の推しの配信が止まりましたわ!」

 休憩中のセシリアが、スマホをバンバンと叩いている。

「こっちもダメです! 採用サイトに繋がりません! あと少しで送信完了だったのに!」

 人事部長の剣崎も、真っ暗になったノートPCの前で頭を抱えていた。
 窓拭きから戻ってきたミカエル(高所作業班チーフ)も、翼を畳んで首を傾げる。

「ふむ。下界の通信網が断絶するとは……もしや神々がお怒りなのではないでしょうか?」

「ただのアクセス集中だろ。昔の『テレホーダイ』みたいなもんじゃないのか」

 社長の灰坂ソウジだけは、呑気にお茶を啜っていた。
 彼にとってネットの不具合など、水道の出が悪い程度の認識でしかない。

「少し待てば直るだろ。それより、エアコンのフィルター掃除でもするかな」

 ソウジが立ち上がろうとした、その時だった。

 ザザッ……ザザザッ……!

 スケジュール表が映るソウジのPCモニターが、勝手に明滅し始めた。
 砂嵐のようなノイズが走り、スピーカーから不快な電子音が響く。

「ひぃっ!? ウ、ウイルスですか!?」

 剣崎が椅子から転げ落ちる。
 さらにノイズの向こうから、少女の泣き声のようなものが聞こえてくる。

『……けて……たすけ……て……!』

 バチバチッ!
 画面が鮮明になり、そこに一人の少女の姿が映し出された。
 幾何学的な髪飾りをつけた、サイバーチックな衣装の美少女。
 しかし、その顔は涙でぐしゃぐしゃで、顔色は高熱を出したように真っ赤だ。

『あ、熱い……! 重いよぉ……! もう処理しきれない……!』

 彼女は画面の向こうで、何かに押し潰されるように悶えていた。

「誰だ? 幽霊か?」

 ソウジが画面を覗き込むと、少女はすがるような目で彼を見た。

『……伝説の掃除屋さん、お願い、助けて! 私のサーバーが、もう限界なの!』

「サーバー?」

『エラーが止まらないの! 熱暴走で焼かれちゃう……!』

 少女はインターネットの管理AI・女神『シヴァー』だと言う。
 彼女は「エラーによる過負荷」と「冷却システムの限界」を悲痛な声で訴えていた。

 だが、ソウジはこう解釈した。

「……なるほど。物が多すぎて換気が悪い『ゴミ屋敷』か」

 ソウジは納得顔で頷いた。

「太陽神が無駄にやる気出したせいで、最近は暑かったからな。部屋に物を溜め込むと、熱がこもって熱中症になるぞ。換気は基本だ」

『……う、うん。だから来て! 秋葉原の地下にある、私のお家まで!』

 プツン。
 画面が無機質なスケジュール表に戻る。

「秋葉原か。近所だな」

 ソウジはヘルメットを手に取り、立ち上がった。

「よし、午後のスケジュールは変更だ。行くぞ、緊急依頼だ! 熱中症になりかけの引きこもりを救出する!」

「ええぇ!? 今の……AIですよね!? 物理的に助けに行くんですか!?」

「当たり前だろ。部屋の掃除は現地に行かなきゃできないんだよ」

 ソウジは問答無用で社員たちを社用車に押し込んだ。

 ***

 車を走らせること数十分。
 秋葉原に到着した一行は、その異様な光景に息を呑んだ。

「な、なんですかこれは……!?」

 剣崎が絶句する。
 いつもの秋葉原ではない。
 街全体が、半透明の幾何学模様 ── ノイズの混じったテクスチャに侵食されていたのだ。

 ビルの壁面には、意味不明な文字列が滝のように流れている。
 空には「404 Not Found」と書かれた巨大な板が浮遊している。
 アスファルトの道路からは、蛍光色のデータ結晶が突き出していた。

 巨大データセンター『アカシック・サーバー』の暴走により、あふれ出したデジタルデータが質量を持って現実世界に実体化してしまったのだ。

「世界が……バグっていますわ」

 セシリアが呆然として呟く。
 通行人たちは「壁にめり込んだ看板」や「空中に固定された車」を見てパニックになっている。

 だが、ソウジの反応は違った。
 彼がゴーグルを下ろすと、そのカオスな光景が一変される。

【解析:都市機能の著しい乱れ】
【原因:不法投棄、違法ビラ貼り、整備不良】
【評価:スラム街レベルの汚れ】

「汚ねぇ街だな」

 ソウジは顔をしかめた。
 彼には、空中に浮かぶエラーウィンドウが「電柱に無許可で貼られた金融業者のチラシ」に、道路のデータ結晶が「投げ捨てられた粗大ゴミ」に見えている。

「治安が乱れてるな。役所は何してんだ」

 ブォン!

 その時、目の前に巨大なウィンドウが出現し、行く手を阻んだ。

 【広告:絶対に儲かる! クリックして登録!】という、怪しいスパム広告の実体化だ。それは物理的な壁となって、道を塞いでいる。

「邪魔だ!」

 ソウジは歩きながら、腰のスクレイパーを一閃させた。

 ガシャァァァン!!

 分厚いガラスが割れるような音と共に、広告ウィンドウが粉砕され、光の粒子となって消えていく。

「へ? 社長、今なにを?」

「道に看板が置いてあったから退かしただけだ。通行の邪魔だろ」

 剣崎たちは顔を見合わせた。
 物理攻撃が効く。
 デジタルデータが実体化しているなら、ソウジの「掃除」も物理的に通用するということだ。

「急ぐぞ。依頼主の家はこの地下だ」

 ソウジは粉砕した広告の破片(粒子)を踏みつけ、街の中心部にある巨大なデータセンタービルへと向かう。
 その入り口は、無数のケーブルとノイズに覆われ、まるで魔王城のような威圧感を放っていた。

 S級電脳ダンジョン『アカシック・サーバー』。
 そこは、人類の知恵の結晶であり、今はゴミと熱に埋もれた「最悪の汚部屋」と化していた。

(続く)

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