第33話 魔王軍システムダウン。その隙に「社畜勇者」が脱走しました ~メインバンクが凍結されて給与未払いになった件~

一方その頃。
魔界の最奥に位置する、株式会社・魔王軍本社ビル(魔王城)。

普段は24時間稼働の不夜城として煌々と輝いているその巨塔が、今はまるで停電したように沈黙し、内部は大混乱に陥っていた。

ビーッ! ビーッ! ビーッ!

非常用電源のアラート音だけが、虚しく響き渡っている。

「ええい、どうなっているのだ! なぜ照明がつかん! なぜエレベーターが動かんのだ!」

社長室(玉座の間)。
魔王ゼノンが、真っ暗な執務机をバンバンと叩いて吠えていた。
彼の目の前に浮かぶホログラムウィンドウには、無慈悲なエラーメッセージが表示されている。

[System Critical] 決済承認エラーPAYMENT_REJECTED
―――――――――――――――――――
対象口座:
聖教国 中央銀行管理
(株)デーモン・HD メイン口座

エラー内容:
【口座凍結・取引停止措置 (SWIFT BAN)】

影響:
契約者(CFO最高財務責任者: Cliff_Ardel)の署名権限が無効化されました。
これにより、以下の自動引き落とし処理が失敗しました。

1. 城内魔力循環システム維持費
2. 全自動警備ゴーレム運用OS(機械警備)
3. 全従業員給与振込(Payroll Transfer)
―――――――――――――――――――

「け、決済不能だと……!? あのクリフが金を払い忘れるなどありえん!」

側近の将軍が、脂汗を流しながら報告する。

「へ、陛下! 経理部からの報告によると、CFO最高財務責任者が聖教国で『経済制裁』を受けたようです! 聖教国が管理する国際決済網から締め出されたため、中央銀行に預けてある我が軍の運営資金が一切動かせません!」

「な……なんだと!? しかし、我が軍の預金は彼らの銀行にとっても『人質』のはずだぞ!? それを凍結などすれば、聖教国の銀行自体が連鎖倒産するはずだ!」

「はい、通常の指導者なら絶対にやりません! ですが……相手は自国の経済崩壊すら厭わない『狂人』のようです……!」

「ぬおおおおおッ! インフラ(金融)を人質に取りおって……!!」

魔王の絶叫が、暗闇の城に木霊した。
最強の魔王軍といえど、経済システムを外部依存していたツケが、最悪の形で回ってきたのだ。

そして。
その混乱は、城の地下深くにある「懲罰房エリア」にも波及していた。

ガコンッ……プシュー……。

電子ロックされていた重厚な鉄扉が、電力喪失により自動的に開放(アンロック)される。

その部屋で、ボロ雑巾のような囚人服を着て、モップ掛けをしていた少女――元・聖女ミナは、顔を上げた。

「……あら?」

彼女は手を止め、開いた扉と、消えた監視カメラを見上げた。
廊下からは、警備兵たちの慌ただしい足音と、「給料よこせ!」という怒号が聞こえてくる。

「警備システムが落ちてる……。それに、この騒ぎ……」

ミナの瞳が、暗闇の中でギラリと光った。
かつての勇者アルヴィンと共に、魔王軍に捕まり、強制労働に従事させられていた転落の聖女。

だが、彼女の「野心」は、便所掃除の日々の中でも擦り切れてはいなかった。

「……チャンス」

彼女はモップを放り投げると、迷わず廊下を走り出した。
目指すのは出口ではない。

さらに奥――「特別管理区域」にある、地脈プラントだ。

地下最深部。地脈浄化プラント。

そこには、巨大なパイプと複雑な装置に繋がれた一人の男がいた。
元・勇者アルヴィン。

彼の体には無数のチューブが刺さり、ドロドロとした黒い液体(瘴気)が注入されている。
彼は苦悶の表情で脂汗を流しながら、ペダルを必死に漕ぎ続けていた。

「ぐっ……うぅ……! 浄化……ろ過……出力安定……」

【生体フィルター兼動力源】それが彼に与えられた役割だ。

地下から湧き出る有毒な「瘴気」を勇者の聖なる肉体でろ過し、クリーンな「マナ」に変換して城の動力を生み出す。
常人なら数分で廃人になる作業を、彼はそのタフさだけで耐え抜いていた。

「アルヴィン様!」

そこへ、ミナが飛び込んできた。

「ミ……ナ……?」

アルヴィンが虚ろな目で顔を向ける。

「さあ、行きますよ! 今なら誰も見ていません!」

ミナは手際よく制御盤を操作しようとするが、パスワードロックがかかっている。
だが、彼女は舌打ち一つすると、落ちていたパイプ椅子を拾い上げ、制御盤に全力で叩きつけた。

ガシャァァァン!!

物理ハッキング。
火花が散り、アルヴィンへの瘴気供給が止まる。
と同時に、プラント全体の稼働音が停止した。

ブツンッ。

魔王城から、完全に「主電源」が失われた瞬間だった。
城内が完全な闇に包まれようとした、その時。

『――Alert. Main Power Lost.』

無機質なシステム音声が響き渡った。

『炉心(Unit: Alvin)の切断を確認。
直ちに【緊急フェイルセーフ・プログラム】へ移行します。
予備電源(UPS)起動。……接続完了』

ウィィィィン……!
予備の魔力タンクが唸りを上げ、城内の非常灯が赤く点灯する。
だが、その光は頼りなく明滅していた。

『警告: 予備電源の残存エネルギーは極小です。
現在の消費ペースでの稼働限界予測――あと、8日(192時間)。
それを過ぎると、全システムが恒久的に停止(Blackout)します』

「はぁ……はぁ……! 助かっ……た……?」

アルヴィンが床に崩れ落ちる。長期間の「ろ過作業」で、彼の肉体はボロボロだが、体内に蓄積されたマナの純度は以前よりも高まっている。

「しっかりしてください! 逃げますよ! 城が落ちる前に!」

「に、逃げる……? でも、今日の浄化ノルマが……」

「そんなものバックれればいいんです! あとは野となれ山となれよ!」

ミナはアルヴィンの腕を強引に引き、自分の肩に担いだ。

「どこへ……行くんだ……?」

「決まってるでしょ」

ミナはニヤリと笑った。
その笑顔は、かつての聖女のような清廉さはなく、欲望と計算に満ちた「悪女」のものだった。

「『聖教国エリュシオン』よ」

「え……?」

「魔王軍はもうオワコンよ。給料も払えないような会社に未練はないわ。
それに……今のあなた(高純度マナの塊)は、あっちの国に行けば『最高の商材』になるわ」

彼女は計算していた。
今、世界で最も景気がいいのは聖教国だ。
魔王軍の内部情報を手土産に亡命し、自分たちは「悲劇の英雄」としてプロデュースされる。
そして、あと8日で魔王城が沈黙すれば、自分たちの追手はいなくなる。完璧な計画だ。

「アルヴィン様。あなたは私がいないとダメなんですから」

ミナはアルヴィンの頬を優しく、しかし独占欲たっぷりに撫でた。

「あの堅物会計士(クリフ)も、生意気なハッカー(アリス)もいない。……これからは、私と二人で『アイドル勇者』として一発逆転するのよ!」

警備が機能不全に陥った裏口から、二つの影が雪の荒野へと飛び出した。

魔王軍、聖教国。
二大勢力が経済戦争で睨み合う中。

どちらにも属さない、しかし最も予測不能な「第三勢力(ジョーカー)」が、野に放たれた瞬間だった。

[System Notification] インシデント報告INCIDENT_REPORT
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発生場所: 魔王城・地下特別区画
被害状況:

1. 囚人番号001(Mina)脱走
2. 囚人番号002(Alvin)強奪
3. メイン動力炉(Critical Failure)

※ 警告:
全システム停止まで、残り [ 07日 23時間 59分 ]。
CFO最高財務責任者クリフ・オーデルによる早急な事態収拾が求められます。
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(続く)

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