第33話:炎上には『フェンリル・ロアー』

 スライム状クリーナーで「バグ(お菓子のカス)」を一掃し、サーバー室の入り口エリアをクリアしたソウジたち。
 しかし、奥へ進もうとしたその時、事態は急変した。

「……ん? なんか焦げ臭くないか?」

 ソウジが鼻をひくつかせた。
 先ほどまで快適だった空調が、急激に熱気を帯び始めたのだ。
 通路の奥から、モワッとした不快な熱風と、視界を遮るほどの「煤煙」が押し寄せてくる。

「気温上昇……! 異常です、摂氏50度を超えています!」

「天井が……赤く染まっていきますわ!」

 剣崎とセシリアが上を見上げる。
 天井付近の空間が真っ赤に焼け付き、そこから無数の「燃える鳥」が金切り声を上げて急降下してきた。
 ネット上で発生した『炎上』の具現化だ。

 さらに、鳥の羽ばたきに合わせて、白い「紙吹雪」が嵐のように舞い散る。
 『スパムメール』の物理攻撃だ。
 燃え盛る感情の炎と、無尽蔵に増殖するゴミデータの嵐が、一行を飲み込もうとする。

「ひぃぃッ! 熱い! 痛い! 紙の角が刺さります!」

「悪意の波動が凄まじいです……! これほどの負の感情、聖女の私でも浄化しきれません!」

 阿鼻叫喚の地獄絵図。
 だが、最強の清掃員・灰坂ソウジの【真実の魔眼(ゴーグル)】は、この光景を冷徹に「翻訳」していた。

【解析:焼却炉の不完全燃焼】
【成分:燃えるゴミ、有害な煙】
【対処:急速冷却による鎮火】

「げほっ! 煙てぇな! どこの焼却炉だ!?」

 ソウジは口元をタオルで覆い、不快そうに煙を払った。

「最悪だ。ゴミはちゃんと分別してから捨てろよ。焼却炉が壊れたらどうすんだ!」

 その時、ミカエルがバサァッ! と翼を広げて前に出た。

「お任せください、ソウジ様! あの荒ぶる魂たち……私が鎮めてみせましょう!」

 元・大天使長は、燃え盛る鳥たちに向かって両手を広げた。

「迷える仔羊たちよ! 怒りを静めなさい! 争いは何も……」

 ドォォン!!

 ミカエルの正論を聞いた瞬間、鳥たちの炎が倍以上に膨れ上がり、彼を飲み込んだ。
 ネットの炎上において、中途半端な説教は「最高の燃料」でしかない。

「ギャアアアア! な、なぜですか!? 正しいことを言っているのに、余計に燃え上がりましたーッ!?」

「バカ野郎! 燃えてるゴミに息を吹きかける奴があるか! 酸素供給してどうする!」

 ソウジが黒焦げになったミカエルを引き戻す。
 その間にも、白い煤(スパム)は降り積もり、足の踏み場をなくしていく。

「くそっ、このままじゃ埋もれちまう……!」

 その時。
 一人の男が、前に出た。

「……社長。あの『燃えカス(スパム)』の処理、私がやります」

 人事部長・剣崎だ。
 彼は舞い散る大量のスパム──「架空請求」「フィッシング詐欺」「怪しい未亡人からのメール」を見つめ、静かにキレていた。

「私はねぇ……毎日毎日、何万通もの応募メールとスパムを仕分けるのが仕事なんですよ……!」

 カッ!!
 剣崎の目が青く発光した。
 スキル発動――【超高速スパムフィルタリング(事務処理Ver.)】

「消えろォォォッ!!」

 シュババババババババッ!!

 剣崎の両手が残像と化した。
 空中で襲い来るスパムを、目にも留まらぬ速さで鷲掴みにし、次々と仕分けしていく。

「これは詐欺! 焼却炉行き!」
「これは広告! リサイクル!」
「重要度『低』! 『低』! 『低』ッ!!」

 剣崎の鬼神のごとき働きにより、視界を遮っていた煤煙がすべてゴミ袋に圧縮された。

「おおっ、すげぇな剣崎! 高性能集塵機みたいだぞ!」

「集塵機扱いはやめてください!
 ……はぁ、はぁ、でもキリがありません! あの『火』を消さないと!」

「ああ、分かってる。火がついたまま暴れるようなゴミはな……」

 ソウジは腰のホルダーから、一本の青白いボンベを引き抜いた。
 その表面には、氷の狼のエンブレムが刻まれている。

 【業務用・瞬間冷却スプレー『フェンリル・ロアー(氷狼の咆哮)』】

「頭を冷やして反省しやがれェェェッ!!」

 ガウッ! ヒュオオオオオオオオッ!!!

 ソウジがトリガーを引くと、狼の遠吠えのような噴射音と共に、絶対零度の冷気が解き放たれた。
 不燃性ガスで噴出される「氷のブレス」が「過剰な熱量(感情データ)」を強制的に沈静化させる。

『ギャッ!?(寒い!?)』
『ピギーッ!(勢いが削がれるぅ!)』

 冷気を浴びた燃える鳥(炎上)たちは、瞬時にカチンコチンに凍りついた。
 熱り立った感情も、物理的に凍らされれば沈黙するしかない。

「こっちもだ! 壁が焦げてるぞ!」

 ソウジはスプレーを乱射し、空間全体を冷却していく。
 パキパキパキ……。
 赤熱していた通路が、美しい氷の結晶に覆われ、静寂を取り戻していく。

「ふぅ……。やっと静かになったな」

 数分後。
 そこには、綺麗に凍りついた鳥のオブジェと、分別されたゴミ袋の山だけが残っていた。

「やれやれ。ゴミ出しのルールくらい守ってほしいもんだ」

 ソウジは空になった『フェンリル・ロアー』を振り、通路の奥――『女神の寝室』を睨みつけた。
 そこには、このゴミ屋敷(サーバー)の主とも言える、最も厄介な「絡まり合った怪物」が待っている。

(続く)

コメント

タイトルとURLをコピーしました