スライム状クリーナーで「バグ(お菓子のカス)」を一掃し、サーバー室の入り口エリアをクリアしたソウジたち。
しかし、奥へ進もうとしたその時、事態は急変した。
「……ん? なんか焦げ臭くないか?」
ソウジが鼻をひくつかせた。
先ほどまで快適だった空調が、急激に熱気を帯び始めたのだ。
通路の奥から、モワッとした不快な熱風と、視界を遮るほどの「煤煙」が押し寄せてくる。
「気温上昇……! 異常です、摂氏50度を超えています!」
「天井が……赤く染まっていきますわ!」
剣崎とセシリアが上を見上げる。
天井付近の空間が真っ赤に焼け付き、そこから無数の「燃える鳥」が金切り声を上げて急降下してきた。
ネット上で発生した『炎上』の具現化だ。
さらに、鳥の羽ばたきに合わせて、白い「紙吹雪」が嵐のように舞い散る。
『スパムメール』の物理攻撃だ。
燃え盛る感情の炎と、無尽蔵に増殖するゴミデータの嵐が、一行を飲み込もうとする。
「ひぃぃッ! 熱い! 痛い! 紙の角が刺さります!」
「悪意の波動が凄まじいです……! これほどの負の感情、聖女の私でも浄化しきれません!」
阿鼻叫喚の地獄絵図。
だが、最強の清掃員・灰坂ソウジの【真実の魔眼(ゴーグル)】は、この光景を冷徹に「翻訳」していた。
【解析:焼却炉の不完全燃焼】
【成分:燃えるゴミ、有害な煙】
【対処:急速冷却による鎮火】
「げほっ! 煙てぇな! どこの焼却炉だ!?」
ソウジは口元をタオルで覆い、不快そうに煙を払った。
「最悪だ。ゴミはちゃんと分別してから捨てろよ。焼却炉が壊れたらどうすんだ!」
その時、ミカエルがバサァッ! と翼を広げて前に出た。
「お任せください、ソウジ様! あの荒ぶる魂たち……私が鎮めてみせましょう!」
元・大天使長は、燃え盛る鳥たちに向かって両手を広げた。
「迷える仔羊たちよ! 怒りを静めなさい! 争いは何も……」
ドォォン!!
ミカエルの正論を聞いた瞬間、鳥たちの炎が倍以上に膨れ上がり、彼を飲み込んだ。
ネットの炎上において、中途半端な説教は「最高の燃料」でしかない。
「ギャアアアア! な、なぜですか!? 正しいことを言っているのに、余計に燃え上がりましたーッ!?」
「バカ野郎! 燃えてるゴミに息を吹きかける奴があるか! 酸素供給してどうする!」
ソウジが黒焦げになったミカエルを引き戻す。
その間にも、白い煤(スパム)は降り積もり、足の踏み場をなくしていく。
「くそっ、このままじゃ埋もれちまう……!」
その時。
一人の男が、前に出た。
「……社長。あの『燃えカス(スパム)』の処理、私がやります」
人事部長・剣崎だ。
彼は舞い散る大量のスパム──「架空請求」「フィッシング詐欺」「怪しい未亡人からのメール」を見つめ、静かにキレていた。
「私はねぇ……毎日毎日、何万通もの応募メールとスパムを仕分けるのが仕事なんですよ……!」
カッ!!
剣崎の目が青く発光した。
スキル発動――【超高速スパムフィルタリング(事務処理Ver.)】
「消えろォォォッ!!」
シュババババババババッ!!
剣崎の両手が残像と化した。
空中で襲い来るスパムを、目にも留まらぬ速さで鷲掴みにし、次々と仕分けしていく。
「これは詐欺! 焼却炉行き!」
「これは広告! リサイクル!」
「重要度『低』! 『低』! 『低』ッ!!」
剣崎の鬼神のごとき働きにより、視界を遮っていた煤煙がすべてゴミ袋に圧縮された。
「おおっ、すげぇな剣崎! 高性能集塵機みたいだぞ!」
「集塵機扱いはやめてください!
……はぁ、はぁ、でもキリがありません! あの『火』を消さないと!」
「ああ、分かってる。火がついたまま暴れるようなゴミはな……」
ソウジは腰のホルダーから、一本の青白いボンベを引き抜いた。
その表面には、氷の狼のエンブレムが刻まれている。
【業務用・瞬間冷却スプレー『フェンリル・ロアー(氷狼の咆哮)』】
「頭を冷やして反省しやがれェェェッ!!」
ガウッ! ヒュオオオオオオオオッ!!!
ソウジがトリガーを引くと、狼の遠吠えのような噴射音と共に、絶対零度の冷気が解き放たれた。
不燃性ガスで噴出される「氷のブレス」が「過剰な熱量(感情データ)」を強制的に沈静化させる。
『ギャッ!?(寒い!?)』
『ピギーッ!(勢いが削がれるぅ!)』
冷気を浴びた燃える鳥(炎上)たちは、瞬時にカチンコチンに凍りついた。
熱り立った感情も、物理的に凍らされれば沈黙するしかない。
「こっちもだ! 壁が焦げてるぞ!」
ソウジはスプレーを乱射し、空間全体を冷却していく。
パキパキパキ……。
赤熱していた通路が、美しい氷の結晶に覆われ、静寂を取り戻していく。
「ふぅ……。やっと静かになったな」
数分後。
そこには、綺麗に凍りついた鳥のオブジェと、分別されたゴミ袋の山だけが残っていた。
「やれやれ。ゴミ出しのルールくらい守ってほしいもんだ」
ソウジは空になった『フェンリル・ロアー』を振り、通路の奥――『女神の寝室』を睨みつけた。
そこには、このゴミ屋敷(サーバー)の主とも言える、最も厄介な「絡まり合った怪物」が待っている。
(続く)
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