第34話 地下カジノ攻略 ~魔法が使えないなら、確率論(すうがく)で殴ればいい~

 聖教国の首都、その煌びやかな表通りから一本入ったスラム街。
 そこにある廃ビルの地下に、その店はあった。

 非合法賭博場『ゴールデン・ラット』。
 教義で賭博を禁じられているはずのこの国で、聖職者や衛兵たちが夜な夜な集まり、欲望を吐き出す掃き溜めだ。

 ムワッとした熱気と、紫煙、そして安酒の臭い。

「……うぅ、空気が悪い」

 アリスが鼻をつまんで顔をしかめる。
 彼女のフードを目深に被らせ、私は店内を見渡した。

 ルーレット、ダイス、カード。

 粗末なテーブルの上で、粗悪なチップと、聖教国の通貨である『聖貨(セイント)』が乱れ飛んでいる。

「へっ、とんだ伏魔殿だな」

 ガントが肩を鳴らす。
 その左腕には、赤錆びた円盤――昨日拾った「マンホールの蓋」が、革ベルトでしっかりと固定されていた。
 彼は懐から、ジャラジャラと硬貨を取り出した。

「大将、これで足りるか? さっきゴミ山から拾った銅線やパイプを売った金だ」

 金額にして、50,000聖貨。
 我々の感覚で言えば、50,000マナと同等の価値だ。
 これが、現在の株式会社デーモン・ホールディングスの全流動資産である。

「盾(マンホール)は売らなかったの?」

 アリスが尋ねると、ガントはニカっと笑って鉄塊を叩いた。

「馬鹿言え。こいつは俺の新しい『相棒』だ。……装備を売って金を作るなんてのは、三流のやることさ」

「頼もしいですね。……ええ、元手としては十分です」

 私は眼鏡の位置を直し、冷静に告げた。
 現在の私は、資産凍結により魔法(システム介入)が一切使えない。

 【即時監査】も【確率操作】も不可能。

 ただの「計算が得意な一般人」だ。

 だが、それで十分だ。
 相手が「魔法」ではなく「物理的なイカサマ」でくるなら、私の武器(頭脳)は凍結されていない。

「行きましょう。まずはルーレットです」

 ◇

 私たちは、店の中央にあるルーレット台の前に立った。
 客層は悪い。目が血走った聖騎士や、制服を着崩したシスターなどが、悲鳴と怒号を上げている。

「さあ張った張った! 神の恵みは誰の手に!」

 ディーラーは、片目に眼帯をした胡散臭い男だ。
 彼が盤面に球を投げ入れると、盤が勢いよく回り出す。

 カラカラカラ……。

 私はチップを賭けずに、その回転をじっと見つめた。
 1回、2回、10回……。

「……ふむ」

「どしたのクリフ? 賭けないの?」

「データを収集中です。アリス、あのディーラーの『手癖』と、盤面の『傾き』を見てください」

 私は小声で囁いた。
 魔法が使えなくても、物理法則は裏切らない。

1. 盤面の歪み: 老朽化した盤面は、わずかに右下(数字の15~25周辺)に傾いている。

2. ディーラーの癖: 彼は大金が賭けられたエリアを避ける際、投球の初速を微妙に緩めている。

3. 磁力反応: ガントの持つマンホール盾が、特定のタイミングで盤面の方へ微かに引かれている。

「……なるほど。電磁石による誘導ですね」

 典型的なイカサマだ。
 客が大きく張った場所を避け、胴元が回収するシステム。
 だが、その制御は雑だ。磁力が強すぎて、逆に「落ちる場所」が予測できる。

「ガント。全財産を貸してください」

「おう、頼むぜ!」

 私はガントから50,000聖貨分のチップを受け取ると、無造作にテーブルへ置いた。

「『赤の19』に一点賭け(ストレート・アップ)で」

 周囲の客がざわつく。

 一点賭けは倍率36倍。当たる確率は低い。
 ディーラーがニヤリと笑った。

「へい、赤の19ね。……いい度胸だ」

 カモが来た。そんな顔だ。
 彼は球を投げ入れる。
 
 カラカラカラ……。

 球が盤面を回る。
 ディーラーの手が、テーブルの下で動いた。磁力スイッチを入れたのだ。
 球が不自然な軌道を描き、客が多く賭けている「黒」のエリアを避ける。

 その避けた先にあるのが――盤面の傾きが誘導する、「赤の19」だ。

 カラン、コロン……カポッ。

「なっ……!?」

 ディーラーの目が点になる。
 球は吸い込まれるように、私が賭けた「赤の19」のポケットに収まっていた。

「……おめでとうございます。36倍の配当です」

「ば、バカな……まぐれだ!」

 ディーラーが震える手でチップを押し出す。
 50,000聖貨が、一瞬で1,800,000聖貨になった。
 庶民の年収に相当する額だ。

「次です。『黒の8』に全額」

「はぁ!? 全額プッシュ(コロガシ)だと!?」

 周囲がどよめく。
 180万聖貨の一点賭け。外せばゼロ。当たれば……。
 私は表情一つ変えずにチップの山を押し出した。

「回しなさい。……それとも、怖じ気づきましたか?」

「ふ、ふざけるな! 後悔しても知らねぇぞ!」

 ディーラーが乱暴に球を投げる。
 彼は必死に磁力スイッチを操作し、私の賭けた「黒の8」を避けようとする。
 だが、計算済みだ。
 今の強い回転力と磁力の反発係数なら、球は対角線上のポケットへ弾かれ――

 カポッ。

 球は、あざ笑うかのように「黒の8」へ着地した。

「――っ!?」

 静寂。
 その直後、店が割れんばかりの歓声に包まれた。

「当たった……! 2連続一点賭けだ!」
「おい計算しろ! いくらになるんだ!?」

 1,800,000聖貨 × 36倍。
 その額、64,800,000聖貨。

 ディーラーは腰を抜かし、崩れ落ちた。
 この規模の地下カジノでは、準備金(バンクロール)が吹き飛ぶ金額だ。

「さあ、支払ってもらいましょうか」

「お、お客様……」

 ディーラーが震える声で呟き、そして奥へ合図を送った。
 もはやゲーム続行は不可能。ここからは「暴力」の時間だ。

 ドスドスドス……。

 奥の扉から、屈強な男たちが現れた。
 カジノの用心棒(バウンサー)だ。手には棍棒やナイフを持っている。

「おいおい兄ちゃん。ウチで随分と稼いでくれたみたいだが……イカサマは感心しねぇな」

 リーダー格の男が、私の肩に手を置く。
 典型的な難癖だ。

「イカサマ? 証拠はありますか?」

「証拠ならあるぜ。……お前の死体が証拠だ!」

 男が隠し持っていたナイフを振り上げ、私の首筋めがけて突き出した。

 ――ガギィィィン!!

 甲高い金属音が店内に響き渡った。
 ナイフの切っ先は、私の首ではなく――私の横から差し出された、赤錆びた円盤に阻まれていた。

「あァ? 誰にケンカ売ってんだ、三下」

「な、なんだこれは……!?」

 男が驚愕の声を上げる。
 そこに立ちはだかったのは、ガント。
 彼が構えているのは、ミスリルの盾でも魔法の障壁でもない。
 ただの、マンホールの蓋だ。

「この『盾』はな、昨日大将が俺にくれた希望(チャンス)なんだよ。……テメェごときのナイフで傷つくような代物じゃねぇ!」

 ガントは咆哮し、マンホールを裏拳のように振るった。

 ドォォォン!!

 数十キロある鉄塊の一撃。
 男はボールのように吹き飛び、ルーレット台を粉砕して壁にめり込んだ。

「ひ、ひぃッ! なんだこいつ! 化け物だ!」

 残りの用心棒たちが怯んで後ずさりする。
 ガントはマンホールをドスンと床に置き、不敵に笑った。

「へっ、いい音させやがる。やっぱこの国の鉄は質がいいな」

「やれやれ。……暴力は計算外のコストがかかるので嫌いなのですが」

 私は金庫からかき集められたチップと現金の山を、アリスの鞄に詰め込ませながら、逃げ腰のディーラーを見据えた。

「この約6,480万聖貨は頂いていきます。これは貴店が積み上げた『負債(ツケ)』の精算ですので」

「ま、待て! そんなことをしたらオーナーが黙ってないぞ! この店はキョウヤ様の……」

「ほう?」

 私は足を止めた。
 キョウヤ。やはり、この裏カジノも奴の資金源の一つか。

「それは好都合だ。……オーナーに伝えておきなさい」

 私は眼鏡の奥で、氷のような光を宿した瞳を向けた。

「『CFO最高財務責任者が、未払い分の徴収を開始した』と」

 ◇

 数分後。
 私たちは裏口から路地へと脱出した。
 アリスの鞄はずっしりと重い。
 約6,480万聖貨(=6,480万マナ相当)。
 わずか2回のベットで手に入れた、十分すぎる軍資金だ。

「やったねクリフ! ガントも凄かったよ!」

「へへっ、まあな。このマンホール、意外と手に馴染むぜ」

「はい。ですが、これはまだ始まりです」

 私は雪の降る夜空を見上げた。
 この金を使って、次のステップへ進まなければならない。
 聖教国の監視網を潜り抜け、奴らの経済を内側から食い荒らすための拠点を作る。

「アリス、ガント。……会社を作りますよ」

「は? 会社?」

「ええ。聖教国の法律が届かない、闇の金融会社を」

 私は懐から、一枚の羊皮紙を取り出した。
 まだインクも乾いていない、新しい事業計画書。

 社名は――『デーモン・クレジット』。

「さあ、ここからが本当の『錬金術』の時間です」

(続く)

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