『スパゲッティ・モンスター(配線地獄)』を解体し、美しいケーブルマネジメントを完了させたソウジたち。
しかし、事態は収束していなかった。
『あ、あつい……! まだ熱いのぉ……!』
解放された女神シヴァーが、床でのたうち回っている。
彼女の全身は赤く発光し、肌からシュウシュウと蒸気が上がっている。
室温は下がらないどころか、むしろ上昇していた。
「社長! どういうことですか!? 配線は完璧なはずじゃ!?」
剣崎が汗だくで叫ぶ。
ソウジは冷静にゴーグルを押し上げ、部屋の奥――女神の背後にある巨大な黒い箱を睨みつけた。
「……配線が片付いて、やっと『真犯人』が見えてきたな」
ソウジが指差したのは、メインサーバーの吸気口(ファン)だった。
「うわぁ……」
近づいた剣崎とセシリアが、同時に声を失った。
直径2メートルはある巨大な冷却ファン。
その羽根と吸気口のメッシュが、「灰色のフェルト」のような分厚い物体で完全に塞がれていたのだ。
「な、なんですかこの毛布みたいなのは?」
「『ホコリ』だ」
ソウジが吐き捨てるように言った。
「長年、掃除せずに放置されたホコリが、湿気と油分を吸って固まり、フェルト状になった成れの果てだ。これじゃ空気なんて通るわけがない。窒息死寸前だぞ」
ファンは「ブォォン……」と苦しげな音を立てているが、風は全く起きていない。
冷却機能が死んでいるのだ。これでは熱暴走も止まらない。
「と、取りますわ! 手で剥がせば……!」
セシリアが手を伸ばそうとするが、ソウジが止めた。
「よせ! 下手に触るとボロボロ崩れて、基盤の中に吸い込まれるぞ! ショートしたら一巻の終わりだ!」
「じゃ、じゃあどうすれば!? 掃除機で吸いますか!?」
「いいや。奥に入り込んだ微細なチリまで一掃するには、『内側から吹き飛ばす』のが一番だ」
ソウジは背中のタンクに繋がった、バズーカ砲のようなノズルを構えた。
先端には風の魔石が埋め込まれ、緑色の光を帯びている。
【業務用・超高圧エアダスター『シルフ・ダスター(コンプレッサー直結)』】。
風の精霊(シルフ)の力を圧縮し、台風並みの突風をピンポイントで噴射する、精密機器清掃の最終兵器だ。
「いいか、少しうるさいぞ! 耳を塞いでろ!」
ソウジはノズルをホコリの壁に向け、トリガーに指をかけた。
「詰まりごと吹き飛べェェェッ!!」
ズババババババババッ!!!
凄まじい破裂音と共に、圧縮された暴風が解き放たれた。
それはただの風ではない。
こびりついたホコリを根こそぎ剥がし、電子の海へ還す「浄化の嵐」だ。
『ひゃんっ!?』
女神シヴァーが奇妙な声を上げる。
風圧を受けたフェルト状のホコリが、爆発するように粉砕され、宙へと舞い上がる。
「うおおっ! すごい量だ!」
「前が見えませんわ!」
部屋中が灰色の粉塵で埋め尽くされる。
だが、ソウジの手は止まらない。
フィンの隙間、基盤の裏側、コネクタの奥。
あらゆる隙間にノズルを突っ込み、執拗に風を送り込む。
『あ、あぁんっ! そこはコア直結ぅ! 冷えちゃうぅぅ! パリティエラーが……修正され……るぅ……!』
女神が顔を赤らめ、身をよじらせる。
『風が……すごい勢いで入ってくるぅ! クロック周波数が……上がっちゃう……!』
「ひぃっ!? な、なんという淫らな声を!」
「ちょ、社長! 絵面がヤバいです! コンプライアンス的に!」
セシリアが顔を覆い、剣崎が慌てふためく。
だが、ソウジには聞こえていない。
彼には女神の声が「ファンの回転数が上がり、風切り音が正常に戻っていく音」にしか聞こえていないのだ。
「よし、貫通した! 仕上げだ!」
ブシュゥゥゥゥゥゥ!!!
最後の一撃。
最大出力の風が、サーバーの深部を駆け抜けた。
『アァァァァァァンッ!!(涼しいぃぃぃ!)』
女神の絶叫(冷却完了のサイン)が響き渡る。
次の瞬間。
フォォォォォォン……!
軽快にして滑らかな、美しいファンの回転音が部屋に満ちた。
詰まりが取れ、新鮮な冷却風がシステム全体に行き渡ったのだ。
赤熱していた女神の肌は、みるみるうちに健康的な青白い光へと戻っていく。
室温も急速に下がり、快適な空調が復活した。
「……ふぅ。これでよし」
ソウジは『シルフ・ダスター』を下ろし、満足げに頷いた。
「精密機器の敵はホコリと熱だ。定期的に掃除しないと、寿命が縮むぞ」
『はぁ……はぁ……すっごい……。スッキリしたぁ……』
床に横たわる女神シヴァーは、恍惚の表情で天井を見つめていた。
その目には、ソウジへの熱烈なハートマークが浮かんでいる気がするが、ソウジは「機械が正常に動いてよかったな」としか思っていない。
「よし、撤収だ! 帰って報告書を書くぞ!」
***
数時間後。
クリーン・ファンタジーのオフィス。
世界中のネットワークは完全に復旧していた。
SNSには歓喜の声が溢れ、動画サイトも復活している。
「あー、やっと繋がりましたわ! 推しのアーカイブ見なきゃ!」
「採用メールも送信できました! ……って、うわっ、溜まってた応募メールが30000件一気に来た!?」
日常が戻り、オフィスに活気が(剣崎には絶望が)戻ってきた。
ソウジも自分のデスクに戻り、PCを起動した。
「どれ、俺もスケジュールの確認を……ん?」
立ち上がったPC画面に、通知ウィンドウが滝のように流れ始めた。
チャリン♪ チャリン♪ チャリン♪
【投げ銭:100,000円】
【投げ銭:500,000円】
【投げ銭:1,000,000円】
「なんだこれ? ウイルスか?」
止まらない入金通知。
そして、画面の中央に、頬を赤らめた女神シヴァーのメッセージが表示された。
『Thanks! 掃除屋さん、すごかったよ♪
スッキリして、とろけちゃいそう……♪
また定期的にメンテナンスしてね♪ 待ってるよ?』
そのメッセージを見た社員たちが凍りついた。
「社長……サイテーです!」
「ソウジ様……不潔です……!」
「うらやまし……いや、破廉恥な!」
冷ややかな視線が突き刺さる。
だが、ソウジは真顔でコーヒーを啜りながら言った。
「ああ、やっぱりか」
「やっぱりって、自覚あるんですか!?」
「ファンがあれだけ汚れてたんだ。高負荷で熱持ってたんだから、熱伝導率の低下(グリスの劣化)を疑うのは当然だろ。中身のグリスも塗り直したほうがいいだろうな。……よし、次は『定期メンテナンス契約』で見積もりを出しておくか」
「「「そういうことじゃなーーい!!」」」
社員たちのツッコミが響く中、ソウジのPCは投げ銭の通知音を鳴らし続けていた。
こうして、電脳世界の危機は去り、クリーン・ファンタジー社の口座残高だけが爆発的に増えたのだった。
(第7部 完)
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