第35話:熱暴走には『シルフ・ダスター』

 『スパゲッティ・モンスター(配線地獄)』を解体し、美しいケーブルマネジメントを完了させたソウジたち。
 しかし、事態は収束していなかった。

『あ、あつい……! まだ熱いのぉ……!』

 解放された女神シヴァーが、床でのたうち回っている。
 彼女の全身は赤く発光し、肌からシュウシュウと蒸気が上がっている。
 室温は下がらないどころか、むしろ上昇していた。

「社長! どういうことですか!? 配線は完璧なはずじゃ!?」

 剣崎が汗だくで叫ぶ。
 ソウジは冷静にゴーグルを押し上げ、部屋の奥――女神の背後にある巨大な黒い箱を睨みつけた。

「……配線が片付いて、やっと『真犯人』が見えてきたな」

 ソウジが指差したのは、メインサーバーの吸気口(ファン)だった。

「うわぁ……」

 近づいた剣崎とセシリアが、同時に声を失った。
 直径2メートルはある巨大な冷却ファン。
 その羽根と吸気口のメッシュが、「灰色のフェルト」のような分厚い物体で完全に塞がれていたのだ。

「な、なんですかこの毛布みたいなのは?」

「『ホコリ』だ」

 ソウジが吐き捨てるように言った。

「長年、掃除せずに放置されたホコリが、湿気と油分を吸って固まり、フェルト状になった成れの果てだ。これじゃ空気なんて通るわけがない。窒息死寸前だぞ」

 ファンは「ブォォン……」と苦しげな音を立てているが、風は全く起きていない。
 冷却機能が死んでいるのだ。これでは熱暴走も止まらない。

「と、取りますわ! 手で剥がせば……!」

 セシリアが手を伸ばそうとするが、ソウジが止めた。

「よせ! 下手に触るとボロボロ崩れて、基盤の中に吸い込まれるぞ! ショートしたら一巻の終わりだ!」

「じゃ、じゃあどうすれば!? 掃除機で吸いますか!?」

「いいや。奥に入り込んだ微細なチリまで一掃するには、『内側から吹き飛ばす』のが一番だ」

 ソウジは背中のタンクに繋がった、バズーカ砲のようなノズルを構えた。
 先端には風の魔石が埋め込まれ、緑色の光を帯びている。

 【業務用・超高圧エアダスター『シルフ・ダスター(コンプレッサー直結)』】。

 風の精霊(シルフ)の力を圧縮し、台風並みの突風をピンポイントで噴射する、精密機器清掃の最終兵器だ。

「いいか、少しうるさいぞ! 耳を塞いでろ!」

 ソウジはノズルをホコリの壁に向け、トリガーに指をかけた。

「詰まりごと吹き飛べェェェッ!!」

 ズババババババババッ!!!

 凄まじい破裂音と共に、圧縮された暴風が解き放たれた。
 それはただの風ではない。
 こびりついたホコリを根こそぎ剥がし、電子の海へ還す「浄化の嵐」だ。

『ひゃんっ!?』

 女神シヴァーが奇妙な声を上げる。
 風圧を受けたフェルト状のホコリが、爆発するように粉砕され、宙へと舞い上がる。

「うおおっ! すごい量だ!」
「前が見えませんわ!」

 部屋中が灰色の粉塵で埋め尽くされる。
 だが、ソウジの手は止まらない。
 フィンの隙間、基盤の裏側、コネクタの奥。
 あらゆる隙間にノズルを突っ込み、執拗に風を送り込む。

『あ、あぁんっ! そこはコア直結ぅ! 冷えちゃうぅぅ! パリティエラーが……修正され……るぅ……!』

 女神が顔を赤らめ、身をよじらせる。

『風が……すごい勢いで入ってくるぅ! クロック周波数が……上がっちゃう……!』

「ひぃっ!? な、なんという淫らな声を!」

「ちょ、社長! 絵面がヤバいです! コンプライアンス的に!」

 セシリアが顔を覆い、剣崎が慌てふためく。
 だが、ソウジには聞こえていない。
 彼には女神の声が「ファンの回転数が上がり、風切り音が正常に戻っていく音」にしか聞こえていないのだ。

「よし、貫通した! 仕上げだ!」

 ブシュゥゥゥゥゥゥ!!!

 最後の一撃。
 最大出力の風が、サーバーの深部を駆け抜けた。

『アァァァァァァンッ!!(涼しいぃぃぃ!)』

 女神の絶叫(冷却完了のサイン)が響き渡る。
 次の瞬間。

 フォォォォォォン……!

 軽快にして滑らかな、美しいファンの回転音が部屋に満ちた。
 詰まりが取れ、新鮮な冷却風がシステム全体に行き渡ったのだ。

 赤熱していた女神の肌は、みるみるうちに健康的な青白い光へと戻っていく。
 室温も急速に下がり、快適な空調が復活した。

「……ふぅ。これでよし」

 ソウジは『シルフ・ダスター』を下ろし、満足げに頷いた。

「精密機器の敵はホコリと熱だ。定期的に掃除しないと、寿命が縮むぞ」

『はぁ……はぁ……すっごい……。スッキリしたぁ……』

 床に横たわる女神シヴァーは、恍惚の表情で天井を見つめていた。
 その目には、ソウジへの熱烈なハートマークが浮かんでいる気がするが、ソウジは「機械が正常に動いてよかったな」としか思っていない。

「よし、撤収だ! 帰って報告書を書くぞ!」

 ***

 数時間後。
 クリーン・ファンタジーのオフィス。

 世界中のネットワークは完全に復旧していた。
 SNSには歓喜の声が溢れ、動画サイトも復活している。

「あー、やっと繋がりましたわ! 推しのアーカイブ見なきゃ!」

「採用メールも送信できました! ……って、うわっ、溜まってた応募メールが30000件一気に来た!?」

 日常が戻り、オフィスに活気が(剣崎には絶望が)戻ってきた。
 ソウジも自分のデスクに戻り、PCを起動した。

「どれ、俺もスケジュールの確認を……ん?」

 立ち上がったPC画面に、通知ウィンドウが滝のように流れ始めた。

 チャリン♪ チャリン♪ チャリン♪
 【投げ銭:100,000円】
 【投げ銭:500,000円】
 【投げ銭:1,000,000円】

「なんだこれ? ウイルスか?」

 止まらない入金通知。
 そして、画面の中央に、頬を赤らめた女神シヴァーのメッセージが表示された。

『Thanks! 掃除屋さん、すごかったよ♪
 スッキリして、とろけちゃいそう……♪
 また定期的にメンテナンスしてね♪ 待ってるよ?』

 そのメッセージを見た社員たちが凍りついた。

「社長……サイテーです!」

「ソウジ様……不潔です……!」

「うらやまし……いや、破廉恥な!」

 冷ややかな視線が突き刺さる。
 だが、ソウジは真顔でコーヒーを啜りながら言った。

「ああ、やっぱりか」

「やっぱりって、自覚あるんですか!?」

「ファンがあれだけ汚れてたんだ。高負荷で熱持ってたんだから、熱伝導率の低下(グリスの劣化)を疑うのは当然だろ。中身のグリスも塗り直したほうがいいだろうな。……よし、次は『定期メンテナンス契約』で見積もりを出しておくか」

「「「そういうことじゃなーーい!!」」」

 社員たちのツッコミが響く中、ソウジのPCは投げ銭の通知音を鳴らし続けていた。
 こうして、電脳世界の危機は去り、クリーン・ファンタジー社の口座残高だけが爆発的に増えたのだった。

(第7部 完)

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