聖教国の中枢、大聖堂の最上階。
そこは教皇の執務室であり、同時にキョウヤのプライベートオフィスでもあった。
ふかふかの革張りソファ。高級なシャンパンタワー。
窓の外には、魔導聖遺物バブルに沸く聖都の夜景が広がっている。
「……なるほどねぇ。魔王軍が給与未払いで崩壊寸前、と」
キョウヤは紫煙をくゆらせながら、目の前の二人を値踏みするように見下ろした。
一人は、薄汚れた囚人服を着た少女、元・聖女ミナ。
もう一人は、魔導車椅子に乗せられ、虚ろな目で天井を見上げている男、元・勇者アルヴィン。
「はい! そうです、キョウヤ様!」
ミナが涙ながらに訴える。その瞳は潤んでいるが、計算高い光が宿っている。
「あの冷酷なCFOクリフ……あいつのせいで、私たちは地獄を見ました!
アルヴィン様は実験動物にされ、私はトイレ掃除をさせられ……。
どうか、私たちを保護してください! 私たちは『魔王軍の非道』を世界に伝える証人になれます!」
完璧な「悲劇のヒロイン」の演技だ。
だが、キョウヤの反応は冷淡だった。
「ふーん。かわいそうに。……で?」
「え……?」
「『かわいそう』なのは分かったけどさ。それ、金になるの?」
キョウヤは魔導喫煙具を灰皿に押し付けた。
「俺は慈善事業家じゃないんだ。君らを養うメリット(ROI)を提示してよ。
魔王軍の情報? そんなもん、もう興味ないね。あと一週間であそこは勝手に潰れるから」
「そ、そんな……!」
ミナが言葉を詰まらせる。
役に立たなければ捨てられる。その空気を察知した彼女は、瞬時に表情を変えた。
「……使えますよ。私たち」
「ほう?」
「今の聖教国は『清純派』の聖女セレスティア様の一強ですよね?
でも、大衆は飽きっぽい。そろそろ刺激(スパイス)が欲しくありませんか?」
ミナはニヤリと笑った。それは聖女ではなく、悪女の笑みだった。
「清廉潔白な光の聖女と、魔王軍に汚された闇の聖女(わたし)。
……対立構造(プロレス)を作れば、信者はもっと熱狂します」
キョウヤの目が大きく見開かれ、そして――口角が吊り上がった。
「ハハッ! いい性格してるねぇ! 気に入ったよ!」
彼はパンと手を叩いた。
「採用だ。君にはセレスティアのライバル、『地下アイドル聖女』としてデビューしてもらう。
『炎上』と『暴露』で信者を煽り、投げ銭を競わせるんだ!」
「ありがとうございます!」
「で、そっちの廃人(勇者)はどうする? 見たところ、もう戦えないだろ?」
キョウヤが顎でアルヴィンを指す。
アルヴィンは「ウウッ……マナ……」と呻くだけだ。
「彼は……その、とびきり純度の高いマナを持っていますから」
ミナが視線を泳がせる。
すると、キョウヤがアルヴィンに近づき、その体に触れた。
「……すごいな。体が勝手に発光してやがる。地脈のマナを限界まで詰め込まれたのか」
キョウヤは邪悪に笑った。
「使える。こいつは最高の『舞台装置(機材)』になるぞ」
◇
――数分後。
街頭スクリーンに『緊急特別番組』の文字が躍った。
『信者の皆さん、こんばんは! プロデューサーのキョウヤです!
今日は悲しいお知らせと、重大な発表があります!』
画面には、ボロボロの服を着て泣き崩れるミナと、その後ろで布を被せられた魔導車椅子が映っている。
『魔王軍の卑劣な拷問から、命からがら逃げ延びた英雄がいます!
紹介しましょう、元聖女ミナちゃんです!』
『うぅ……怖かったです……! クリフという男が、毎日魔導計算機で殴ってきて……!』
ミナの嘘泣きに、広場の群衆が「なんてことだ!」「許せん!」とどよめく。
キョウヤがマイクを握り直す。
『彼女たちを救うには、皆さんの祈りが必要です!
そして……見てください、この変わり果てた勇者の姿を!』
バサッ!
キョウヤが車椅子の布を取り払った。
そこには、体中にチューブを繋がれ、白目を剥いたアルヴィンの姿があった。
『彼は魔力を奪われ、もう自力では光ることすらできません!
ですが、皆さんが魔導聖遺物を買って徳を送れば……奇跡が起きます!
さあ、勇者に光を! ライティング・オン!!』
キョウヤが指を鳴らす。
同時に、アルヴィンの背後に設置された装置から、強制的に魔力刺激が流された。
「ア、アアアアアッ!!」
アルヴィンが絶叫する。
その体から、目も眩むような黄金の光が噴出した。
それは聖なる輝きではない。過負荷による生体発光だ。
彼は人間LED(照明器具)として、ステージを派手に照らし出した。
『おおっ! 見よ、これが信仰の力だ!
もっと輝け! もっと徳を積め! 今すぐ魔導聖遺物を購入して、彼らを応援しよう!』
ワァァァァァッ!!
熱狂。狂乱。
「勇者を救え」という大義名分を得た信者たちが、狂ったように魔導聖遺物を買い漁る。
グラフが垂直に跳ね上がる。
ミナはスポットライト(アルヴィンの光)を浴びて、恍惚とした表情で歌い始めた。
アルヴィンは涙を流しながら、ただビカビカと点滅を繰り返していた。
◇
「……趣味が悪いにも程がありますね」
デーモン・クレジットのオフィスで、私は吐き捨てるように言った。
ガントは怒りで震え、拳を机に叩きつけている。
「あの野郎……! いくら勇者がクズでも、あんな見世物にするなんて許せねぇ! あれじゃただの電球じゃねぇか!」
「同感だよ。キョウヤには美学がない」
アリスも不快そうに顔をしかめている。
だが、私は感情を押し殺し、冷静に市場の反応を分析した。
「しかし、効果は絶大です。
この放送で『同情票』という新たな資金流入が生まれました。魔導聖遺物の価格はさらに高騰し、バブルは極限まで膨らむでしょう」
私は手元に積み上がった手形の山(債権)を見た。
買い集めた額面総額は、すでに10億聖貨を超えている。
全て、キョウヤのバブルに踊らされ、資金繰りに行き詰まった者たちの屍だ。
「ミナは自分が主役になったつもりでしょうが……彼女もまた、キョウヤの使い捨ての駒に過ぎない」
風船はパンパンに膨らんでいる。
針を刺せば、爆音と共に弾け飛ぶだろう。
「アリス、ガント。準備はいいですか?
キョウヤがこの『新商品(ミナと勇者)』で浮かれている今こそが、最大の隙です」
私は眼鏡を光らせた。
「そろそろ仕掛けますよ。……史上最大規模の『空売り(ショート)』を」
残り時間、あと7日と5時間。
役者は揃った。あとは、舞台を破壊するだけだ。
(続く)
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