第38話 聖女対決(プロレス) ~光と闇の投げ銭バトル、その裏で空売り(ショート)を~

 聖都の中央広場は、異様な熱気に包まれていた。
 数万人の信者が魔導灯(ペンライト)を振り回し、巨大な特設ステージを見上げている。

 ステージ中央には、実況席に座るキョウヤ。
 そして左右には、対照的な二人の少女が立っていた。

『さあ、今夜も始まりました! 聖教国公式エンターテインメント・バトル!
 【聖女総選挙・頂上決戦】!!』

 キョウヤが煽るように叫ぶ。

『右コーナー! 清廉潔白、王道の輝き! 我らが聖女セレスティア!』

「み、皆さん……神のご加護を……」

 セレスティアが引きつった笑顔で手を振る。
 彼女の首元には、目立たないように「服従の首輪(チョーカー)」が巻かれている。キョウヤに弱みを握られ、無理やり舞台に立たされているのだ。

『対する左コーナー! 魔王軍の地獄から生還した、悲劇の堕天使!
 暴露と炎上の女王、裏聖女ミナだァッ!!』

「ハロー、愚民ども! 今日も搾取されてるぅ~?」

 ミナは黒いドレスに身を包み、挑発的な投げキッスを送る。
 かつての清楚さはどこへやら。彼女は「悪役(ヒール)」としての才能を完全に開花させていた。

『ルールは簡単! どちらが「真の聖女」に相応しいか、皆さんの「徳(魔導聖遺物購入)」で決まります!
 勝った方には、次期教皇候補としての権限が与えられます!
 さあ、推しを勝たせたければ……買え! 買い支えろォ!!』

 ワァァァァァッ!!

 信者たちが一斉に魔導端末を操作する。
 セレスティア派とミナ派。
 二つの派閥が競い合うことで、魔導聖遺物の価格は天井知らずに高騰していく。

「負けないわよ、偽善者ちゃん!」
「わ、私だって……負けません!」

 火花を散らす二人(という台本)。
 そして、その背後で――。

「ア……ガ……ッ!」

 舞台セットの一部として固定されたアルヴィンが、投げ銭の金額に合わせてビカビカと発光していた。

 セレスティアへの投票で「金色」に、ミナへの投票で「虹色」に。
 彼の悲鳴はBGMにかき消され、その明滅だけがショーを彩っている。
 まるで、最高レア確定の『ガチャ演出』のように。

 ◇

 その狂乱の様子を、私たちは廃倉庫のモニターで冷ややかに見つめていた。

「……ひどい茶番」

 アリスが軽蔑の眼差しを向ける。

「対立構造を作って信者同士を煽り、金を巻き上げる。典型的な炎上商法だよ。
 しかも、アルヴィンをあんな『ガチャ演出機材』みたいに使って……」

「ええ。ですが、効果は出ています」

 私は複数の石板(スレート)を並べ、市場データを監視していた。

「見てください。この熱狂で、聖教国の国債価格と通貨(聖貨)のレートが、異常な高値を更新し続けています」

「なんで? みんなが買ってるのは魔導聖遺物でしょ? なんで国債まで上がるの?」

 アリスが首をかしげる。
 私は画面上の資金フロー(お金の流れ)を指差した。

「『自作自演(PKO)』ですよ。
 キョウヤは魔導聖遺物で巻き上げた莫大な現金を、そのまま『国債市場』に流し込んで買い支えているのです」

「はぁ? なんでそんな無駄なことを?」

「『国債価格が高い=国の信用が高い』という演出をするためです。
 経済が好調に見えれば、信者は安心してさらに魔導聖遺物を買う。……完全なマッチポンプです」

 実体経済はボロボロなのに、金融市場だけが最高値を記録している理由。
 それは、中身のない風船に、無理やり空気を注入し続けているからだ。

 風船は今、張り裂ける寸前まで膨らんでいる。
 針を刺すなら、今しかない。

「ガント。例のブツは?」

「おう、ここだ」

 ガントが分厚い契約書の束をドンと置いた。
 それは、私たちが買い集めた「手形(ジャンク債)」を裏ルートを通じてマナに変え、それを担保に外国の銀行から借り受けた「聖教国債」の証書だ。

「外国の銀行屋ども、喜んで貸してくれたぜ。『聖教国債なんて安定資産、売るつもりはねぇから、貸借料(レンタル料)が貰えるならラッキーだ』ってよ」

「ククク……相変わらず、平和ボケした連中ですね」

 私は眼鏡の奥で笑った。
 外国の機関投資家たちは、まだ聖教国の崩壊を予期していない。「安全資産」だと信じて疑っていないのだ。
 だからこそ、私のような「空売り狙い」の人間に、喜んで国債を貸してくれる。

「上出来です。彼らのその『油断』が、我々の利益になります」

 私は眼鏡を直し、アリスに指示を出した。

「アリス、作戦開始です。
 借りてきた国債を、現在の市場価格で『全て売却』してください」

「えっ? 売っちゃうの?」

 アリスが目を丸くする。

「借りたものを売ったら、あとで返す時に困らない?」

「いいえ。これが『空売り(ショート)』の仕組みです」

 私は手元のリンゴを手に取り、ガントたちに説明した。

「例えば、このリンゴ(国債)の今の価格が100聖貨だとします。
 私は100聖貨を担保にして1国債を人から借りて、すぐに市場で売ります。手元には現金100聖貨が残りますね?」

「おう」

「その後、バブルが弾けてリンゴの価格が1聖貨に暴落したとします。
 私は市場で1聖貨を払ってリンゴを買い戻し、持ち主に返します」

「……あ!」

「手元には、戻ってきた担保の100聖貨とは別に、差額の99聖貨が利益として残る。
 これが空売り……『破滅に賭ける』投資手法です」

 クリフの瞳が、冷徹な光を帯びる。
 全員が「上がる」と信じている時に、唯一人「下がる」ほうに全財産を張る。
 それは世界を敵に回す行為であり、CFOとして最高の知的興奮を覚える瞬間だ。

「現在の国債価格は、キョウヤの買い支えにより実勢価格の100倍以上に吊り上がっています。
 今売れば、莫大な現金が手に入り……そして暴落時には、ゴミ同然の価格で買い戻せる」

「……なるほど。悪魔的だね」

 アリスがニヤリと笑い、キーボードに指を走らせた。

「了解。デーモン・クレジット、売り注文(ショート)入ります!
 ターゲットは――聖教国債、一点集中!
 全弾発射!」

 タターンッ!

 エンターキーが叩かれる。
 市場に、巨額の「売り浴びせ」が放たれた。

 ◇

 聖都の証券取引所。
 モニターを見ていた仲買人たちがざわつき始めた。

「おい、なんだこの売り注文は!?」
「億単位の国債が大量に売られているぞ!」
「誰だ!? こんな上げ相場の時に売る馬鹿は!」

 市場は一瞬動揺した。
 だが、キョウヤによる「買い支え」と信者の熱狂は凄まじかった。

『下がるな! 押し目だ! 今が買い増しのチャンスだァァ!』
『ミナちゃんを勝たせるために、もっと買うんだ!』

 信者たちの買い注文が、私の売り注文を飲み込んでいく。
 価格は下がらない。むしろ、さらに上がっていく。

「……しぶといですね」

 廃倉庫で、私は静かに呟いた。

「大将! 平気か!? どんどん上がってくぞ! このままじゃ俺たち、借金まみれで破産だ!」

 ガントが悲鳴を上げる。
 空売りは、予想が外れて価格が上がれば、天井知らずの損失(青天井)を被る。
 普通の神経なら、胃に穴が開く状況だ。

 だが、私は口元を緩めた。

「構いません。むしろ好都合です」

「はぁ!?」

「彼らが買えば買うほど、私たちが売った国債は高値で約定(やくじょう)されます。
 つまり、『落下エネルギー(位置エネルギー)』が溜まっていくのです」

 私は積み上げた手形の山を指先でトントンと叩いた。
 仕込みは終わった。
 あとは、最初の一石――「真実(トリガー)」を投じるだけだ。

「アリス。そろそろ仕上げといきましょうか。
 聖教国中央銀行の『金庫の中身』……全世界に公開(リーク)する準備は?」

「バッチリだよ。いつでもイケる」

 アリスが不敵な笑みを浮かべ、指を鳴らした。

 残り時間、あと7日と3時間。
 聖女たちの歌声が響く中、破滅の時が刻一刻と迫っていた。

(続く)

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