聖都の熱狂は、深夜になっても冷めやるどころか、さらに加熱していた。
『買え! もっと買え! 魔導聖遺物こそが、新時代の信仰だ!』
広場の巨大スクリーンでは、キョウヤが絶叫し、その横で魔導車椅子に拘束されたアルヴィンが、まるで祭りの灯籠のようにビカビカと明滅させられている。
信者たちは、手持ちの現金をすべて「魔導聖遺物」に変え、その画面上の数字が増えるのを見て、恍惚の表情を浮かべていた。
――だが、その宴もここまでだ。
廃倉庫の一室。
アリスが、複数枚の魔導書簡(メール)をディスプレイに並べ、送信準備を整えていた。
「宛先リストの確認完了。
『帝国経済新聞』、『週刊暴露』、『大陸格付け機関』……あと、近隣諸国の情報局にもCC入れといたよ」
「完璧です、アリス」
私は魔導計算機を叩く手を止めた。
液晶に表示された数字は、我々が国際市場で空売りを仕込んだ聖教国債の総額。
現在、バブルによって最高値を更新中だ。
「大将……本当にやるのか? 直接放送をジャックして真実を叫ぶんじゃねぇのか?」
ガントが不思議そうに尋ねる。
私は静かに首を横に振った。
「そんな品のない真似はしませんよ。それに、私が直接言ったところで、狂信者たちは『悪魔のデマだ』と耳を貸さないでしょう」
私はコーヒーカップを傾けた。
「信じさせるには、彼らが権威を感じている『外部からの客観的評価』を利用するのが一番です。
海外の投資家たちがパニックになって売り始めれば……その事実は、どんな叫び声よりも雄弁に『この国の終わり』を告げるでしょう」
「なるほどな。外堀から埋めるってわけか」
「ええ。アリス、やりなさい。
全世界に教えてあげるのです。……彼らが崇める『神の金庫』の、本当の中身を」
「了解! ……ポチッとな!」
アリスが軽い手つきで、送信キーを叩いた。
聖教国中央銀行の内部監査データ――「預金残高ゼロ」の証拠が、光の速さで世界中のメディアと機関投資家へばら撒かれた。
◇
――10分後。
異変は、聖都の外から始まった。
聖教国の国境警備隊や、貿易商人たちが持つ魔導端末が、一斉に警報音を鳴らし始めたのだ。
『緊急速報! 聖教国債、国際市場で大暴落!』
『格付け機関、聖教国の信用ランクを「D(デフォルト懸念)」へ引き下げ!』
『週刊暴露スクープ! 「神の金庫は空っぽ!? キョウヤ氏による巨額横領疑惑」』
海外からの情報は、せき止められない濁流となって国内へ流れ込んだ。
聖都の広場。
キョウヤの演説中、ふと一人の信者が端末を見て声を上げた。
「……え? おい、なんだこれ」
彼が見ていたのは、キョウヤのチャンネルではない。海外の経済ニュースだ。
そこには、真っ赤な矢印と共に「聖教国経済、崩壊の危機」というテロップが踊っていた。
「嘘だろ……? 海外のニュースで、銀行にお金がないって言ってるぞ……」
「週刊誌にも載ってる! キョウヤ様が、俺たちの金を海外に持ち逃げしたって……!」
ざわめきは、さざ波のように広場全体へ広がっていった。
『えー、皆さん? どうしました? もっと盛り上がって……』
ステージ上のキョウヤが異変に気づいた時、広場の巨大スクリーン――先ほどまで彼を映していた公式放送――が、突如として切り替わった。
国営放送局が、世界的な大ニュースを無視できず、「緊急報道特番」を差し込んだのだ。
『番組を変更してお伝えします!
たった今、国際金融市場において聖教国債が大暴落しました!
原因は、海外メディアにリークされた聖教国の「中央銀行の内部データ」と見られます!』
ドンッ!
画面に映し出されたのは、アリスがリークしたあの画像。
空っぽの地下金庫と、埃を被った床の写真だった。
『現在、中央銀行の預金準備率は0.1%未満との情報が入っております!
これが事実であれば、聖貨の裏付けは完全に消失し……』
アナウンサーの声が震えている。
その映像は、何よりも雄弁だった。
◇
「な、ななな……!?」
特設ステージの上で、キョウヤは顔面蒼白になり、持っていた魔導喫煙具を取り落とした。
「き、切レ! 放送を切れェェェッ!! なんだそのデタラメは!!」
彼は血相を変えて怒鳴り散らすが、もう遅い。
「海外のニュース」というお墨付きを得た情報は、絶対的な真実として信者たちの脳髄に突き刺さる。
熱狂が冷め、代わりに底知れぬ恐怖が這い上がってくる。
「……おい、俺たちの預金、ないって言ったか?」
「海外の投資家が逃げ出してるってことは……マジなのか?」
「ま、待って。私が全財産をつぎ込んだこの魔導聖遺物……現金に戻せるの……?」
誰かが叫んだ。
「か、金だ! 金を返せぇぇぇッ!!」
その叫びは、一瞬で数万人の合唱になった。
「取り付け騒ぎ(バンク・ラン)だ! 急げ! 銀行が閉まるぞ!」
「俺の金だ! 泥棒! キョウヤを出せ!」
ドドドドドドドドッ!!
群衆が雪崩を打って動き出した。
向かう先は、広場の向かいにある中央銀行本店。
怒号。悲鳴。そしてガラスが割れる音。
さっきまでの祭りの会場は、一瞬にして暴動の巷と化した。
◇
「……始まりましたね」
廃倉庫の窓から、遠くで上がる黒煙を見つめながら、私は静かに言った。
手元の端末では、国際市場のマナ建て国債価格が、崖から落ちるように暴落していく様子が表示されている。
「人は、目の前の教祖の言葉よりも、遠くの『権威あるニュース』の方を信じるものです。
これで『魔導聖遺物』の魔法は解けました。これからは、現実(リアル)の精算の時間です」
アリスが満足げに伸びをした。
「いやー、さすが『週刊暴露』。仕事が早いね。
これでキョウヤの信用は地に落ちた。……で、次は?」
「ガント、出番ですよ。
暴動が激化すれば、ここも安全ではなくなります。
混乱に乗じて本社機能を移転しつつ……次なる一手の準備を」
「へっ、任せな! マンホール盾の出番だな!」
ガントが頼もしく笑う。
残り時間、あと7日と2時間。
聖教国崩壊の鐘が、高らかに鳴り響いた。
(続く)
コメント