第39話:そのゴミ、生きてます

 表通りが剣崎たちの「分別無双」で沸いている頃。
 社長の灰坂ソウジは、一人で新宿の深部──歌舞伎町のさらに奥にある、薄暗い裏路地へと足を踏み入れていた。

「……うわ、酷いなこりゃ」

 ソウジは鼻を覆い、顔をしかめた。
 そこは、光の届かない「吹き溜まり」。
 湿った空気、腐敗臭、そしてドス黒い瘴気が渦巻いている。
 一般人なら足を踏み入れた瞬間に気絶するレベルの、S級ダンジョン化寸前の汚染エリアだ。

【解析:高濃度の汚染区域】
【種別:不法投棄の温床】
【推奨:全撤去】

 ソウジのゴーグルが、路地の奥にある「ゴミの山」を赤くハイライトする。
 壊れた家電、ボロボロの家具、そして謎の粘液を垂れ流す黒い袋の山。

「ったく、これだから繁華街は嫌なんだ。見えない場所なら何してもいいと思ってやがる」

 彼が舌打ちをして、トングを伸ばそうとしたその時だった。

 ガタガタガタッ……!

 ゴミ山の中央にあった、巨大な「ポリバケツ」が激しく震え出した。

「ん?」

 パカァッ!!

 バケツの蓋が開き、中から紫色の長い舌と、鋭い牙が飛び出した。
 【プレデター・トラッシュカン(捕食ゴミ箱)】。
 ゴミに擬態し、清掃員やホームレスを丸呑みする、都市型ダンジョンの悪質ミミックだ。

 『ギシャアアアアッ!(掃除屋ダァァ! 喰ッテヤルゥゥ!)』

 ミミックが咆哮し、ソウジに向かって飛びかかってくる。
 普通の探索者なら「罠だ!」と叫んで戦闘態勢に入るところだ。

 だが、ソウジの反応は違った。

「おいおい、蓋が閉まってねぇぞ」

 ドゴォッ!!

 ソウジの安全靴が、ミミックの「蓋(頭)」を思い切り踏みつけた。

 『ギョエッ!?』

「ゴミ箱ってのはなぁ、中身がハミ出さないようにキッチリ蓋をするもんだ! こんなに詰め込みやがって!」

 ソウジには、襲いかかるミミックが「ゴミを詰め込みすぎて蓋が浮いているポリバケツ」にしか見えていない。
 飛び出した舌や牙は、「はみ出した生ゴミ」だ。

「ほら、入れ! もっと奥まで!」

 グイッ! グイッ!

 ソウジはトングを使って、ミミックの舌(生ゴミ)を強引にバケツの中へ押し込んだ。
 スキル【完全清掃】の力で、ミミックの巨体が無理やり自身の容器の中に圧縮されていく。

 『グ、グルジィ……ッ!(出ル! 中身出ルゥ!)』

「出んじゃねぇよ! 大体、このバケツは指定の容器じゃねぇだろ。袋に入れ替えだ」

 ソウジは抵抗するミミックをひっくり返し、持っていた特大のゴミ袋(45リットル)に頭から突っ込んだ。

「よし。……あー、でも嵩張るな。これじゃ袋が何枚あっても足りん」

 路地には、他にも「ヘドロ(スライム)」や「動く粗大ゴミ(ゴーレム)」がうじゃうじゃと湧き出している。
 いちいち袋詰めしていたら日が暮れる。

「コアちゃん! ちょっと来てくれ!」

「はーいマスター♪ お呼びですか?」

 空間が歪み、秘書のコアちゃんがふわふわと現れた。
 その背後には、すでに回収した数百個のゴミ袋が「百鬼夜行」のように浮遊している。

「こいつら、デカくて邪魔だ。小さくしてくれ」

「了解です! かさばるゴミには、これですね!」

 コアちゃんはニコリと微笑み、暴れるミミック入りの袋に掌を向けた。

「空間圧縮(トラッシュ・プレス)!」

 ズチュウウウウゥゥン……ッ!!

 嫌な音がした。
 空間ごとねじ切るような重低音と共に、ミミックの入った袋が四方八方から見えない力で押し潰されたのだ。

 『ギョエェェェェ……ッ!?(アッ、圧シ潰サレ……ッ!)』

 断末魔は一瞬だった。
 次の瞬間、そこには掌サイズの「黒いキューブ」が転がっていた。
 超高密度に圧縮された、元・ミミックの成れの果てだ。

「はい、圧縮完了です♪ これならポケットにも入りますね!」

 コアちゃんが無邪気にキューブを拾い上げる。
 しかし、そのキューブの側面には──。

 ピロローン。

 圧縮しきれなかったミミックの「目玉」と「舌の一部」が飛び出しており、ピクピクと痙攣していた。

『ギャアアアアアアア!!』
『なんか出てる! 目玉出てるって!』
『グロ注意www』
『生きたままプレスしやがった……』
『サイコロステーキ(モンスター製)』

 画面の向こうで視聴者が悲鳴を上げるが、ソウジは冷静にトングでその「飛び出した部分」をツンツンと突いた。

「お、コンパクトになったな。……おいコアちゃん、ちゃんと『水気』は切ったか?」

「え?」

「こういう生ゴミ(モンスター)は水分が多いんだよ。そのまま焼却炉に入れると、炉の温度が下がってダイオキシンの原因になる。ちゃんと絞ってから出せよ」

「ああっ、すみませんマスター! 次はもっとギリギリまで絞り出しますね♪」

 ブチュッ。
 コアちゃんがキューブを指先でさらに強く摘むと、ドス黒い体液(魔力液)が滴り落ちた。

「よし、それでいい」

 ソウジは満足げに頷き、路地の奥を指差した。

「じゃあ、あそこの『粗大ゴミ(ゴーレム)』と『生ゴミ(スライム)』も全部頼むわ。俺はまとめるから、コアちゃんはプレス係な」

「はいっ! 共同作業ですね、嬉しいです!」

 こうして、新宿の裏路地で世にも恐ろしい「ゴミ処理ライン」が完成した。

 ソウジがトングでモンスターを捕獲し、袋に詰める。
 コアちゃんがそれを空間魔法で「ドグシャァッ!」と圧縮する。
 出来上がった「黒いキューブ(目玉付き)」が、山のように積み上がっていく。

「ふぅ……。だいぶ片付いたな」

 数十分後。
 裏路地の瘴気は消え失せ、そこには数百個の「高密度キューブ」だけが残っていた。
 見た目はコンパクトだが、その質量は一つ数トンにも及ぶ「超重力物質」だ。

「よし、会場に戻るぞ。これだけ集めれば、間違いなく優勝だ」

「はい! ミミちゃんもビックリですよ!」

 ソウジとコアちゃんは、重力を無視してキューブの山を浮かせ、意気揚々と計量所へと向かった。
 彼らはまだ気づいていない。
 自分たちが持ち込もうとしている物が、ゴミではなく「計量器破壊兵器」であることに。

(続く)

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