『ピーッ! 終了ォォォォッ!!』
終了のホイッスルが、夕暮れの新宿に響き渡った。
長きにわたる清掃決戦、『東京クリーンアップ・ウォーズ』が幕を閉じたのだ。
特設ステージ前には、各クランが集めたゴミ袋が山のように積まれている。
汗と泥にまみれた探索者たちが、固唾を呑んで審査員(東京都環境局長)の採点を待っていた。
「それでは、計量タイムに移ります! まずは優勝候補、『ブレイブ・ナイツ』!」
アナウンサーの声と共に、紅蓮のレオが自信満々に前に出た。
彼の背後には、黒い袋が積み上がっている。
「ふはははは! 見よっ、この量! モンスターを焼き尽くし、回収した『灰』の山だ!」
ドサッ。
係員が袋を秤に乗せる。
しかし、モニターに表示された数字は、予想外に低いものだった。
【重量:50kg / 評価:D(要改善)】
「なっ!? バカな! なぜだ!?」
レオが絶叫する。
審査員が眼鏡を光らせ、冷淡に告げた。
「貴様らが持ち込んだのは『灰』と『溶解したプラスチック塊』だ。これはリサイクル不能な産業廃棄物であり、処理コストがかかる。さらに、街中での火炎放射によるCO2排出ペナルティを差し引くと……ほぼゼロ点だ」
「ぐぬぬ……ッ! 掃除とは浄化ではないのかァァァッ!」
ブレイブ・ナイツ、撃沈。
会場がどよめく中、次に呼ばれたのは──。
「続きまして、『株式会社クリーン・ファンタジー(分別班)』!」
人事部長の剣崎と、聖女セシリアが前に出た。
彼らが運んできたのは、透明な袋に美しく分類された資源の山だ。
洗われたペットボトル、潰されたアルミ缶、束ねられた古紙。
そのすべてが、宝石のように整然と輝いている。
「お、おおぉ……!」
審査員たちが立ち上がり、どよめいた。
「美しい……! これほど完璧な分別(ソーティング)は見たことがない!」
「ラベルの糊残りゼロ! 瓶の色分けも完璧! これぞ『ザ・リサイクル』だ!」
【重量:300kg / 評価:SSS(芸術的)】
高得点が叩き出された。
剣崎がガッツポーズをし、セシリアが涙ぐむ。
「やりましたわ剣崎さん! 私たちの愛が届きましたわ!」
「ああ! これでミミちゃんに会えるぞ!」
会場の空気は、完全にクリーン・ファンタジーの優勝ムードだ。
だが、まだ「大将」が残っていた。
「最後は、同チームの『灰坂ソウジ選手』!」
ざわっ……。
観客がざわめいた。
ステージに上がったソウジとコアちゃんの手には、ゴミ袋がなかったからだ。
コアちゃんが、手のひらサイズの「黒いキューブ」を数個、ちょこんと持っているだけだ。
「あれ? ゴミは?」
「あのサイコロだけか?」
「ハハッ、さすがに諦めたか? 量は稼げなかったみたいだな」
レオが嘲笑う。
しかし、ソウジは涼しい顔で係員に顎をしゃくった。
「おい、その秤、頑丈か?」
「は? 業務用ですよ? 象が乗っても壊れま……」
「コアちゃん、乗せてやれ」
「はーい♪」
コアちゃんがニコリと笑い、黒いキューブを一つ、無造作に秤の上に置いた。
コトッ。
その瞬間だった。
ズドォォォォォォォンッ!!!
爆発音のような轟音が響いた。
ステージが激しく揺れ、秤があった場所が陥没した。
頑丈な業務用計量器が、まるでプレス機にかけられたようにペチャンコにひしゃげ、火花を散らしている。
「な、ななな……ッ!?」
係員が腰を抜かす。
観客席が静まり返る。
地面にめり込んだキューブの周囲には、放射状の亀裂が走っていた。
『!?!?!?』
『え?』
『秤が爆発したwww』
『ブラックホールでも置いたんか??』
『質量がおかしい』
『会場破壊RTA』
『さすが掃除の神、容赦ないwww』
「け、計測不能ォォォ!? なんだこの超質量物質はッ!?」
「ゴミだよ」
ソウジがさらりと言った。
「裏路地の粗大ゴミ(ゴーレム)と生ゴミ(ミミック)を、ウチの秘書が空間ごと圧縮したんだ。見た目は小さいが、中身は数トンあるぞ」
さらに、衝撃でキューブの一部が欠け、中からミミックの目玉がギョロッと飛び出した。
『ギョエェェ……』
「ヒィィィッ!? い、生きてるゥゥゥ!?」
審査員が悲鳴を上げ、会場はパニックに陥った。
ソウジはトングで目玉を押し込みながら、「チッ、水切りが甘かったか」と舌打ちする。
結果は明白だった。
「えー、審議の結果……灰坂選手は『会場設備の破壊』および『危険生物の持ち込み』により、失格とします!!」
「なんでだよ! ちゃんと袋(圧縮空間)に入れただろ!」
ソウジの抗議も虚しく、レッドカードが突きつけられた。
しかし、チームとしての成績は──。
「ですが! 剣崎選手とセシリア選手のスコアが圧倒的だったため……」
ドラムロールが鳴り響く。
「優勝は、株式会社クリーン・ファンタジーです!!」
わぁぁぁぁぁっ!
大歓声と共に、紙吹雪が舞った。
「やったァァァァッ!!」
剣崎とセシリアが抱き合って号泣する。
そして、ステージの奥から、キラキラした衣装の少女が現れた。
一日都知事、ミラクル・ミミちゃんだ。
「おめでと〜っ! 新宿を綺麗にしてくれてありがとう!」
ミミちゃんが剣崎の手を取り、公約通りハグをする。
その瞬間、人事部長・剣崎の目から、滝のような涙が溢れ出した。
「うっ……ううっ……! 生きててよかった……! 俺の地味なスキルが、やっと報われた……!」
「良かったですね剣崎さん! 尊いですわ!」
セシリアもペンライトを振って祝福する。
その光景を、ステージの袖でソウジが腕組みして見ていた。
『剣崎部長おめでとうううう!』
『全俺が泣いた』
『報われてよかったな社畜www』
『分別の神 (トラッシュ・マスター)』
『ミミちゃんとハグとか裏山』
『社長は失格だけど部下は優勝www』
『これぞクリーン・ファンタジー』
「へぇ。あいつ、あんな顔もできたんだな」
珍しく部下の活躍を認め、ニヤリと笑う。
その横で、ミカエルが請求書を持って立っていた。
「ソウジ様。優勝賞金の目録ですが……さきほど破壊した秤の弁償代と相殺で、『プラマイゼロ』だそうです」
「……ま、そんなもんだろ」
ソウジは肩をすくめ、愛用のトングを腰にしまった。
金も名誉もいらない。
目の前の新宿の街が、少しだけ綺麗になった。
清掃員にとっては、それだけで十分な報酬だった。
こうして、真夏のゴミ拾い決戦は幕を閉じた。
世界一「分別」のできる男が、伝説になった日として。
【第8部 完】
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