第40話:トラッシュ・マスター誕生

 『ピーッ! 終了ォォォォッ!!』

 終了のホイッスルが、夕暮れの新宿に響き渡った。
 長きにわたる清掃決戦、『東京クリーンアップ・ウォーズ』が幕を閉じたのだ。

 特設ステージ前には、各クランが集めたゴミ袋が山のように積まれている。
 汗と泥にまみれた探索者たちが、固唾を呑んで審査員(東京都環境局長)の採点を待っていた。

「それでは、計量タイムに移ります! まずは優勝候補、『ブレイブ・ナイツ』!」

 アナウンサーの声と共に、紅蓮のレオが自信満々に前に出た。
 彼の背後には、黒い袋が積み上がっている。

「ふはははは! 見よっ、この量! モンスターを焼き尽くし、回収した『灰』の山だ!」

 ドサッ。
 係員が袋を秤に乗せる。
 しかし、モニターに表示された数字は、予想外に低いものだった。

【重量:50kg / 評価:D(要改善)】

「なっ!? バカな! なぜだ!?」

 レオが絶叫する。
 審査員が眼鏡を光らせ、冷淡に告げた。

「貴様らが持ち込んだのは『灰』と『溶解したプラスチック塊』だ。これはリサイクル不能な産業廃棄物であり、処理コストがかかる。さらに、街中での火炎放射によるCO2排出ペナルティを差し引くと……ほぼゼロ点だ」

「ぐぬぬ……ッ! 掃除とは浄化ではないのかァァァッ!」

 ブレイブ・ナイツ、撃沈。
 会場がどよめく中、次に呼ばれたのは──。

「続きまして、『株式会社クリーン・ファンタジー(分別班)』!」

 人事部長の剣崎と、聖女セシリアが前に出た。
 彼らが運んできたのは、透明な袋に美しく分類された資源の山だ。
 洗われたペットボトル、潰されたアルミ缶、束ねられた古紙。
 そのすべてが、宝石のように整然と輝いている。

「お、おおぉ……!」

 審査員たちが立ち上がり、どよめいた。

「美しい……! これほど完璧な分別(ソーティング)は見たことがない!」

「ラベルの糊残りゼロ! 瓶の色分けも完璧! これぞ『ザ・リサイクル』だ!」

【重量:300kg / 評価:SSS(芸術的)】

 高得点が叩き出された。
 剣崎がガッツポーズをし、セシリアが涙ぐむ。

「やりましたわ剣崎さん! 私たちの愛が届きましたわ!」

「ああ! これでミミちゃんに会えるぞ!」

 会場の空気は、完全にクリーン・ファンタジーの優勝ムードだ。
 だが、まだ「大将」が残っていた。

「最後は、同チームの『灰坂ソウジ選手』!」

 ざわっ……。
 観客がざわめいた。
 ステージに上がったソウジとコアちゃんの手には、ゴミ袋がなかったからだ。
 コアちゃんが、手のひらサイズの「黒いキューブ」を数個、ちょこんと持っているだけだ。

「あれ? ゴミは?」

「あのサイコロだけか?」

「ハハッ、さすがに諦めたか? 量は稼げなかったみたいだな」

 レオが嘲笑う。
 しかし、ソウジは涼しい顔で係員に顎をしゃくった。

「おい、その秤、頑丈か?」

「は? 業務用ですよ? 象が乗っても壊れま……」

「コアちゃん、乗せてやれ」

「はーい♪」

 コアちゃんがニコリと笑い、黒いキューブを一つ、無造作に秤の上に置いた。
 コトッ。

 その瞬間だった。

 ズドォォォォォォォンッ!!!

 爆発音のような轟音が響いた。
 ステージが激しく揺れ、秤があった場所が陥没した。
 頑丈な業務用計量器が、まるでプレス機にかけられたようにペチャンコにひしゃげ、火花を散らしている。

「な、ななな……ッ!?」

 係員が腰を抜かす。
 観客席が静まり返る。
 地面にめり込んだキューブの周囲には、放射状の亀裂が走っていた。

『!?!?!?』
『え?』
『秤が爆発したwww』
『ブラックホールでも置いたんか??』
『質量がおかしい』
『会場破壊RTA』
『さすが掃除の神、容赦ないwww』

「け、計測不能ォォォ!? なんだこの超質量物質はッ!?」

「ゴミだよ」

 ソウジがさらりと言った。

「裏路地の粗大ゴミ(ゴーレム)と生ゴミ(ミミック)を、ウチの秘書が空間ごと圧縮したんだ。見た目は小さいが、中身は数トンあるぞ」

 さらに、衝撃でキューブの一部が欠け、中からミミックの目玉がギョロッと飛び出した。

 『ギョエェェ……』

「ヒィィィッ!? い、生きてるゥゥゥ!?」

 審査員が悲鳴を上げ、会場はパニックに陥った。
 ソウジはトングで目玉を押し込みながら、「チッ、水切りが甘かったか」と舌打ちする。

 結果は明白だった。

「えー、審議の結果……灰坂選手は『会場設備の破壊』および『危険生物の持ち込み』により、失格とします!!」

「なんでだよ! ちゃんと袋(圧縮空間)に入れただろ!」

 ソウジの抗議も虚しく、レッドカードが突きつけられた。
 しかし、チームとしての成績は──。

「ですが! 剣崎選手とセシリア選手のスコアが圧倒的だったため……」

 ドラムロールが鳴り響く。

「優勝は、株式会社クリーン・ファンタジーです!!」

 わぁぁぁぁぁっ!
 大歓声と共に、紙吹雪が舞った。

「やったァァァァッ!!」

 剣崎とセシリアが抱き合って号泣する。
 そして、ステージの奥から、キラキラした衣装の少女が現れた。
 一日都知事、ミラクル・ミミちゃんだ。

「おめでと〜っ! 新宿を綺麗にしてくれてありがとう!」

 ミミちゃんが剣崎の手を取り、公約通りハグをする。
 その瞬間、人事部長・剣崎の目から、滝のような涙が溢れ出した。

「うっ……ううっ……! 生きててよかった……! 俺の地味なスキルが、やっと報われた……!」

「良かったですね剣崎さん! 尊いですわ!」

 セシリアもペンライトを振って祝福する。
 その光景を、ステージの袖でソウジが腕組みして見ていた。

『剣崎部長おめでとうううう!』
『全俺が泣いた』
『報われてよかったな社畜www』
『分別の神 (トラッシュ・マスター)』
『ミミちゃんとハグとか裏山』
『社長は失格だけど部下は優勝www』
『これぞクリーン・ファンタジー』

「へぇ。あいつ、あんな顔もできたんだな」

 珍しく部下の活躍を認め、ニヤリと笑う。
 その横で、ミカエルが請求書を持って立っていた。

「ソウジ様。優勝賞金の目録ですが……さきほど破壊した秤の弁償代と相殺で、『プラマイゼロ』だそうです」

「……ま、そんなもんだろ」

 ソウジは肩をすくめ、愛用のトングを腰にしまった。
 金も名誉もいらない。
 目の前の新宿の街が、少しだけ綺麗になった。
 清掃員にとっては、それだけで十分な報酬だった。

 こうして、真夏のゴミ拾い決戦は幕を閉じた。
 世界一「分別」のできる男が、伝説になった日として。

【第8部 完】

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