第41話 最後のあがき(降臨祭) ~神は細部に宿らず、演出に宿る~

 聖都の夜空が、真昼のように輝いていた。

 大聖堂を中心として、半径数キロメートルに及ぶ巨大な魔法陣が展開されている。
 その光源は、大聖堂の尖塔に張り付けられた一人の青年――アルヴィンだ。

「ア……ァァ……ッ!」

 彼の悲鳴は、増幅された賛美歌によって巧みにかき消されている。
 魔導車椅子から伸びた無数のチューブが、彼の生命力(マナ)を強制的に吸い上げ、純粋な光エネルギーへと変換して空へ放射していた。

 広場を埋め尽くす数万人の暴徒たち。
 彼らは銀行を襲う手を止め、呆然と空を見上げていた。

『見よ! これぞ神の威光!』

 キョウヤがバルコニーで両手を広げる。
 背後からのスポットライト(アルヴィンの命の輝き)を浴びた彼は、まさに救世主そのものに見えた。

『諸君! 悲しむことはない!
 銀行に金がない? 紙幣が紙屑になった?
 ……それがどうしたというのだ!』

 キョウヤの声が、魔導拡声器を通じて朗々と響き渡る。

『そもそも「金(カネ)」とは何だ? 悪魔が人間を支配するために作った、薄汚い鎖ではないか!
 今日、この国は生まれ変わる!
 私は宣言する。……全ての借金を帳消しにする「徳政令(ジュビリー)」を!』

 オオオオオォォォッ!!

 群衆がどよめいた。
 借金まみれの者、生活に困窮した者にとって、その言葉は甘美な麻薬だ。

『これより、聖教国は「貨幣経済」を廃止する!
 必要なものは神(私)が与えよう! 労働も、納税も、返済も必要ない!
 ただ私を信じ、祈りを捧げる者だけが、永遠の楽園へ入れるのだ!』

 極論だ。
 経済破綻の責任を放棄し、国家システムそのものをカルト宗教化することで延命を図る。

 だが、絶望した民衆には、その狂気が「救い」に見えてしまう。

「キョウヤ様……! キョウヤ様バンザイ!」
「金なんていらない! 神の国だ!」

 暴徒の手から石が落ち、代わりに祈りの手が組まれる。

 集団催眠(マス・ヒステリー)。

 キョウヤの「カリスマ」と、アルヴィンの命を削った演出が、理性を完全に麻痺させていく。

 キョウヤは口元を歪めた。

 (勝った……! 経済で負けても、ルールごとひっくり返せば俺の勝ちだ!
 このまま信者を洗脳して狂信兵に仕立て上げれば、クリフごときが何を言ってこようが……)

 その時だった。

 ズドオォォォォォン!!

 大聖堂の巨大な正門が、外側からの「何か」によって粉砕された。

『なっ!?』

 キョウヤが目を見開く。
 舞い上がる土煙。静まり返る群衆。
 その煙の中から、悠然と歩いてくる三つの影があった。

「やれやれ。……随分と派手な『解散パーティー』ですね」

 先頭を歩くのは、黒いスーツに眼鏡の男――クリフ。
 その右には、巨大なマンホール盾を担いだ巨漢のガント。
 左には、ノート型魔導端末を操作する少女、アリス。

「き、貴様ら……! どうやってここへ!?
 衛兵! 親衛隊! 何をしている、やつらを殺せ!」

 キョウヤが叫ぶ。
 大聖堂を守る武装した親衛隊(エリート騎士)たちが、一斉にクリフたちへ槍を向けて殺到した。

「死ねぇ! 悪魔の手先め!」
「神聖なる儀式の邪魔をするな!」

 数十人の騎士が迫る。
 だが、クリフは眉一つ動かさない。
 彼は懐から武器を取り出す代わりに――アリスに合図を送った。

「アリス。彼らに『現実』を見せてあげなさい」

「りょーかい! ……ハッキング、完了!」

 アリスがエンターキーを叩く。  瞬間、キョウヤの背後にあった巨大スクリーンが切り替わった。

 『神の奇跡』の映像が消え、代わりに表示されたのは――無機質な「銀行口座の残高画面」だ。  そこには、騎士団員全員の名前と、見慣れない銀行名が記されていた。

【口座名義:聖教国騎士団員(各個人名)】
【管理銀行:デーモン銀行(魔王領本店)】
【口座残高:100,000,000 マナ(入金済み)】
【ステータス:凍結中(アクセスキー入力で即時解除)】

「い、一億マナ……!?」 「『デーモン銀行』だと? 俺、あっちに口座なんて持ってないぞ!?」

 動揺する騎士たちに、クリフは眼鏡を光らせて告げた。

「現在、聖教国の銀行システムは死んでいます。  SWIFTからも遮断され、国内の預金を引き出すことも、海外へ持ち出すことも不可能です」

 クリフは手元の魔導端末を掲げた。

「ですので、私が皆さんのために『海外の新規口座』を開設し、そこに1億マナを入金しておきました」

「な……ッ!?」

「金は既にそこにあります。安全な海外の銀行に。
この国の経済がどうなろうと、その資産は守られます」

 それは、沈みゆく泥船(聖教国)に取り残された彼らにとって、唯一の救命ボートだった。

「条件は簡単。……今すぐ『その剣を置く』こと。  
それだけで、この口座の『アクセスキー(暗証番号)』を送信します」

「う、嘘だ! 騙されるな!」
「でも、こっちの銀行はもうダメだ……海外に資産を持てるなら……!」

 動揺する騎士たち。
 死んだ国の紙屑か、安全な国の1億マナか。
 答えは明白だった。

 カラン……。

 一人の騎士が剣を落とした。  それを合図に、カラン、カランと、武器を捨てる音が連鎖する。

「な……ッ!?」

 キョウヤが絶句する。

「ば、馬鹿な……! 金など無意味だと言っただろう!
 神を裏切るのか! 貴様らァ!!」

「神様はパンをくれませんが、弊社はボーナスを出しますので」

 クリフは冷徹に言い放ち、キョウヤを見上げた。

「こんばんは、キョウヤ氏。
 株式会社デーモン・ホールディングス、最高財務責任者のクリフです。
 ……さて、債権回収の時間ですよ」

 背後には、3,000億マナという圧倒的な財力を背負った「悪魔」が立っていた。
 だが、キョウヤの顔から驚愕が消え、代わりに粘着質な笑みが浮かんだ。

「……ククッ。そうか。あくまで『金』で来るか。
 ふざけるな……たかが現地人(NPC)風情が、この俺を追い詰めたつもりか?」

 キョウヤの雰囲気が変わった。
 粘着質な笑みが消え、代わりに底知れない傲慢さが顔を出す。

「俺は選ばれたんだ! 別の世界からこのクソみたいな世界に『転生』し、女神からチートを貰って、お前らを支配するために来た主人公なんだよ!」

 キョウヤが叫ぶ。
 その言葉に、アリスやガントは「何言ってんだこいつ?」と首を傾げた。
 だが、クリフだけは冷静に眼鏡を押し上げ、腑に落ちた顔をした。

「……なるほど。『転生者』でしたか」

 クリフの中で、全てのパズルが組み上がった。

 この世界の歴史にも、文献にも存在しない「アイドル」という概念。
 「魔導聖遺物」や「ネズミ講」といった、悪意に満ちた高度な集金システム。
 それらは全て、この世界の発想ではなかったのだ。

「道理で、我々の常識とかけ離れた知識を持っているわけですね。
 あなたは狂人ではなく、知識という武器を持ち込んだ『異邦人(インベーダー)』だった」

「はんっ、理解が早くて助かるぜ!
 なら、これも分かるか? これは転生の際に女神から授かった、お前らごときには絶対に対抗できない『特権(チート)』だ!」

 キョウヤが懐から、怪しく輝く「ピンク色の香水瓶」を取り出した。
 蓋を開けた瞬間、甘ったるく、脳髄を直接刺激するようなピンク色の霧が噴き出す。

「ひれ伏せ! 『|女神の愛液(アフロディーテ・パルファム)』!!」

 経済戦争は終わった。
 正体を現した転生者と、それを迎え撃つ現地人(プロフェッショナル)たち。
 ここからは、泥沼の「洗脳・魅了バトル」の始まりだ。

(続く)

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