第42話:サビ(鬼)には『スライムのヨダレ』が効く!?

 富士山の麓へと続く幹線道路は、避難する車と自衛隊の車両で大渋滞を引き起こしていた。
 空は噴煙で黒く染まり、サイレンの音が絶え間なく鳴り響いている。まさに「この世の終わり」のような光景だ。

 そんな絶望の車列の横を、一台の軽バンが猛スピードで逆走(緊急走行)していく。
 車体には『株式会社クリーン・ファンタジー』のロゴ。

「社長、エアコンの効きが悪くないですか? ちょっと蒸しますね」

 助手席で、人事部長の剣崎が涼しい顔で言った。
 彼らが着込んでいるのは、かつて太陽の表面を掃除した際に着用した【ソーダ・アイス・スーツ】だ。
 内部を特製の冷却ジェルが循環しているため、富士山が放つ熱気など、彼らにとっては「ちょっと温度設定を間違えたサウナ」程度にしか感じられない。

「ああ、外気導入になってるかもしれん。内気循環にしとけ」

 運転席のソウジも、まるでコンビニへ行くような気軽さでハンドルを握っている。
 ゴーグルの奥の視線は、ただ一点、火口(ボイラーの異常箇所)に向けられていた。

「見ろ、あの煙。不完全燃焼の黒煙と、硫化水素(ドブの臭い)が混ざってる。地下のボイラー管がドロドロに腐ってる証拠だ」

「硫黄の匂いですね。……それにしても、太陽に比べたら快適な現場です。あの時は、スーツ越しでも肌がジリジリ焼けましたから」

「まったくだ。今回は、作業後に温泉にでも入って帰るか」

 呑気な会話をしながら、軽バンは封鎖された登山道を強引に突破し、ついに富士山の火口(ナラカの入り口)へと到達した。

 そこは、文字通りの『地獄』だった。
 煮えたぎるマグマの海。舞い上がる火の粉。
 そして、そのマグマの中から次々と這い出してくるのは、身の丈5メートルを超える巨大な魔物たち。

『グォォォォォォッ!!(人間ドモメェ!)』
『ガァァァァァッ!!(焼き尽クシテヤル!)』

 全身が溶岩のように赤く燃え上がる『赤鬼』。
 そして、青白い炎をまとい、銅のような硬い皮膚を持つ『青鬼』の群れだ。
 彼らは強靭な獄炎の鎧をまとい、自衛隊が遠距離から放つ砲弾すら「カンッ!」と弾き返してゲラゲラと笑っている。

「マスター! 配信回ってます! 世界中の視聴者が、私たちの『配管清掃』に注目してますよ♪」

 荷台から降りた秘書のコアちゃんが、呑気にカメラを回す。

『クリーン・ファンタジー来たあああ!』
『嘘だろ、あの軽バンで火口まで登ってきたのかよw』
『ソーダアイスの着ぐるみwww』
『え、アイツら平気なの? マグマの熱でタイヤ溶けない?』
『太陽掃除した連中だぞ、これくらい余裕だろ』

「……うわぁ、ひでぇなこりゃ」

 ソウジは荷台から降りると、火口を覗き込んで深くため息をついた。

「見ろよ剣崎。配管(火口)の内側が『赤サビ(赤鬼)』と『緑サビ(青鬼)』だらけじゃねぇか。おまけに、ミネラル分が結晶化して『水垢の塊』になってやがる」

 ソウジの目には、鬼たちが振り回す強靭な金棒や獄炎の鎧が、ボイラー内部にこびりついた『ガチガチのサビと水垢』にしか見えていなかった。

「あれじゃお湯の通りが悪くなるわけだ。完全に塞がる前に、サビ落とし(酸洗浄)をするぞ」

「了解です。では、私が先に高圧洗浄機で表面の汚れを落とします」

「おう、頼む。コアちゃんはホースの準備だ。セシリアは仕上げのブラシを用意しろ」

 S級モンスターを前にしても、彼らの作業手順は完璧にマニュアル通りだった。
 ソウジはバンの荷台から、鈍く輝く金属製のタンクと、ホースのついた巨大な散布機を引っ張り出した。

 超硬金属で作られた自社製ツール、【高圧散布機オリハルコン改】だ。

「いいか、油汚れには『アルカリ』だが、ガチガチに固まったサビやスケール(鬼)には『酸』をぶつけるのが清掃の基本だ」

 ソウジはタンクのバルブを開いた。

「行くぞ。自社開発の最強サビ取り剤──『スライム・サリバー・オメガ』の力、見せてやる」

 それは、クリーン・ファンタジー社が独自精製した『超強力酸性洗浄剤(劇薬)』である。
 普通の容器なら一瞬で溶けてしまうが、オリハルコン製だからこそ噴射に耐えられる代物だ。

『ギガァァァッ!!(死ネェェ、人間!!)』

 赤鬼と青鬼が、ソウジたちを見つけて巨大な金棒を振り下ろしてきた。
 しかし、ソウジは一歩も引かず、オリハルコンノズルを真っ直ぐに構えた。

「消毒の時間だ、クソサビ共が」

 ブシュゥゥゥゥゥゥゥゥッ!!!

 ノズルから、緑色に発光する液体 (スライム・サリバー・オメガ)が超高圧で噴射された。
 砲弾すら弾くはずの鬼たちの『獄炎の鎧』に、その液体が直撃する。

 直後。

『……ッ!? ギ、ギャアアアアアアアアアアッ!?!?』

 信じられない光景が広がった。
 鬼たちの強靭な皮膚が、「シュワシュワシュワッ!」という激しい音を立てて、白い泡を吹きながら溶け崩れ始めたのだ。

『アッ!アワッ! 溶ケルゥゥゥゥッ!!』
『俺ノ金棒ガ! 鎧ガァァァ!!』

「よし、サビが浮いてきたな! セシリア、仕上げだ!」

「承知いたしましたわ、ソウジ様! 主の御名において、この汚れ(悪魔)を浄化します!」

 防毒マスクの上から修道銃を構えたセシリアが、聖水をたっぷり含ませた【特大デッキブラシ】を構えて突撃した。

 ゴシィッ! ゴシィッ!

 酸で表面がドロドロに溶けた鬼たちを、セシリアのデッキブラシが容赦なく削り落としていく。
 跡に残ったのは、跡形もなくツルツルに磨き上げられた火口の岩肌だけだった。

『ファッ!?』
『鬼が……溶けた……?』
『スライムのヨダレwww』
『聖女のゴシゴシ洗いでS級モンスターが消滅したんだが???』
『オリハルコン製ノズルとかいうオーバースペックwww』

「ふぅ。表面のサビはこんなもんか」

 ソウジはノズルの先端から滴る緑色の液体を払い落とし、マグマが煮えたぎる火口のさらに奥──ナラカの大空洞へと目を向けた。

「だが、まだ圧力が下がってねぇ。……一番厄介な『本丸の詰まり』は、このさらに奥(地下)だ。潜るぞ」

 ソウジの言葉に、剣崎も涼しい顔で頷く。
 クリーン・ファンタジー社の、命がけの「地下ボイラー清掃」は、まだ始まったばかりだった。

(続く)

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