第43話 神の正体(チートアイテム)攻略戦 ~損益分岐点を超えた暴走~

「あぁぁぁ……力が、力が溢れてくるぞォォォッ!!」

 大聖堂前広場。
 キョウヤの身体が、禍々しい黄金のオーラに包まれていた。
 彼は魔導車椅子のコンソールを乱暴に操作し、出力レバーを限界(レッドゾーン)まで押し込んでいた。

「ア……が、アァァァッ!!」

 背後の尖塔で、アルヴィンが絶叫する。
 彼の身体から、生命力そのものである青白い粒子が無理やり引き剥がされ、太いチューブを通ってキョウヤへと供給されているのだ。

「死ね! 死ね! 俺に逆らう『バグ』どもは消去だァッ!!」

 ドォォォォン!!

 キョウヤが右手を振るうと、圧縮された魔力の塊が放たれた。
 それは魔法というより、純粋なエネルギーの爆撃だ。

「ぐおぉぉぉッ!?」

 ガントがマンホール盾で受け止めるが、その巨体が数メートルも後退させられる。
 赤錆びた鉄盾が赤熱し、ジュウジュウと音を立てた。

「おいおい、冗談じゃねぇぞ! こいつの威力、攻城兵器並みだ!」
「ガント、耐えてください! 直撃すれば蒸発します!」

 クリフが叫びながら、瓦礫の陰に身を隠す。
 彼の魔導鑑定機(スキャナ)が、キョウヤのステータスを表示していた。

【測定不能(ERROR)】
【魔力供給源:外部接続(勇者アルヴィン)】
【エネルギー効率:最悪(対象の生命崩壊進行中)】

「……ひどいものです。
 勇者という『最高級の資産』を、使い捨ての乾電池のように燃やしている」

 クリフは眉をひそめた。
 あれは戦闘ではない。ただの「資源の浪費」だ。
 あと数分も続ければ、アルヴィンの命が尽き、キョウヤの力も消えるだろう。
 だが、その前にこちらが消し炭にされる。

「ハハハ! どうだクリフ! 金で魔法が防げるか!?
 この圧倒的な『主人公補正』の前では、お前の小細工など無意味なんだよ!」

 キョウヤが空中に浮遊し、両手に巨大な光球を作り出す。
 もはや会話も通じない。暴走機関車だ。

 だが、その時。
 キョウヤの死角から、一本の白い光線が走った。

 バチィィィン!!

「なっ!? 俺のバリアが!?」

 キョウヤの展開していた防御壁に亀裂が入る。
 驚いて振り返った彼の視線の先にいたのは、黒いローブを纏った少女――ミナだった。

「……詰めが甘いのよ、あんたは」

 ミナの手には、複雑な魔法陣が展開されている。
 それは攻撃魔法ではない。  

 アルヴィンの魔力波長を完全に解析し、逆位相をぶつけて打ち消す「同調解除(シンクロ・キャンセル)」の術式だ。

「ミナ……!? 貴様、裏切るのか! 誰が雇ってやったと思ってる!」

「雇われた? 笑わせないでよ」

 ミナは鼻で笑い、チラリとクリフたちの方を見た。

「私はね、あの『バカ勇者(アルヴィン様)』の聖女なの。
 落ちぶれて、脱税で逮捕されて、保釈されてからも大変だったけど……
 それでもずっと一緒だった……腐っても『共犯者』なのよ!」

 ミナの叫びに、ガントがニヤリと笑った。

「へっ! 言うじゃねぇか、聖女様。
 この半年間、便所掃除で根性が鍛え直されたみたいだな!」

「うるさいわね筋肉ダルマ! ……ゲッ、クリフ」

 ミナはクリフと目が合うと、バツが悪そうに顔をしかめた。

「しつこい男ね。まさかこんなとこまで追いかけてくるとは思わなかったわ」

「人聞きが悪いですね。私はただ、未開拓市場の視察に来ただけですよ」

 キョウヤが空中でバランスを崩す。
 その隙を見逃すガントではない。

「ナイスだ聖女様! ……大将、今だ!」

「ええ。……ガント、ミナ! 彼を叩き起こしますよ!」

 クリフの指示に、まずはミナが叫んだ。

「ちょっとアルヴィン様! いつまで寝てるのよ!
 私がここまでお膳立てしてあげてるのに、このまま死んだら一生呪ってやるからね!」

 続いて、マンホール盾を構えたガントが腹の底から咆哮する。

「おい元リーダー! Sランクの意地見せろ!
 俺にばっかりカッコいいとこ譲ってんじゃねぇぞ! 過去のことは忘れてやるから根性見せやがれェッ!」

 二人の魂の叫び。
 だが、それでもまだアルヴィンの瞳には光が戻らない。
 キョウヤによる支配(魔力搾取)が強すぎるのだ。

「……チッ。やはり、普通の声援では届きませんか」

 クリフは舌打ちすると、懐から魔導拡声器(メガホン)を取り出した。
 そして、最大音量で、かつての会計担当としての「説教」を開始した。

「アルヴィン!! 聞いていますか、この社会不適合者が!!」

 大音量の罵倒が、戦場に響き渡る。
 キョウヤが一瞬、動きを止めて呆気にとられた。

「貴方はいつだってそうだ!
 聖剣のサブスク契約ひとつ管理できない!
 ダンジョンの入山届も! 宿の予約も人任せ!」

 クリフは指を折りながら、これまでの恨みつらみを並べ立てる。

「私が『経費になるから領収書をもらえ』と何度言っても、貴方は『面倒くさい』と言ってその辺に捨てる!
 そのせいで税務調査に入られ、挙句の果てに逮捕され、落ちるとこまで落ちて……」

「な、何を言ってるんだアイツは……?」
 キョウヤが困惑する中、クリフの口撃は止まらない。

「事務処理能力はゼロ! 金銭感覚もゼロ! 経営センスもゼロ!
 貴方は『戦うこと』以外に何の価値もない、ただの燃費の悪い脳筋バカだ!」

 クリフは眼鏡を光らせ、冷酷に言い放った。

「なのに、その唯一の取り柄である『戦闘』すら放棄して、ただの電池として朽ち果てるつもりですか?
 ……呆れました。
 戦わない勇者など、減価償却すら終わっていない『産業廃棄物』です!!」

 その言葉は、薄れゆくアルヴィンの意識に、鋭い棘となって突き刺さった。

(……サ……サブスク……領収書……)

 アルヴィンは、霞む視界の中でクリフの声を聞いていた。
 感動的な呼びかけではない。
 いつも通りの、耳にタコができるほど聞かされた、ネチネチとした小言。

(……産業……廃棄物、だと……?)

 ――ふざけるな。
 誰のせいでこんな目に遭ってると思ってるんだ。
 誰のせいで、毎日必死に働いてると思ってるんだ。

(うるさい……うるさい、うるさい!!)

 身体は動かない。手足の感覚もない。
 だが、胸の奥に残った火種に、クリフの言葉が「油」となって注がれた。
 それは正義感ではない。純粋な「苛立ち(逆ギレ)」だ。

(僕だって……たまには領収書くらい貰ってるよ!
 あぁもう! いちいち細かいんだよ、お前はぁぁぁッ!!)

「ウ、ル、サ、イィィィィィィィッ!!」

 アルヴィンが、最後の力を振り絞って咆哮した。
 彼はキョウヤに送るべき魔力を、怒りに任せて「逆流」させたのだ。

 バチバチバチッ!!

 魔導車椅子のシステムが悲鳴を上げる。
 供給されるはずのエネルギーが逆流し、アルヴィンの身体へと流れ込む。

「な、なんだ!?
 やめろアルヴィン! 貴様、自爆する気かァァァッ!?」

「ぜ、全部……! 全部お前のせいだろぉォォーーッ! これ以上、僕に……説教をするなぁァァッ!!」

 ドカァァァァァン!!

 魔導車椅子の制御ユニットが爆発した。
 供給ラインが断ち切られ、キョウヤの黄金のオーラが一瞬で霧散する。

「ぐあぁぁぁっ!!」

 空中に浮いていたキョウヤが、糸の切れた人形のように地面へ落下した。
 ドサッ!
 無様に泥にまみれ、彼は震える手で懐を探る。

「ま、まだだ……! 回復薬(ポーション)……予備の魔石……!」

 だが、その手はガントの巨大な足によって踏みつけられた。

「……終わりだ、色男」

 見上げれば、鬼のような形相のガントが、マンホール盾を高く振り上げていた。

「てめぇは『勇者』じゃねぇ。
 ただの、他人の褌(ふんどし)で相撲を取る『詐欺師』だ」

「ひ、ひぃぃッ! ま、待て! 話し合おう!
 俺には知識がある! 金も作る! だから……!」

 命乞い。
 先ほどまでの「神」の威厳はどこにもない。

 ガントは鼻を鳴らし、クリフを見た。
「大将。こいつ、どうする?」

 クリフは、静かに歩み寄った。
 埃を払い、眼鏡の位置を直し、手元の石版(スレート)に目を落とす。

「話し合い? ええ、必要ですね」

 クリフは冷徹な瞳で、キョウヤを見下ろした。

「ですが、それは『商談』ではありません。
 貴方がこの国と、我が社と、そしてアルヴィンに与えた損害の……『賠償請求』についての話し合いです」

 クリフが指を鳴らす。
 それを合図に、買収された元・聖教国騎士団が、一斉にキョウヤを取り囲み、槍を突きつけた。

「キョウヤ。貴方の身柄を拘束します。
 ……安心してください。貴方には一生かけても返せない借金がありますから、死ぬことすら許されませんよ」

「あ……あぁ……」

 キョウヤの目から光が消えた。
 神の奇跡も、チートアイテムも、勇者の力も、全て失った。
 残ったのは、天文学的な負債と、罪の重さだけ。

 崩れ落ちる大聖堂を背に、聖教国の長い夜が明けた。
 残り時間、あと6日と18時間。
 経済戦争、および武力衝突――これにて、完全決着。

(続く)

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