サビ(赤鬼・青鬼)を溶かして落としたクリーン・ファンタジーの一行は、さらに火口の奥深く──マグマが波打つ大空洞へと降下していた。
そこは、地下の超高圧マグマが地上へと一気に逆流しようとしている「噴火の震源地」である。
「ひぃぃ……っ! マグマの海ですよ社長! スーツのおかげで熱くはないですが、視覚的な恐怖がエグいです!」
剣崎がロープ伝いに降りながら、眼下に広がる灼熱の海を見て悲鳴を上げる。
だが、ソウジの視線はマグマそのものではなく、そのマグマを地上へ向かって力任せに「押し上げている」異常な存在に向けられていた。
「……おい。なんだ、あの最悪の光景は」
ソウジが顔をしかめ、心底嫌そうに吐き捨てた。
マグマ溜まりの中心。そこには、地獄の先兵として名高いS級上位の鬼たちが、ぎっしりとスクラムを組んで道を塞いでいた。
『ブモォォォォォッ!!(地上ヲ火ノ海ニ変エロ!)』
『ヒヒィィィンッ!!(我ラガ地獄ノ先陣ヲ切ル!)』
筋骨隆々の巨体に牛の頭を持つ魔神、『牛頭(ごず)』。
そして、同じく屈強な肉体に馬の頭を持つ魔神、『馬頭(めず)』。
数万匹にも及ぶ彼らの大群が、圧倒的な質量と魔力で「栓」となり、行き場を失ったマグマの圧力を限界まで高めていたのだ。
『牛頭馬頭キタアアアアア!』
『S級上位が数万匹とか、完全に日本の終わり』
『自衛隊の一個師団でも勝てないぞアレ……』
『さすがの清掃会社もこれは無理だろ』
『撤退しろおおお!』
画面越しの視聴者が絶望する中、ソウジはゴーグルの奥でギリッと歯ぎしりをした。
「……うげぇ。配管清掃で『一番見たくないヤツ』じゃねぇか」
「見たくないヤツ?」
剣崎が首を傾げる。
ソウジの目には、恐るべき地獄の軍団が、まったく別の「おぞましい物体」に翻訳されていた。
【解析:排水管深部の深刻な閉塞】
【主成分:大量の動物性油脂(牛脂)および毛髪(馬の毛)】
【状態:極めて強固なファットバーグ(油脂の塊)】
「見ろ、剣崎! あの『牛頭』ってのは、冷えて白く固まった『ラード(牛脂)』だ! そしてあの『馬頭』は、排水溝に絡みついた大量の『毛髪(馬の毛)』だ!」
「はぁ? ラードと髪の毛……?」
「そうだ! 誰だよ、油をそのままシンクに流したバカは! 毛髪と絡み合って、配管の奥で巨大な『ファットバーグ(油脂の塊)』に成長してやがる!」
ソウジはトングをカチカチと威嚇するように鳴らした。
配管内に流れ込んだ油は、冷えて固まると石のように硬くなる。そこに髪の毛やゴミが絡みつけば、どんな強力な薬剤でも容易には溶かせない最悪の「詰まり」へと変貌するのだ。
「あれが完全に『栓』になって、ボイラーの圧力が逃げなくなってるんだ! このままじゃ、マジで配管(富士山)が破裂するぞ!」
「なるほど、そういうことでしたか!」
剣崎が(ズレた方向に)納得して頷く。
「社長! ここは私が先ほどの『スライム・サリバー・オメガ』を散布します! 酸で溶かしてやりましょう!」
「待て剣崎! そいつは──」
ソウジの制止をよそに、剣崎がオリハルコンノズルを構え、緑色の酸性洗浄剤を牛頭馬頭の大群に向かって噴射した。
ブシュゥゥゥゥッ!!
『ム? 何ダ、コノ緑ノ水ハ?』
劇薬が牛頭の強靭な肉体に直撃する。
しかし、先ほどの赤鬼たちのように「シュワシュワ」と溶ける気配はない。表面がわずかに変色し、チリチリと煙を上げるだけだ。
『ブハハハッ! 人間ドモメ、我ラノ『剛毛』ト『厚キ脂肪』ノ前ニハ、カヨワキ魔法ナゾ通用センワ!』
牛頭と馬頭が腹を抱えてゲラゲラと嘲笑う。
剣崎が驚愕してノズルを下ろした。
「な、なんてことだ……! 最強のサビ取り剤が効かない!?」
「だから待てと言ったんだ」
ソウジが呆れたようにため息をついた。
「酸は『サビ(酸化鉄)やカルシウム』には効くが、『油と毛の塊』を溶かすのには時間がかかりすぎるんだよ。あんな分厚い脂肪(ラード)の層を溶かし切る前に、こっちの洗剤が空になっちまう」
「そ、そんな……! じゃあどうすれば!?」
「簡単だ」
ソウジはトラックの荷台から、見慣れない「漆黒の太いホース」を引きずり出してきた。
その先端には、金属製の奇妙なノズルが取り付けられている。いくつもの噴射口が、まるで八つの頭を持つ大蛇のように全方位を向いている、特殊な形状のツール。
「油と毛が絡まった最悪の『詰まり(ファットバーグ)』。こいつを抜くには、薬剤に頼らず、物理的に粉砕して『貫通』させるしかねぇ」
ソウジは漆黒のホースを、専用の超高圧コンプレッサーに接続した。
「配管清掃の最終兵器。──業務用・洗管ホース【ヤマタノノズル】の出番だ。力技でぶち抜くぞ!」
ソウジが不敵に笑い、漆黒のホースがまるで生き物のように「ギチチチッ」と身をよじらせた。
地獄の軍団に対する、容赦のない「清掃」が今、始まろうとしていた。
(続く)
コメント