第44話:八岐の暴水『ヤマタノノズル』

「力技でぶち抜くぞ」

 灰坂ソウジは、トラックに積んだ超高圧コンプレッサーのエンジンを全開にした。
 彼の手には、金属製の奇妙な先端パーツがついた漆黒の太いホースが握られている。

『ブハハハッ! 何ヲ持チ出ス魔道具カト思エバ、タダノ黒イ紐デハナイカ!』
『酸ガ効カズニ自暴自棄ニナッタカ、人間!』

 マグマの海を塞ぐようにスクラムを組む牛頭(ごず)と馬頭(めず)の大群が、腹を抱えて笑い声を上げる。
 彼らの分厚い皮膚と筋肉は、魔法も砲弾も通さない難攻不落の城壁だ。

「笑ってられるのも今のうちだぞ、ラード共」

 ソウジはホースの先端──八つの噴射口を持つ特殊ノズルを、敵の大群へと向けた。

「配管清掃用の洗管ホースってのはな、先端から『後方』に向かって超高圧の水を噴射するんだ。その猛烈な推進力で、自ら配管の奥へ奥へと自走しながら、こびりついた汚れを粉砕していく」

 ガチャン! と、ソウジが手元のトリガーを引いた。

「こいつはウチの特注品だ。八方向への超高圧スピン噴射で、どんな強固な油脂もミンチにする。──行け、【ヤマタノノズル】!」

 ドギュルルルルルルルルルルッ!!!

 凄まじい轟音と共に、ノズルの後方八箇所から、カッターの刃のように鋭い超高圧の浄化水が噴出した。
 その圧倒的な推進力により、漆黒のホースはまるで『八つの頭を持つ水の大蛇』のように荒れ狂いながら、ソウジの手を離れて牛頭馬頭の群れへと突進していった。

『ナッ!? グァァァァァァァッ!?』

 先頭にいた牛頭の巨体が、回転するヤマタノノズルによって一瞬でえぐり取られた。
 超高圧の水流は、彼らの誇る「厚き脂肪(ラード)」も「剛毛(馬の毛)」も関係なく、紙くずのように切り裂き、粉砕していく。

『ヒィィィンッ! 止メロ! 防御構エ──ギャアアアアッ!』

 馬頭たちが慌てて巨大な防御体制を構えるが、自走するノズルは彼らを貫通し、さらに軍勢の奥深くへと潜り込んでいく。

 ギュルルルルルルルルッ!!
 ズババババババッ!!

 ホースは生き物のように身をよじらせ、八方向へウォーターカッターを撒き散らしながら、数万匹の鬼が密集する「肉の壁(油脂の詰まり)」の中をドリル状に掘り進んでいった。

『エグいエグいエグい!!』
『ホースが完全に生きてる! 大蛇だ!』
『S級上位の鬼が、ミキサーにかけられたトマトみたいになってるんだが……』
『ヤマタノノズル(物理)』
『これが……お掃除……?』
『水道局の最終兵器』

「よし、順調に食い込んでるな。コアちゃん、ミカエル、ホースが絡まないように送り出してやれ」

「はいマスター! スルスル行きますよー♪」

「お任せください、ソウジ様!」

 コアちゃんがニコニコしながら、コンプレッサーから伸びるホースをナラカの穴へとどんどん送り込んでいく。それをミカエルが、途中で絡まないように飛びながら調節する。
 やがて、ホースが数百メートルほど深部へ到達した時だった。

 ドシュゥゥゥゥゥゥンッ!!!

 地鳴りのような音と共に、ノズルが牛頭馬頭の最深部(詰まりのコア)を完全に貫通した。

「抜けたぞ! バルブ解放、圧力を逃がせ!」

 ソウジの合図と同時に、マグマ溜まりを塞いでいた「栓」が崩壊した。

 行き場を失っていた超高圧の火山ガスが、「プシュゥゥゥゥゥゥゥゥッ!!」と凄まじい勢いで上空へと噴出していく。
 それはまさに、ボイラーの安全弁が正常に作動し、危険な蒸気が一気に抜けた瞬間だった。

「おおおっ! 社長! マグマの液面が、信じられないスピードで下がっていきます!」

 剣崎が歓喜の声を上げる。
 圧力が抜けたことで、逆流しようとしていたマグマが本来の地下深くへと引いていく。
 そして、粉砕されてドロドロになった牛頭馬頭(ラードと毛髪の塊)たちもまた、重力に従ってマグマと共に「下水の底(ナラカの最深部)」へと勢いよく流されていった。

『アビャァァァァ……ッ(流サレルゥゥゥ……)』

 ***

 一方、その頃。
 富士山のさらに地底深く、ナラカの最下層にある『閻魔の御殿』では。

「ふははは。ワシの先陣部隊が、今頃地上を火の海に変えておる頃じゃろう。そろそろ、この閻魔大王様が直々に降臨してやろうかのう」

 超巨大な炎の魔神・閻魔大王が、玉座から立ち上がり、マントを翻して堂々と出陣しようとしていた。
 しかし。

 ゴボゴボゴボッ! ズザザザザザァァァァッ!!

「……ん? なんじゃあの、上から降ってくる大量の水と、肉片の塊は?」

 閻魔大王が見上げた先、ナラカの縦穴から、超高圧の浄化水と共に、原型を留めていない牛頭馬頭のミンチが、まるでナイアガラの滝のように降り注いできた。

「えっ? ちょっ、待っ──」

 ドバアァァァァァァァァァッ!!!

 逃げる間もなかった。
 地獄の王は、自らの配下の残骸と大量の水に押し流され、さらに深い奈落の底へとグルグル回転しながら流されていった。

「ワシ、マダ、一言モ喋ッテナイノニィィィィィィッ……!!」

 ***

「……よし。ボイラーの詰まりは完全に抜けたな」

 地獄の王が流されたことなど知る由もなく。
 火口でホースを巻き取りながら、ソウジは満足げに頷いた。

「あとは、ヒビ割れた配管(火口)を『パテ』で塞げば修理完了だ。セシリア、あれを持ってこい」

「はい! 準備できておりますわ!」

 噴火の危機は去った。
 だが、ソウジの過剰な「仕上げ作業」が、富士山という日本の象徴に、とんでもない変化をもたらすことになろうとは、まだ誰も予測していなかった。

(続く)

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