大聖堂前の広場は、夜明け前の静寂に包まれていた。
暴動を起こしていた群衆は、衛兵たち(デーモンHDからの特別手当で寝返った者たち)によって鎮圧され、遠巻きに事の成り行きを見守っている。
瓦礫の山となったステージの中央。
そこに、後ろ手に縛られ、地面に転がされた男がいた。
「は、離せ! 俺を誰だと思っている!
俺は選ばれた勇者だ! 転生者だぞ! こんな……こんな扱いが許されるかァァッ!」
キョウヤだ。
泥と埃にまみれ、自慢の純白のスーツは見る影もない。
彼は血走った目で、眼前に立つクリフを睨みつけた。
「クリフ! お前、俺の金を盗んだな!?
返せ! それは俺が苦労して信者から巻き上げた金だぞ!」
「人聞きが悪いですね」
クリフは埃を払い、涼しい顔で石版(スレート)を操作した。
「盗んだのではありません。『差し押さえた』のです。
……キョウヤ氏。貴方は今、この国の『最大債務者』だという自覚はありますか?」
「は、はぁ!? 借金だと!?」
「ええ。計算書を作成しておきました」
クリフが画面をキョウヤに見せつける。
そこには、目も眩むような桁の数字が並んでいた。
[Invoice]|請求書
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1. 国庫横領および不正送金返済金:3,200億マナ
2. デーモンHDへの業務妨害賠償金:500億マナ
3. 当社設備(勇者アルヴィン)の無断使用料および損壊賠償:100億マナ
4. 精神的慰謝料(社員へのセクハラ含む):プライスレス(別途算定)
【合計負債額:約3,800億マナ】
───────────────────
「さ……さんぜんはっぴゃく……!?」
キョウヤが絶句する。
どんなに働いても、利子すら返せない金額だ。
「貴方の個人資産は全て没収しましたが、それでも全く足りません。
……さて、どうしますか?
通常なら『死んで詫びる』ところですが、残念ながら死んだ程度では1マナにもなりません」
クリフは冷徹に告げた。
その言葉に、キョウヤは顔面蒼白になり、後ずさる。
「ひ、ひぃ……! ま、待て! 俺には知識がある!
前世の知識を使えば、新商品だって開発できる! だから殺さないでくれ!」
「殺しませんよ。貴方は貴重な『資源』ですから」
クリフは眼鏡を光らせ、ニッコリと笑った。
その笑顔は、どんな魔王よりも恐ろしかった。
「実は、我が社のメイン動力炉(アルヴィン)が、これまでの酷使と貴方の乱暴な扱いでボロボロになってしまいましてね。
……急募していたのですよ。『代わりのパーツ』を」
「……は?」
クリフは、キョウヤの胸元にある「ピンク色の香水瓶(チートアイテム)」と、彼自身から溢れ出る異常な魔力(転生特典)を指差した。
「貴方のその『無尽蔵の魔力』と『規格外のステータス』。
……素晴らしい。アルヴィン氏のスペックを遥かに凌駕している。
これなら、瘴気のろ過効率は従来の3倍……いや、5倍は見込めますね」
「ま、まさか……俺を……?」
「おめでとうございます、キョウヤ!
貴方を株式会社デーモン・ホールディングス、魔力供給部門の『永久機関(生体フィルター)』として採用します!」
クリフが高らかに宣言する。
「契約期間は……そうですね、この負債を完済するまで。
貴方の寿命と出力計算に基づくと……およそ300年ほど地下室でペダルを漕ぎ続ければ、チャラになります」
「さ、さんびゃくねん!? ふざけるな!
俺は主人公だぞ! そんなモブみたいな最期があってたまるかァァァッ!」
キョウヤが暴れるが、ガントが無造作にその首根っこを掴み上げた。
「往生際が悪いぞ、新人。
安心しな。ウチの地下工場は涼しいぞ? ……光は届かねぇけどな」
「いやだァァァ! 離せ! 誰か助けてくれェェェ!」
絶叫しながら、キョウヤはガントによって引きずられていった。
アルヴィンを「道具」として使い潰そうとした男が、今度は自分が「一生出られない道具」として消費される。
これ以上ない、完璧な因果応報だった。
◇
キョウヤの悲鳴が遠ざかると、その場には重苦しい空気が残った。
ミナに支えられたアルヴィンが、恐る恐るクリフの前に進み出る。
「……ク、クリフ」
アルヴィンは震えていた。
次は自分の番だ。
脱走、設備の破壊、業務放棄。
キョウヤほどではないにせよ、自分にも重い処罰が待っているはずだ。
「……覚悟は、できてるよ。
また地下に戻れと言うなら……戻るよ。それが僕の罪なら……」
アルヴィンが悲痛な覚悟を決めて俯く。
だが、クリフから返ってきたのは、意外な言葉だった。
「何を言っているのですか?
貴方はもう、クビ(解雇)ですよ」
「……え?」
アルヴィンが顔を上げる。
「解雇……? 僕を、捨てるのか……?」
「言葉を選んでください。『定年退職』です」
クリフは石版(スレート)を操作し、アルヴィンのステータス画面を表示した。
【勇者アルヴィン:魔力回路破損 / 耐久度限界】
【評価:資産価値ゼロ(償却済み)】
「今回の戦闘で、貴方の魔力回路は焼き切れました。
もう『生体フィルター』としての性能はありません。
そんなポンコツを地下に置いておけば、生産性が下がります」
冷たい言葉だ。
だが、その言葉の裏には、奇妙な温かさがあった。
「ですので、新しい契約を結びましょう」
クリフが新しい書類を差し出した。
[Employment Contract]|雇用契約書
───────────────────
職種:特別技術顧問(アドバイザー)
業務内容:新人(キョウヤ)の監視および教育指導
給与:人並みの生活費+出来高
───────────────────
「……は?」
「キョウヤ氏は優秀なパーツですが、性格に難があります。
彼がサボらないよう、経験者である貴方が『監督』として監視してください。
……ペダルを漕ぐ必要はありません。鞭を持って、彼がサボっていたら報告するだけの簡単なお仕事です」
アルヴィンは、ポカンと口を開けた。
それは実質的な「解放」であり、同時にキョウヤに対する「看守」としての役割だった。
「僕が……あいつを、管理する……?」
「ええ。貴方が味わった地獄を、一番よく知っているのは貴方ですからね。
……どうです? ホワイトな条件でしょう?」
クリフがニヤリと笑う。
アルヴィンの目から、大粒の涙が溢れ出した。
「う……うぅ……! ありがとう……クリフ……!」
「礼には及びません。人件費の有効活用です」
泣き崩れる元勇者を、ミナが優しく抱きしめる。
彼女もまた、涙ぐみながらクリフに頭を下げた。
「……ありがとね、悪徳会計士。
あんた、やっぱり……性格悪いけどね」
「褒め言葉として受け取っておきます」
◇
その時、広場の隅で小さくなっていた少女──聖女セレスティアが、恐る恐る声を上げた。
「あ、あの……! 私は……どうなるのでしょうか……?」
彼女の首には、まだキョウヤにつけられた「服従の首輪」が巻かれている。
クリフは彼女に近づくと、指先でパチンと音を鳴らした。
カシャン。
首輪のロックが解除され、地面に落ちた。
キョウヤの魔力が消えたことで、拘束力が失われていたのだ。
「セレスティア氏。貴方は被害者ですが……同時に、国民を欺いた広告塔でもあります」
「は、はい……! どんな罰でも受けます……!」
「では、働いてもらいましょう。
我が社はこれから、この国を『子会社』として再建します。
貴方には、新政府の『代表(象徴)』として、国民の心のケアと、我が社の方針(利益誘導)に従順な教義の普及を担当してもらいます」
要するに、デーモンHDお抱えの傀儡政権のトップだ。
だが、今の彼女にとって、それは「贖罪」の機会でもあった。
「……はい! 命に代えても、この国を立て直します!」
彼女の瞳に、本来の聖女としての光が戻る。
こうして、敗者たちの「債務整理」は完了した。
残り時間、あと6日。
全ての懸案事項は片付いた。
あとは、本社(魔王城)へ帰還し、この「1兆1,200億マナ」という巨大な黒字決算を報告するだけだ。
(続く)
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