第45話:世界一の『天空温水プール』爆誕

 ギュルルルルルッ……!
 超高圧で暴れ回っていた【ヤマタノノズル】を巻き取ると、火口の底からは不気味なほどの静寂が返ってきた。

「社長! マグマの液面が、完全に安定しました! 異常な熱波も収まっています!」

 剣崎が手元の温度計を見て、歓喜の声を上げる。
 日本滅亡の危機と騒がれた富士山の大噴火は、一介の清掃業者の「配管詰まり抜き」によって、あっけなく鎮圧されたのだ。

「ふぅ。これで一旦、ボイラーの爆発は防げたな」

 ソウジは首元のタオルで汗を拭い、大きく息を吐いた。

「だが、まだ『仕上げ』が残ってる。マグマの圧力で、配管(火口)のあちこちに亀裂が入ってやがる。このまま放置すれば、また地下水が染み込んで水蒸気爆発を起こすぞ」

「えっ、まだやるんですか!? もう十分すぎるほど世界を救ったと思いますが……」

「バカ野郎、清掃と補修はセットだ。ヒビ割れを残したまま帰る三流業者がどこにいる」

 ソウジはトラックの荷台から、ドラム缶ほどの大きさがある容器を引っ張り出した。
 中に入っているのは、ドロドロとした灰色の粘土のような物質。

「特製の最強補修材──【耐熱エポキシパテ(スライム配合)】だ」

 それは、超高温にも耐えうる特殊なエポキシ樹脂に、スライムの持つ「圧倒的な弾力性と自己修復能力」を配合したハイブリッド充填材である。
 どれほど強力な火山性微動(ボイラーの振動)が起きようとも、決してひび割れることなく隙間を密閉する魔法のパテだ。

「コアちゃん、重力操作でパテを火口の底全体に広げてくれ。セシリア、お前はミカエルに抱えてもらって、聖水で表面を滑らかにならしてコーティングしろ。空からなら未乾燥のパテに足跡がつかねぇからな」

「はいマスター! ペタペタ塗りますよー♪」

「主の御名において、美しいフラットに仕上げますわ!」

「なっ! 私の美しい翼は、宙吊り作業用のハーネスではないと言っているでしょう! 足跡をつけずに施工するためとはいえ、神への冒……ああっ! ちょっとセシリア、暴れないでください! パテが私の羽に飛び散ります!」

 文句を言うミカエルの足首にセシリアがガシッとぶら下がり、強引にテイクオフする。

 コアちゃんの【重力操作】によって宙に浮いた大量のパテが、火口のひび割れや凹凸を次々と埋めていく。

 そこに上空からミカエルにぶら下がったセシリアが急降下し、特大のコテと聖水を使って、熟練の左官職人のような手つきで表面をツルッツルに磨き上げていった。

「右ですわミカエル様! あそこの段差に塗りムラがありますわ! 急行してください!」

「私は電動ゴンドラではありませんよォォッ!」

 火口にミカエルの情けない悲鳴が響き渡る。
 だが、その甲斐あって作業は迅速に進み──数時間後。
 ソウジたちの作業が終わった火口は、元のゴツゴツとした恐ろしい岩肌から一変していた。

 ひび割れ一つない、まるで巨大なお椀のような「完璧なボウル状」へと変貌を遂げていたのだ。

「これでもう、ガスもマグマも漏れることはねぇ。撤収するぞ!」

 ソウジは満足げに頷き、軽トラックに乗り込んだ。
 こうして、クリーン・ファンタジー社の「緊急ボイラー修理」は無事に完了した。

 だが、彼らは清掃のプロではあっても、地形変化のプロではなかった。
 この「完璧すぎるパテ埋め」が、後にとんでもない副産物を生み出すことになろうとは、誰も予想していなかったのである。

 ***

 ──数週間後。
 日本の首都・東京は、かつてないほどの熱狂に包まれていた。

『ご覧ください! こちらが現在、世界中から観光客が殺到している、富士山頂の新たなシンボルです!』

 オフィスのテレビで、ヘリコプターからの空撮映像が流れている。
 そこに映っていたのは、噴火の恐怖など微塵も感じさせない、息を呑むほど美しい光景だった。

『大噴火の危機から数週間。なんと富士山の火口に大量の雨水が溜まり、さらに地下のマグマの地熱によって絶妙な温度に保温され……直径数百メートルに及ぶ、【超巨大な天空の温水プール(絶景露天風呂)】が誕生したのです!』

 完璧にコーティングされた火口(ボウル状のパテ)は、一滴の水も漏らさない最高の「浴槽」となっていたのだ。
 エメラルドグリーンに輝く温水プールの周囲には、パラソルが並び、水着姿の探索者や富裕層たちが優雅にバカンスを楽しんでいる。

「しゃ、社長ォォォォォッ!!」

 バンッ! と勢いよく給湯室のドアが開き、人事部長の剣崎が涙と鼻水で顔をグシャグシャにして飛び込んできた。
 彼の手には、分厚い契約書の束が握りしめられている。

「来ました! 来ましたよ!! 日本政府およびリゾート開発機構から、『富士山天空プールの水質管理および清掃メンテナンス』の独占契約です! け、桁が……契約金のゼロの数がとんでもないことになってますぅぅぅッ!」

「主よ、感謝いたします……! これで教会のシスターたちに、最新のD-Tube視聴用モニターを寄付できますわ!」

 セシリアも神に感謝の祈りを捧げながら、札束の幻影を見て微笑んでいる。
 国家の危機を救った英雄に対する報酬というよりは、「世界最大のプールの清掃業者」としての継続的な莫大利益だった。

「……ふん。水質管理と定期清掃は、業者の基本だからな。仕事が来たならキッチリやるだけだ」

 ソウジは契約書の束をチラリと見ただけで、再び手元のマグカップに視線を戻した。

 キュッ、と給湯室の蛇口を捻る。
 数週間前には蒸気と熱湯が暴れ狂っていた蛇口から、今は適温のお湯が、静かに、そして滑らかに流れ出ていた。

「よし。ボイラーの調子も完璧だな」

 ソウジは満足げに頷き、淹れたてのインスタントコーヒーを一口すする。
 外では世界中が「S級ダンジョンをリゾートに変えた奇跡の清掃会社」の話題で持ちきりだが、当の社長にとっては、目の前のお湯が普通に出ることの方が重要だった。

「さて、コーヒー飲んだら行くぞ。プールの『落ち葉拾い』と『塩素消毒』の時間だ」

 世界最高の清掃員は、今日もブレない。
 トングをカチカチと鳴らしながら、ソウジは新たな「現場」へと向かうのだった。

【第9部 完】

コメント

タイトルとURLをコピーしました