第46話 新経営体制(ニュー・マネジメント) ~聖教国株式会社化計画~

 聖教国の首都に、新しい朝が来た。

 だが、その空気は以前とはまるで違っていた。
 狂信的な熱気も、バブルの浮かれ騒ぎもない。あるのは、祭りの後の静寂と、これからどうなるのかという不安だけだ。

 大聖堂のバルコニー。
 かつてキョウヤが立ち、神を演じていたその場所に、今は一人の少女が立っている。

「……国民の皆さん」

 聖女セレスティアだ。
 彼女は飾り気のない修道服に身を包み、震える声で、しかしはっきりと真実を告げた。

「キョウヤ氏は去りました。彼が語った『徳』や『魔導聖遺物』による救済は……すべて幻でした。
 私たちの国の金庫は空っぽで、通貨は紙屑になりました」

 広場を埋め尽くす市民たちの間から、嗚咽と絶望の溜息が漏れる。
 昨日まで信じていた「豊かな未来」が、一夜にして借金の山に変わったのだ。

「ですが! 神は私たちを見捨ててはいません!」

 セレスティアが顔を上げ、横に控える人物――黒いスーツの男を示した。

「私たちの危機を救うために、新たな『スポンサー(支援者)』が手を差し伸べてくださいました。
 ……株式会社デーモン・ホールディングス、最高財務責任者のクリフ・オーデル様です」

 クリフが一歩前へ出る。
 歓声はない。あるのは、敵対していたはずの「魔王軍」に対する恐怖と、困惑だ。
 だが、クリフは意に介さず、魔導拡声器のスイッチを入れた。

「おはようございます、聖教国の皆さん。
 ……単刀直入に申し上げます。貴方達の国は破産(デフォルト)しました」

 容赦のない宣告。

「ですが、安心していただきたい。
 我が社は、貴国が抱える莫大な負債をすべて引き受け、経済を再建する契約を結びました。
 これより、聖教国エリュシオンは……株式会社デーモン・ホールディングスの『連結子会社』として生まれ変わります」

 ◇

 ――数時間後。大聖堂内の会議室。

 そこには、生き残った枢機卿や官僚たちが集められ、クリフによる「第一回経営再建会議」が開かれていた。

「いいですか。今後、この国での独自通貨(聖貨)の発行は禁止します」

 クリフはホワイトボードに次々と決定事項を書き込んでいく。

【経営再建計画】
1. 通貨統合:世界共通通貨「マナ」の導入(デーモン銀行が管理)
2. 産業転換:「祈り」から「魔石加工・農耕」へのシフト
3. 教会改革:宗教施設の「観光地化」および「メンタルケアセンター化」

「お、お待ちください! 祈りを捧げるのが我々の仕事ですぞ!」
「泥にまみれて働けと言うのですか!」

 反発する高官たちに、クリフは冷ややかな目を向けた。

「祈りでパンが焼けますか? 祈りで借金が返せますか?
 ……嫌なら辞めていただいて結構です。ただし、退職金は出ませんが」

 クリフは分厚い書類の束をテーブルに叩きつけた。
 それは、彼らがキョウヤ時代に行った不正蓄財や癒着の証拠書類だ。

「それとも、過去の『余罪』について、司法の場で詳しく話し合いますか?」

「ひぃっ……! し、従います! 何でもします!」

 高官たちが一斉に平伏する。
 飴と鞭。いや、鞭と借用書による完全な支配だ。

「よろしい。
 セレスティア氏には、引き続き『象徴(ブランド)』として国民の精神的支柱になってもらいます。
 ですが、実務と金庫の鍵は、全て我が社から派遣する『管財人チーム』が握ります」

 隣で聞いていたアリスが、こっそりと耳打ちした。

「ねえクリフ。これって要するに、国を丸ごと『植民地』にしたってこと?」

「人聞きが悪い。『グループ経営』と言ってください。
 彼らには安定した生活と雇用を提供し、我々はそこから上がる収益とリソースを吸い上げる。
 ……Win-Winの関係ですよ」

 クリフは涼しい顔で答えた。
 聖教国は今後、魔王軍にとっての「食料生産基地」兼「観光リゾート」として、安定したキャッシュフローを生み出すドル箱になるだろう。

 ◇

 大聖堂の裏手。
 そこには、帰還用の巨大な「転移ゲート」が設置されていた。
 ゲートの前には、大きな荷物が二つ。
 一つは、厳重に封印された「黒い鉄箱」。中からは時折、「出してくれぇぇ! 俺は神だぞぉぉ!」という情けない声が漏れている。

 そしてもう一つは、旅装束に身を包んだアルヴィンとミナだ。

「……本当に行くのか? 地獄(魔王城)へ」

 見送りに来たガントが尋ねると、アルヴィンは苦笑しながら頷いた。

「ああ。クリフとの契約があるからね。
 それに……『監視役』なんていう楽な仕事で、ちゃんとした給料が貰えるなら、勇者やってるよりマシかもしれない」

「私は大賛成よ! 福利厚生バッチリ、残業代全額支給!
 魔王軍こそが、私の求めていたホワイト企業だったのよ!」

 ミナは元気よくサムズアップした。
 彼女はちゃっかり「デーモンHD広報部・専属タレント」としての契約も勝ち取っていた。

「へっ、物好きな連中だ。ま、向こうでもよろしく頼むぜ」

 ガントがアルヴィンの肩を叩く。
 かつての因縁は水に流し、今は同じ会社の同僚として笑い合っている。

「お待たせしました。出発の時間ですよ」

 仕事を終えたクリフとアリスがやってきた。
 クリフの手には、聖教国の全資産データが入った魔導メモリがしっかりと握られている。

「この国はもう大丈夫です。
 優秀な部下たち(監査チーム)を残しましたし、システムはアリスが再構築しました。
 これからは、真面目に働けば報われる『普通の国』になります」

 クリフは振り返り、白亜の街を見下ろした。

 昨日までの煌びやかな虚飾は消えたが、街には炊き出しの湯気が上がり、人々が瓦礫を片付ける槌音が響き始めている。

 それは、地味だが確かな「復興」の音だ。

「……悪くない景色ですね」

「素直じゃないねぇ、大将は」

 ガントが笑う。
 クリフはふんと鼻を鳴らし、ゲートを指差した。

「さあ、帰りましょう。
 我々のオフィスへ。……社長(魔王)への報告が山積みですよ」

 残り時間、あと5日。
 魔王城の電源が落ちる前に、彼らは帰還の途についた。

 手土産は、3,000億マナの利益と、5,000億の資産、そして一つの国と、二人の新入社員。……最新式の生体フィルターも報告しないと。

 CFOクリフ・オーデルの「聖教国出張編」、これにて閉幕。
 ――そして物語は、最後の決算報告(エピローグ)へ。

(続く)

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